第十八章・愛するということ
兄さんがうちに泊まりだして一週間が過ぎたある日のこと、僕たちを訪ねてきた者がいた。それは、兄さんに怪我を負わせた本山雷太の双子の弟本山風太だった。
「何しに来た」
僕がそう問いかけるのと同時に、兄さんが風太を迎え入れた。
「風太よく来たな、まぁ入れ入れ」
「ちょっと兄さん、こいつあの雷太って子の弟でしょ、そんな奴を何で中に入れるんだよ」
「そうだよ和弘君、和也君もこう言ってるし、僕は玄関でいいよ」
すると兄さんが僕たちを見て言い放った。
「雷太は雷太、風太は風太だろ、別にいいじゃないか」
僕は兄さんがあまりにも脳天気に言い放ったため、一瞬呆然としてしまったが、風太を中へ入れようとする兄さんを全力で止めた。すると、兄さんはいつにも増して真面目な顔で僕に言った。
「和也、こいつだっていろいろあるんだ、ここは俺の言うとおりにさせてくれよ」
僕は少し考えたが、仕方なく僕たちの部屋へときねき入れることを承諾した。僕は兄さんに先導される風太の背中をにらみつけながら、後に続いた。
「和弘君、改めてだけど、本当にごめんなさい。兄も、和弘君にしたことに関しては、ひどく反省していた」
部屋に入って床の上に座るなり、風太はそう言って謝った。兄さんは許していたが、僕は今でも許してはいなかった。謝ってから風太は、父親から預かってきたというお土産を僕たちの前に出した。兄さんは、それを受け取ってから、お茶を入れるからと言って、一階へと降りていった。
――き、気まずいなぁ。
僕と兄さんの部屋に風太君と二人置いてけぼりを食らい、そう思っていると、風太が話しかけてきた。
「君は、本当にお兄さんのことが好きなんだね」
風太の目にはそんな風に見えていたのかと思って驚いた。
「別に、ただ、たった一人の血の繋がった兄弟だし、それに」
「それに、大事な親友?」
僕は息をのんで風太君を見た。
――兄さんにも気づかれてないようなことを、なぜ風太が……
「こないだの君の態度とか、和弘君の話を聞いていたら大体わかるよ。僕も同じだから」
「同じじゃないでしょ」
「同じだよ。僕も雷太のこと大好きだよ。例え雷太が犯罪を犯しても、僕は彼を信じる」
「やっぱり違うじゃないか、まず和弘は犯罪なんて犯さないし、もし万が一でもそんなことをしたら僕は許さない」
「本当に?」
「ほ、本当だよ」
僕は、一瞬風太の目がキラリと光ったように見えた。なんだか僕の心を見透かしたようなその目を見るのが怖くて、僕は思わず目をそらした。
「じゃあ何で君は、和弘君の暴行事件の後も、和弘君のことを心配してたのかな」
「何でそんなことを」
「和弘君嬉しそうに言ってたよ、塩山君に。あんなことがあっても、和也は俺のこと心配してくれてたんだって」
「だから、あれは、その」
「本当に和弘君のことどうでもいいと思っているのなら、どうして無理矢理にでも母親を連れて帰らなかったんだい。どうして君は、」
「うるさいなぁ、君は何がしたいんだ」
僕は思わず立ち上がって怒鳴っていた。勢いよく立ち上がったため、僕の眼鏡がずれたが、気にせず風太をにらみつけた。
「やっぱり兄弟だね、君たち二人共目元がよく似てる」
僕は思わず眼鏡の位置を元に戻して、座り直した。風太に背中を向けて僕は座った。
「そうか、眼鏡の度を強めにして目を大きくして、黒くて分厚いフレームでほくろを隠していたんだね」
僕は無言のまま座り続けていた。
「本当に君たちは仲がいいね。塩山君が言ってたよ、昔和也君のことをからかっていた同級生に、本気で和弘君が怒って大騒ぎになったことがあるって。やっぱりすごいね君たちは」
「嫌みはよしてくれ。それに、僕たちはあの頃、自分達の世界しかなかったんだ。僕も兄さんも周りのことを本気で信じていたわけじゃなかった。少なくとも僕はね」
「嫌みじゃないし、やっぱり僕たち似てるよ」
「似てない」
僕がそう力強く言うと、部屋の外から声が聞こえた。
「似てるよ」
兄さんだった。僕は思わず顔をあげると、お盆にお茶とお菓子を載せて持ってきた兄さんが立っていた。
僕が顔をあげると、兄さんはゆっくりとお茶とお菓子を僕たちの座っている場所に、それぞれ置いていった。置きながら兄さんがつぶやいた。
「こいつらな、虐待受けてたんだよ。母親に」
僕は驚いて思わず風太を見た。風太は恥ずかしそうに頭をかいて、うつむきがちに顔を下に向けていた。
「こいつらな、自分達はどっかから拾われた子供で、両親とは血が繋がっていないって考えてるんだ。それでずっと風太と雷太は二人っきりだったんだ」
「そんな僕を変えたのが和弘君だったんだ。雷太のことも気にかけてくれてね」
「和也、こいつに叱り飛ばしたらしいな」
僕は思わずうつむいた。
「別に怒ってるわけじゃないし、むしろ嬉しかったんだ。けどさ、まぁ雷太のことはともかく、少なくとも風太とは仲良くしてほしいんだ。だからここに呼んだ」
「それで、退院してすぐ後に学校に来たこないだね、塩山君も呼んで話してくれたんだ。君たちのこと。ああ、心配しなくても他の人には聞かれないように気をつけていたから、安心して」
僕は何も答えず、ただ黙ってうつむいて、自分が持っているお茶を見つめていた。
「なんか似てたんだよ、風太と雷太の周りを見る目が、かつての和也に。多分、俺も一時期そうだったのかもな。塩山が言ってたよ、俺たちが出生のことを知った頃から、俺が変わってたって。確かにあの頃の俺は、極力他人を避けていたからな」
「そうは見えなかったよ」
僕は思わず顔をあげて反論した。兄さんは微笑みながら話した。
「だろうな、祖父の、まぁ義理のだけど、爺さんの特訓のせいかもな。身も心も鍛えるって言って、幼少期からずっと鍛えられてたから」
そう言って兄さんはまた少しだけ笑った。兄さんたち大樹家一家は、年に数回篠山に住む祖父の元へ行き、様々な特訓をさせられる。そのため、兄さんも義理の妹と弟も、義父の太郎さんも、幼い頃から筋骨隆々になっていた。
「まぁ俺も和也も虐待受けてたわけじゃないけど、周りには言えない秘密を共有しているとことか、自分達の世界の中しか見えていないとこなんかが似てるんだよ。だから」
兄さんが顔を僕に近づけて、まっすぐに見つめてきた。また真面目な顔で僕を見つめていた。
「兄さん、わかったよ、風太君のことは嫌いになんかならない。だから、そんなに顔を近づけるな」
そう言うと、兄さんは慌てて顔を離して、僕の隣に座って笑顔で笑った。
すると、風太君が目を細めて笑顔でつぶやいた。
「二人共本当に仲がいいね」
「お前たちだってそうだろ」
「僕はともかく、雷太はどうだろうな」
「どういう意味だよ」
「最近、雷太の考えてることがよくわからないんだ。こないだのだって、いくら虐待受けたからって、あの女のことを刺すことないだろうに」
「あの女って、母親のことだよね」
「こいつら基本ちゃんと父と母って言わないんだ。俺たち仲間の前ではな」
「本当の両親じゃないと思ってるから?」
僕のその質問に頷いて返事をしてから、風太君は語り出した。
「僕は雷太のことが好きだ。大好きなんだ。雷太さえいれば他には何もいらない、そう思っていた。それなのに雷太が徐々に変わっていっているのが耐えられなくて、だから去年雷太の寝ているところに入って、その体を抱いたんだ」
僕は思わず息をのんで目を見開いて風太を見た。兄さんも驚いているようだった。僕の脳裏に一週間前の、和弘との一夜の光景が浮かんで消えた。
「僕は、多分おかしいんだろうな。けど、しょうがないじゃないか。好きすぎて愛してしまったんだから。和弘と出会う前で、自分達以外のことも見るようになる前のことだったから、僕は、雷太の体を抱きしめて、口づけしたんだ」
僕も兄さんもお茶の入ったコップを落としてしまった。幸い割れなかったが、床は濡れてしまった。それでも僕たちは風太を見つめ続けていた。
「でもそれ以来雷太は、僕を避けるようになった気がするんだ。きっと僕のことが嫌いになったのかもしれない」
僕も兄さんも黙ったままだった。誰も何も話さない時間が過ぎていた。しかし、兄さんが思いきって話し出した。
「雷太とちゃんと向き合って話せばいいんじゃないか。自分の気持ちもちゃんと話して」
「けど僕は、雷太に嫌われたくない」
「そういったことも含めてちゃんと話し合えよ。あいつが何考えてるかわからないけど、あいつはお前のことちゃんと見てたと思うぜ」
「そうかな」
「そうだよ。それに、人が人を愛することにルールとか規則とかないと俺は思うぜ。なぁ和也」
「なんで僕にふる?」
僕は兄さんをにらみつけた。こないだのことを言っているのなら、一発殴ってやろうと思っていた。
「い、いやだなぁ、和也君の意見を聞こうと思っただけじゃないですかぁ」
――なんだその変な敬語は?
僕はそう思ったが、一回咳払いをしてから風太君に向き直って語りかけた。
「僕も好きって気持ちに関してはよくわかるよ。だから、僕も応援するよ。頑張って話し合ってみて、それでだめなら、兄さんが責任取るから」
「何で俺?」
「当然でしょ、言い出しっぺなんだし」
「そんなこと言わないで、和也も協力してくれよぉ」
「気が向いたらね。でも責任は兄さん持ちだけど」
「ひどい、ひどすぎる」
そう言って兄さんは泣き真似をしていたが、僕は無視して風太に声をかけた。
「苦労する兄貴を持つ者同士、これからは仲良くしょう風太君」
風太君は少し微笑んでから、僕に手を差し出して、
「うん、こちらこそよろしく」
と言ってきた。僕はその手を取って握り返し、僕たちは熱く握手をした。その横で兄さんは微笑んでいた。
風太君はその後帰って行った。最後に、
「でも和也君、もっと自分に正直になった方がいいよ」
と言って去って行った。兄さんが何度もその意味について聞いてきたが、僕にもわからないのに答えられるはずがなかった。
そしてその日の晩、僕たちが夕食後のひとときをまったりと過ごしているところに、また珍客がやってきた。それは、大樹次郎、本当なら大樹家の長男にして、兄さんの義理の弟が、突然やってきた。僕と兄さんと雄子が玄関で次郎君を出迎えた。次郎君は神妙な表情で僕たちを見てつぶやいた。
「いつからあのことを知っていたのですか」
次郎君は、いつものように淡々と話した。その表情は硬く無表情であった。
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