第七章・兄弟げんか

「俺が『兄』だから信じるって言うのか?」

 和弘はそう言って、僕と母さんをにらんだ。僕は、和弘の言っていることの意味がよくわからなかった。そもそも母さんも僕たちも、和弘の事を心配してここまで来ているのに、わけのわからないことを言いだして、少しはらがたってきていた。僕は、思わず和弘のそばまで歩いていき、言い放った。


「何が言いたいんだよ和弘」

「うるさい、とにかくとっととおばさん連れて帰れよ」

 そう言って和弘はまた反対向いて背中を向けた。

――ガキですかあなたは。

 僕はそう思ったが、何も言わず、母さんを連れて帰ろうと思った。元々それが目的であり、和弘の事はあまり考えないようにしていた。

「帰ろう母さん。実は雄子にもばれてしまって、今留守番頼んでるんだけど、声かけてあげてよ」

 そう言って母さんの体を支えて部屋から出ようとしたが、母さんが抵抗した時、和弘がつぶやいた。

「雄子にまでばらすなんて、ドジな奴だな」

「何だよ、和弘だって卓真君たちやそこの塩山って子たちにまで、ばれてたんじゃないかっ」

 僕は早口でそう言って、和弘の方を振り向いて怒鳴ると、和弘もちょうど振り返って僕をにらみながら、

「たまたまだよたまたま、お前みたいにドジふんだんじゃねぇよ」

 と怒鳴った。僕も負けじと怒鳴り返した。

「僕だってドジじゃないよ、和弘がドジふんだおかげで、卓真君たちに事情話したら雄子に聞かれてしまっただけだ」

「人のせいにすんなっ」

「人のせいじゃないっ」

 周りがあきれて見ていて、母さんが動揺して僕と和弘を交互に見ているのも気にせず、僕と和弘は口喧嘩を始めた。

――あれ、何だろうこの感じ?

 僕は喧嘩しているのに、なぜか嬉しくなっていることを、不思議に思っていた。

――そういえば、まともに和弘と喧嘩したのって、いつ以来だろ?


 僕と和弘の喧嘩が続く中、塩山君が、僕たちのやり取りを止めながら話しかけてきた。

「兄弟げんかはそのぐらいにしろって」

「『兄弟』げんかって言うなっ!」

 僕と和弘と同時に叫んだが、気にせず塩山君が僕に話しかけてきた。

「和也さぁ、俺のこと忘れてるのか。小学校の時同じクラスだったじゃないか」

 僕が小首をかしげて謝ったので、塩山君は小さな溜め息を吐いた。

「まぁ、それはいいや。忘れてても良いから、ちょっと聞いてくれるか。和弘がお前とのことを話したのは、本当に偶然だったんだ。お前、中学のあの事件の事で和弘ともめたろ?」

 当時を思い出しながら、僕はうなずいた。

「その一件で和弘のやつ荒れててさ、それで俺が無理やり聞き出したんだよ、酒飲ませて」

「酒ぇ!?」

 僕と母さんと卓真君の三人で、同時に叫んだ。

「あー、ハイハイわかってますよ、未成年が酒飲むなって言うんだろ、そういう話は後でたっぷり聞くから、今は和弘の話にしてくれるか」

「別にいいよ、俺の話なんて」

「良くねぇわ、いつまでお前はこんなところでグダグダしてるんだよ?もともと誘った俺が言うのもなんだけど、いい加減素直になれよ、和也と仲直りしたいんだろ?」

「別に、仲直りとかどうでもいいよ」

 そう言ってから、またも僕たちに背中を向けて、和弘はつぶやいた。

「こいつにとっての俺は、ただの偶像なんだからよ」

――意味がわからない。

 僕がそう思っていると、塩山君も、

「何度聞いても意味がわからんわ」

 と言って大きくため息をついた。

「一体あの日、何があったんだよ。和也ともめたって話は聞けたけど、詳しい話は聞けなかったし、わけがわかんないぜ」

「だから、どうでもいいだろそんな事」

「どうでもよくないよっ」

 突然ずっと黙って見つめていた卓真君がそう叫んだ。全員が卓真君を見て、卓真君の次の言葉を待った。

「和也君もお母さんも、和弘君のこと心配してここに来てるんだよ、それなのにどうでもいいですませる気なの?」

「関係ない奴がでばってくるなよ」

「確かに、僕は関係ないよ、ただの他人だよ。でも、僕の親父経由で和弘君のお父さんから頼まれてた事とはいえ、いっとき友人関係でいてくれたことがあるから、気になるんだ、心配なんだよ。和弘君と和也君には仲直りしてもらいたいんだ。かりそめであっても友人でいてくれたから」

――また、気になる言い方しているけど、それは後で問いただすとして、和弘はどう反応するのだろう。

 僕はそう思って振り返り和弘を見た。周りも和弘を見たようだった。和弘はうつむいて何かを考えているようだった。塩山君が、何かを言おうとして口を開きながらすぐに閉じていた。おそらく何かを言いたいが、ちょうどいい言葉が見つからないのだろう。それでも思い切って話そうとするのだが、すぐに諦めてしまっているようだった。


 どのくらいの時が経ったのか、待ちきれなくなって、僕が母さんに帰ろうと言おうとしたその時、和弘がうつむいたままポツリポツリと語りだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る