第十二章・和弘の夢
兄さんと仲直りして半月ほど過ぎた。恒例の双山家と大樹家の旅行計画に関しての家族会議が、ゴールデンウィーク前に僕の家で行われていた。参加者は、母さんと大樹夫婦の三人であった。雄子と兄さんの義理の兄妹三人は、大樹家の家で遊んでいた。僕と兄さんは、二階の僕の部屋で談笑していた。僕の部屋と言っても、今では兄さんと僕二人の部屋となっていた。元々僕たち二人のための部屋だったらしく、どおりでやけに広いはずだと納得していた。
僕と兄さんは、お互いの学校の話をしていた。僕が通う高校は男子校で、女っ気がないのに対し、兄さんの通っている高校は共学で、校内でカップルを見かけることも多いと言っていた。
「口うるさい女子がいると、勉強に集中できないでしょ兄さん」
「女が苦手なのは相変わらずだな。男の方はなんとか慣れたみたいだけど」
「僕はあの甲高い声が嫌いなんだよ」
「兄として、お前の将来が不安だよ。そんなんで結婚できるのかね」
「別に結婚なんてどうでもいいよ。それより早く大学行って、化学の実験とかしたいんだ。それで、いつかどんな難病にも効く薬とか、母さんが楽になるような発明をするんだ、結婚とか彼女なんかどうでもいいよ」
「お前って、そんなにお母さんっ子だったか?」
「いいだろ、別に」
僕は昔から騒がしい女子が嫌いだった。だから猛勉強して今の男子校に入学したのだ。確かにむさ苦しい学校だけど、女子のうるささよりもなんぼかましだった。
「ほんと、和也って面白いやつだな」
何が面白いのかわからなかったが、兄さんはいつもこんなことを言って笑うのだった。
――僕の考え方は、そんなにおかしいんだろうか。
兄さんは、自身が通う共学の商業高校での話をしてきた。
「それにしても、兄さんが商業高校に入学するなんて、いまだに信じられないよ」
「そりゃ、数学嫌いだし、本当はこの近所の公立高校に通うのも考えたんだけどさ、商業高校行って、商いのこと勉強しようかと思ってよ」
「何でまた商いに」
「経営とか学んで親父みたいに喫茶店とか自営業したくてな」
兄さんの育ての父親大樹太郎さんは、妻の花子さんとともに喫茶店を開いている。双山家の家の向かい側に、大樹家の木造二階建ての家があり、その正面に喫茶店があった。大通り沿いに大きな駐車場が完備された喫茶店が、大樹夫婦が経営している喫茶店だった。元々は太郎さんの母親が麻雀場を経営していたところを改築して、現在の喫茶店にした。太郎さんの父親は、篠山で道場を開いて、そこで住んでいるらしい。
大樹夫婦の喫茶店と駐車場の裏手に家があった。二階建てで敷地面積は約百五十平方メートルの巨大な家だった。太郎さんの先祖から受け継いだ由緒ある屋敷であったが、祖母曰くかつての面影はもうないと言っていた。実際大きな門もないし、立派な塀があるわけでもなかった。
「自営業で貯めた金で家買って、母さんと和也と雄子と四人で暮らそうと思ってるんだ」
僕は思わず嬉しくなって、笑顔になってしまった。
「兄さんそんなこと考えてたんだ。あれ?その頃って、確かけんか中だったんじゃ」
「ああ、うん、まぁ最初は別の理由だったけど、今は大学進学も視野に入れて考えてるんだ」
僕は、兄さんの決意に満ちた真面目な表情を見て、頼もしく感じた。
――やっぱり兄さんはすごいや。
「でな和也、自営業っていっても、俺一人ではどうにもならないと思うんだ。やっぱり一緒に働く人間が必要だろ」
「まさか、僕に手伝えと」
「一瞬それも思ったけど、和也が嫌なら別の手も考えないといけなかったし、一応予防線というか、相棒候補を見積もっていたんだ」
「僕は接客も料理もできないよ」
「不得手なことを無理にやらせることはしないさ。だから、今から協力してくれそうな人を、探しておこうと思ってな」
「こないだの塩山君にでも頼むの」
「いや、あいつは実家の石材屋継ぐらしくて、無理だった」
――頼んだんだ。
「で、他の目星はついてるの」
「ああ、一人変わった奴がいてな。かなりの偏屈で悪ぶってはいるが、どうにも本当に悪い奴のように見えないのがいてな」
「その人に兄さんの夢のこと話したの」
「いやまだ。だからこれから言いに行こうかと思って、和也にも協力してほしいんだ」
兄さんの突然の願いに僕は絶句したが、二つ返事で了承した。兄さんの高校生活を知っている数少ない人間なので、いい機会だから話でも聞こうと思った。
僕と兄さんは、両親たちに出かけることを告げて家を出た。駅へと向かう道中で、妹二人と出会ってしまった。
一人はもちろん、僕たちの出生のことを知っている雄子。そしてもう一人は、僕たちの出生のことを知らない、大樹家長女で雄子のクラスメイトにして大親友、三つ編みで色黒なスポーツガール大樹礼子だった。礼子ちゃんはおてんばで、いつも兄さんとけんかしていた。原因は全て兄さんにあった。何でもいつか別れる日が来ても寂しがらないようにと、わざとけんかしているらしい。それを聞いた時僕は、あきれて返す言葉がなかった。
人一倍好奇心が旺盛なせいか、駅に向かう僕たち二人の後をついて行くと言い出した礼子ちゃんだった。僕も兄さんも当然ながら慌てて反対し、その姿を見て察したのか雄子も反対したのだが、
「
と言って、全く聞く耳を示さなかった。こうなるともう止められないことを知っていた僕たちは、諦めて礼子も連れて行くことにした。もちろん雄子も一緒であった。
こうして僕と兄さんと雄子と礼子の四人は、兄さんの高校の、クラスメイトの家へと向かった。
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