第十六章・目覚めた和弘
兄さんが入院して次の日、僕が早朝にトイレに行って病室に戻ってくると、ベットの上で兄さんが半身を起こして座っていた。
「兄さん、起きたの」
僕の言葉に、兄さんが眠そうに目をこすりながら、小さくつぶやいた。
「和也、か。俺は一体」
「兄さんは雷太って子に包丁で切られて、そのショックで気を失ったんだ。ここは宝塚の大学病院だよ」
「宝塚?またずいぶんと遠くの病院だな」
「しょうがないじゃないか、あの辺じゃ大きな病院なかったんだから」
「外がずいぶん明るいけど、俺が倒れてからそんなに時間経ってないのか」
「いや、一昼夜経ってるよ。兄さんは一晩中眠っていたんだよ」
「そうなのか。心配かけたな和也」
「確かに心配は心配だったけど、僕も病院に残ったのは、母さんをここに残すわけにはいかなかったから残っただけだよ。花子さんも残ってたけど、母さんのことだから花子さんに気を遣いすぎるだろうと思って残っただけだよ」
「まぁ、そりゃそうだろうけど、もうちょっとけが人に気を遣ってくれてもいいだろ」
「い・や・だ」
「和也って案外ひどいのな……」
そう言って落ちこんだようにうなだれる兄さんを尻目に、僕は母親たちを呼びに仮眠室へと向かった。
兄さんの怪我も容態も良好ではあったが、血液検査で出た検査結果のために、もうしばらく入院することとなった。原因はすぐにわかったので、兄さんは母さんと花子さん両方からしっかりと怒られていた。
僕は兄さんが目を覚ました日には家に帰り、雄子たちに兄さんが目覚めたことを話した。雄子は普通に喜んでいたが、礼子ちゃんの顔色が悪かった。僕は心配そうに声をかけたが、礼子ちゃんは縦に頷いたまま、自宅の中へと入っていった。雄子に、何かあったのかと聞いたが、雄子にもわからないようだった。
兄さんが宝塚の病院に入院しだして三日も経たないうちに、兄さんが近所の山仲医院に転院してきた。何でも深夜に叫ばれて寝られないというのが理由らしいが、母さんとかが見舞いに来やすいように、近くに移りたいと頼んだらしい。
山仲医院は、最寄りの駅の南側にあり、山仲医師が数年前から開業している医院であった。この医院は近所でも有名な医院で、どんな病人やけが人が担ぎ込まれても、とりあえず死なずにすむのであった。理由は至って簡単、山仲医院の院長山仲医師が元大学病院の外科医で、その妻も医師免許を持っていて、ただの医院とは思えないほど立派な医療関係の施設があるためだった。とはいえ、本当に肝心なところは隣町の大きな病院で調べてもらうのだが、地元の人間にとって山仲医院以外での診察や入院は考えられなかった。兄さんが地元に戻りたかった理由のもう一つはそこにもあった。
山仲医院に転院して数日で兄さんは退院した。山仲医師の話では、本当はまだ気になる部分はあったが、毎日病院に通院するのと、母さんが夜様子を看に行くのを条件に、退院することができた。僕はようやく安心できると喜んだ。
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