第十三章・衝撃

 僕たち四人は、最寄りの駅からバスで目的の場所へと向かった。僕たちが向かったのは、猪谷町いのししだにちょうと呼ばれる場所であった。猪谷町は山間の中腹にある町で、住宅密集地となっていた。坂が多いこの場所には、電車がなく、バスも乗り換えをしてようやく到着するような場所にあった。そのため礼子ちゃんが真っ先に文句を言い出した。

「何でこんなに不便なとこに住んでるのよ」

「ここは、自動車を持ってて運転できる人しか住まないような場所だからな。これから会いに行く連中も、いつもは広山駅近くの祖父母の家に住んでるんだ」

「連中?」

「ああ、言ってなかったっけ。俺が会いたいのは双子の兄の方なんだ」

「双子ぉ」

 僕と雄子が思わす素っ頓狂な悲鳴をあげた。あまりにも声が大きかったので、他の乗客に迷惑がかかったかもと思い正面を見る。僕たちが座っているのはバスの一番後ろだった。三人だけ乗客がいたが、そのうちの一人だけがチラッとこちらを目視したが、すぐに元の向きに戻って、自分の時間を過ごしているようだった。僕は小さく謝ってから、再び兄さんを見た。

――さすがにその子たちに、僕たちのことは言っていないだろうけれど、なんでまた双子。


 僕の不安な心の声が聞こえたかのように、兄さんは僕に向かって話し出した。

「そいつら一卵性双生児でな、見た目そっくりなんだけど、兄貴の方がちょっとな」

 僕は兄さんの言い方が気になって、質問した。

「ちょっとって?」

「ほら、こないだ知り合った連中の中にいただろ双子。中谷って言ったか、あいつらみたいに、なんだかほっとけない雰囲気があったんだ」

「雰囲気って、ずいぶんとアバウトだね」

「しょうがないだろ、あいつ何にもしゃべらないんだからよ」

「友達じゃないんだから、そりゃ話さないでしょ」

「だから、これから友達になりにいくんだよ」

 兄さんのこの発言に全員が驚いて、またも大声をあげそうになった。僕は大きなため息をはいてから、恐る恐る聞いてみた。

「和弘、まさか向こうになんにも確認せずに動いてるの?」

「大丈夫だって、弟の方とはうまくやれてて、ちゃんと友達になったんだから。後は兄の方を説得するだけだ。だから、和也に協力してもらおうと思ったんだよ」

 僕も両隣の雄子と礼子ちゃんも、肩を落として深く深くため息を吐いた。礼子ちゃんが思わずぼそっと「アホすぎる」とつぶやいていたが、僕の隣に座っていて、兄さんから離れていたためか、兄さんには聞こえていないようだった。


 弟には今日行くことは話していたらしいが、僕の心の中は不安でいっぱいだった。おそらく雄子たちも同じだろうと思った。

 これから会うという双子の兄弟というのは、本山雷太もとやまらいた風太ふうたという。兄が雷太で弟が風太で、二人共スポーツ抜群で、いつもクラスのムードメーカーとなっていた。しかし、雷太の方は突然怒りだしてキレて暴れることがあり、教師からは目をつけられていた。いわゆる問題児というものだ。ただ、兄さんが通っている学校は、進学部以外は不良が多いため、さほど目立ってはいなかった。

 こないだまで不良仲間がいた関係で、雷太と知り合い、よく連れ立って大阪まで行っては夜遊びをしていたこともあった。雷太と風太は非常に仲が良く、いつも一緒にいることが多かったため、自ずと風太とも仲良くなっていた。最近は風太と話すことが多くなり、自然な流れで風太と兄さんは友達になっていった。そんな中、兄さんが将来自営業を営むときの協力者を探しているという話をしたときに、雷太を誘いたいというと、風太は絶対無理だと言って反対した。それでもしつこく兄さんが語るので、とうとう折れて今日雷太とさしで話し合えばいいということになった。


「無計画というか無鉄砲というか……何だってその雷太って人にこだわるんだよ」

「まぁ別に風太だけに頼むっていうのもいいんだけどさ、風太は風太で雷太と一緒でないと嫌だっていうんだよ。だからっていうのもあるんだ」

「ずいぶんと仲がいいんだねその二人」

「ああ、なんか理想の兄弟っていうか、馬があうっていうか、なんか憧れるだろ」

 兄さんのその言葉に、礼子ちゃんが不思議そうに質問してきた。

「和也さんはともかく、弘兄が何で憧れるのよ。私らのこといじめてばかりのくせに」

「う、うるさいなぁ、生まれ変わったらこんな兄弟に憧れるなって話だよ」

「意味不明なんだけど」

――ごまかし方が適当だな。

 僕がそう思っていると、雄子が兄さんに話しかけた。

「私だって、頭でっかちなだけの和也と仲良しこよしにはなりたくないわよ。和弘さんが兄だったら話は別だけど」

――ナイスフォローだ雄子。少しむかつくけど。後、何で呼び捨てだ。

 そう思いながら僕は、話題をそらすべく兄さんに質問した。


「で、風太って人から、家の住所とか聞いていたんだね」

「あ、ああ、普段は俺らの住んでる町でバイトしてるらしいんだけど、今日は家で久しぶりに家族そろうってんで、バイト休んでるんだ」

 風太と雷太の兄弟には、六つ下の妹がいて、両親とともにこれから向かう家に住んでいるという。父親は近所のショッピングモールで施設警備をしていて、家にいることがほとんどなかった。休みの日は家で寝ているか、マッサージをされに隣町まで出かけることが多く、あまり家に居ついている印象はなかったらしい。母親はショッピングモール内のスーパーのレジ係として働いていて、基本的には家にいないことが多いらしい。今日は両親ともに休みで、家にいるかもしれないまたとない機会らしい。


「ものの見事に、らしい、ばっかりだね」

「しょうがないだろ、風太から聞いた話なんだから」

「でもそんなまたとない機会なんだったら、僕たち邪魔にならない?」

「さぁ、風太の奴、来るんだったら気にせず来てほしいっていってな。なんか急に意見が変わったんだよ。最初は家に来ない方がいいって言ってたのに」

「なにそれ?」

「まぁ、本人に聞けばわかるだろ。ほら、次の停留所が降りる場所だ」

 兄さんに促されて降りた場所は、一軒家の住宅が密集している場所だった。少し進むとすぐ左手に大きな公園があり、道路を隔てて反対側の奥には、巨大なショッピングモールがあった。そのモールは本当に巨大で、住宅地の中に突然現れたような、少し違和感さえある感じるモールだった。この建物は、この辺では唯一のショッピングモールだった。都市部にありそうなデパートとか百貨店のように巨大な建物に、僕たちは全員息をのんで見つめていた。見た目は一階建てか二階建てのように見えた。兄さんが風太から聞いた話では、坂を有効活用させた四階建てのショッピングモールだという。四階部分が駐車場になっており、一階から三階まで様々なお店があり、いつでもお客が賑わっているらしい。駐車場が僕たちが降り立った側の西側と東側に二カ所あり、立体駐車場も両方に完備されているらしい。

 自分たちの住んでいる町にもない巨大なショッピングモールに驚かされつつも、道路を渡って、住宅地のある高台へとさらに登った。階段を上りながら礼子ちゃんがぼそっと「私らが住んでる町と違って住宅しかないような田舎なのに、何であんなでかいのがあるのよ」とつぶやいていたが、誰もが無視して進んでいった。


 兄さんの案内でやってきたのは、一軒の真っ白い家だった。と言っても周りも似たような家ばかりだった。ごくごくありふれた二階建ての家で、玄関口には車庫があり、中に二台の乗用車が止まっているのが見えた。薄暗くてよく見えなかったが、兄さんがトヨタのヴィッツではないかと言った。僕にはそれが正しいのかどうかよくわからなかった。黒い門のところに行き、呼び鈴を押そうとしたとき、家の中から女性の悲鳴が聞こえてきた。僕は兄さんと目配せをして急ぎ門を開けて玄関の扉を開けた。すると、中から一人の男性が飛び出してきた。体中真っ赤になった高校生ぐらいの青年。

「雷太」

 兄さんが叫んで、その青年の腕をつかんだ。

「何があった、今悲鳴が聞こえたぞ」

「うるせぇ」

 そう叫んで雷太は兄さんの腕を振り払った。すると、僕たち三人の眼前に赤い液体が飛び散った。青年の手には包丁が握られていた。その腕を兄さんはつかんでいた。そのとき兄さんの腕を振り払おうとして、同時に包丁が兄さんの胸を、服ごと引き裂いたのだった。

 僕たちは、一瞬何が起こったのかわからず放心状態になったが、雷太と呼ばれた青年が雄子を突き飛ばして逃げ去り、雄子の悲鳴とともに僕たちは我に返った。そして、閑静な住宅地に、僕と妹たち三人の悲鳴が響き渡った。


 救急車が来たのはそれから三十分後のことだった。出血が止まらない兄さんと、家の中で青年に刺されたという母親二人共危険な状態だった。最初は救急車一台だけのはずが、兄さんも刺されたことで二台になり、余計に到着が遅れたらしい。せめてもの救いは、救急要請の連絡が早かったことぐらいだった。


 兄さんが担架に乗せられ救急車に乗り込み、その後を僕と礼子ちゃんが続いて乗った。雄子は残って、買い物から帰って来るであろう雷太たちの父親に事情を話すことになった。

「輸血が必要になるので、血液型を教えてください」

「弘兄はA型」

 礼子ちゃんがそう答えるのを遮って、僕は慌てて訂正した。

「O型です。僕と同じRHマイナス型です」

 背後で礼子ちゃんの「えっ」と言うつぶやきが聞こえたが、気にしていられない状態だった。

「輸血に必要な血液が足りるかどうかわからないから、万が一の時は君にも協力してもらうけど、大丈夫かい」

「はい、大丈夫です」

 そう言ってから、救急隊員と話しこんだ。

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