第五章・和也と雄子

 僕と和弘の二人が二卵性双生児の双子で、同時に父親と死別した話を聞いてから、卓真君とユウ君とミネ君の三人は、うつむいたまま黙り込んだ。春の訪れとともに暖かくなってきているのに、なぜか僕の部屋の中だけ、冷たく冷えてしまっているようだった。

「もう気づいてるかもしれないけど、妹の雄子は、僕とも母さんとも血が繋がっていないんだ」

 ゆっくりと僕はそのことを付け足した。


 僕は、三人ともモゾモゾしていたから、三人が何かを話そうとして話せずにいる事がわかった。

 僕が思い切って三人に話しかけようとしたその時、部屋の外で何かの物音が聞こえた。部屋の扉に近かったユウ君が、素早く扉を開けると、そこには雄子がいた。床にはお茶菓子として用意したのだろう、スナック菓子がばらまかれてあり、おそらく菓子を乗せていたであろう陶器の小皿が床に転がっていた。僕は、慌てて雄子が小皿と菓子を拾っているのを止めて、手を取りしゃがみこんで話しかけた。

「雄子、いつからここにいたんだ」

 雄子は必死で僕から顔をそらしながら、早口でまくしたてた。

「お、お菓子用意したんだけど落としちゃって、それにお母さんが見あたらないから探さないと、それに、それに」

「お菓子の事なんかいいから、いつからいたんだよ」

 雄子はずっと僕の手を振りほどこうともがき抵抗していたが、徐々に動きが鈍くなり、座り込んでうつむいてポツリとつぶやいた。


「私が産まれてすぐにパパが死んだって言ってたけど、あれは嘘だったの?私は、ママたちの何なの?」

 僕はそっと手を放して雄子と同じように座って、雄子に語りかけた。ゆっくりとなるべく優しく話しかけた。

「雄子、お前は確かに僕たちとは血が繋がってはいない。けど、そんなの関係ない。僕たちはずっと家族だった。これからだってそれは変わらないよ」

「そんなのお兄ちゃんが勝手に言ってるだけでしょ。お母さんが私のこと本当はどう思ってるかなんて、お母さんにしかわからないでしょ。それともお兄ちゃん、お母さんから聞いたの」

「い、いや聞いてない」

 そう答えるしかなかった。自分たちの出生の秘密を聞いてから母さんに自分たちの事すら聞いていないのに、雄子のことなど聞けるはずがなかった。雄子のことを聞くということは、本当はとっくに父親が死んでいることを知っていたと言うようなものであったから。母さんは僕にも、雄子が産まれてすぐに父が死んだと言っていた。それが嘘であったこともあの日わかって、祖母から真相を聞いて家に帰ってからしばらくは、雄子とどう接していいかわからないでいた。それでも数年前からようやく慣れてきて、雄子のことを妹として思えるようになっていた。それは、ひとえに和弘のおかげでもあった。


 今の雄子にどう言葉をかけたらいいかわからなかった。それは僕だけでなく他の三人も、どう言葉をかけるべきかわからなかったのだろう、無言で立ち尽くしていた。

「だから私、お母さんを探してくる」

 立ち上がりざま、階段を下りようとする雄子を、ユウ君がその手を取って止めた。

「ちょっと待った、さっきもお母さんが見あたらないとか言ってたけど、どういうことなんだい」

 僕はユウ君のその言葉で我を取り戻して立ち上がり、雄子と階段の間に立ちふさがり、雄子を見て言った。

「母さんいないのか」

「私が茶菓子を買って帰って来た時にはもういなかったよ。一階にもいなかったし、二階もさっき見たけどいなかった」

「まさか、母さんもさっきの話を聞いてたのか」

「さっきの話ったって、私がお兄ちゃんの産まれた時の話を聞いた時には、もういなかったよ」

「だったら、卓真君たちから聞いた和弘の話を聞いて、いなくなったのかもしれない」

「どういうこと」

「和弘が不良たちと一緒にいるって話を、卓真君たちから聞いていたんだ。もしかするとそれを聞いて母さん、和弘の元へ行ったのかも。中二の時の事件以来たびたび気にしてたから――」

 中二の時の事件と言った時、卓真君の表情がくもって顔をそむけたのが、雄子の肩越しに見えた。卓真君と和弘は、二人とも近所の市立中学校に通っていた。そこで和弘は一つの事件を起こしていた。いや、事件に巻き込まれたというべきなのかもしれない。その事件のことは当然卓真君も知っているだろうから、暗い表情になるのは当然だった。


 中二の時の事件以来、事あるごとに母さんから和弘の近状について訊ねられていた。もちろん、ご近所さんだから気になるという感じで聞いてきていたが、腹の中ではすごく心配していたことだろう。しかし、その頃から和弘とは仲たがいしていて、事件の詳細も知らなかったために、母さんに何も言えなかった。それどころか、和弘の事なんかどうでもいいとさえ思っていた。だから多分母さんは、ずっと苦しい想いだったのではないかと思った。だから、病気の体をおして和弘の元へ向かったのではないかと、僕は思った。


「雄子、母さんのことは僕たちに任せて、ここに残ってるんだ」

「なんでよ」

 意外な返答だったので、少し面食らった。

「なんでって、母さんから電話がかかってくるかもしれないし、もしかしたら戻ってくるかもしれないだろ」

「私は、母さんに直接すぐにでも聞きたいの、私のことをどう思っているのか」

「聞きたいことがあるなら、戻ってきてから聞けばいいだろ」

「いやっ、絶対に嫌」

「わがまま言うなよ」

「わがままじゃないわよっ」

 僕と雄子はいつしか兄弟げんかになっていったが、ユウ君が僕たちを止めた。

「二人ともケンカしてる場合じゃないでしょ。雄子ちゃん、気持ちはわかるけどここは留守番していてくれるかな。きっとお母さん連れて戻ってくるから」

 そう言われて雄子は、ユウ君の顔を見つめたまま考え込んでいるようだった。だがすぐに雄子は、

「ユウさん優しそうだし、ユウさんの顔にめんじて言うこと聞いてあげるわ」

「なんだそれ」

「だけど、絶対戻ってきてよね」

「当たり前だろ」

 そう言って卓真君とユウ君とミネ君の三人と共に、和弘を見かけたという駅へ行き、廃ビルへと向かうことにした。

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