第三章・双子の出生と父の死

 昔々の話、この街に二組の夫婦がいた。一組は、大樹太郎だいきたろう大樹花子だいきはなこ。二組目は、双山和夫ふたやまかずお双山恵美子ふたやまえみこ。四人は高校の頃からの親友で、何かあるといつも集まっていたほど仲が良かった。そんな四人の関係に異変が起きたのは、双山恵美子の出産からだった。


 妊娠がわかってお腹が大きくなった頃、双子の男児を妊娠しているとわかった時、誰もが出産を反対していた。双山恵美子は昔から体が弱く、出産に耐え切れない可能性が出てきたからだった。それでも双山恵美子はどうしても産むのだと言って、周りの反対を押し切り、出産予定日の一か月前から入院してその時を待っていた。夫の双山和夫は、病院代を稼ぐため、産まれてくる子供たちのために、寝る間も惜しんで働いていた。そのため双山恵美子の看病に現れることはあまりなかったが、それでも幸せだったという。双山恵美子の母親双山美津代ふたやまみつよが、どうしてそこまでして産むのか聞くと、

「和夫さんの子供を産みたいから」

 とだけ言ってきたので、双山美津代はあきれてしまっていた。出産して死んでしまったら何の意味もないと言うと、

「お母さん、私は死ぬつもりなんかないよ。私は、この子達と和夫さんと一緒に生きるために、出産することを決めたの。だから、心配しないで。私は大丈夫だから」

 そう言っていつになく真面目な表情で見つめてきたので、もう何も言えなかった。ただ、あまり無理しないで何かあればすぐに看護婦を呼ぶように言って、出産反対の話はしなくなった。そして、運命の日がやってきた。


 七月のある夜、陣痛が始まり双山恵美子は手術室へと運ばれた。通常の分娩室での出産では危険だと医者に説得され、帝王切開での出産にしていた。手術に向かうとき、そばにいたのは双山美津代と大樹花子の二人だけであった。双山和夫は仕事で遠く大阪にいて、大樹太郎はその双山和夫がいる大阪へと車で走って行ったところだった。携帯電話で電話したが出なかったらしく、車を飛ばして向かうことにした。


 通常最大でも二時間ほどで終わる手術が、三時間もかかったために、手術室の前で、双山美津代と大樹花子は不安になっていた。いつもは豪快で男勝りな大樹花子が涙ぐんだ顔で、双山美津代に話しかけてきたとき、手術室の中から元気な泣き声が聞こえてきた。二人は思わず荷物も持たずに立ち上がり、手術室の大きな扉を見つめた。子供が生まれたのは良かったが、母体がどうなったか気が気ではなかった。叫びそうになる衝動をこらえ見つめていると、すぐに両扉が開き、中から医者と看護婦が現れた。医者の上半身が真っ赤になっていたが、すぐに医者が「母子ともに無事ですよ」と言ったので、二人して抱き合って喜んだ。


 病室へと移動して、双山恵美子が全身麻酔をせずに部分麻酔をして出産にいどんでいたことを聞いて、二人ともあきれ果てていた。

「だって、せっかくの機会なんだし、子供たちが産まれてくるところ見たいじゃない」

 元々マイペースでおっとりとした性格ではあったが、ここまでくるとただの変人だなと双山美津代は思った。何度か意識が遠くなりながらも、ずっと起きて産まれたての子供たちの姿を見たらしい。


 そんな双山恵美子に双山美津代が叱ろうとしたその時、病室内に大樹太郎が勢いよく入ってきた。大きな体で鍛えられた体と足で、勢いよく入ってきた。あまりにも大きな音を立てて入って来たので、大樹花子が叱り飛ばしていたが、大樹太郎の次の一言で凍り付いてしまった。

「和夫が、死んだ」

 あまりにも唐突すぎて何を言ったのか全員わからなかった。しかし、大樹太郎がもう一度死んだというと、まず大樹花子が叱った。子供が生まれて幸せな状況にバカな冗談を言うなと。しかし、冗談ではなかった。大樹太郎の話によると、携帯に電話があったことを知って、大阪からこちらに向かう山道のカーブで、スピードを出しすぎて、対向車をよけきれずに崖から落ちて、即死したという。この当時山越えの高速道路はすでにあったが、お金の節約のために、双山和夫は常に山道を利用していた。それが結果として災いしたことになった。大樹太郎が最後に電話をかけた相手であったこともあり、彼のもとに救急隊員から連絡があったのだという。


 双山恵美子は座ったまま天井を見つめて放心状態になっていた。大樹花子は「嘘よ嘘よ」と繰り返しつぶやきながら泣き崩れていた。双山美津代はそんな彼女たちを見かねて視線をそらすしかできなかった。かける言葉が見つからなかった。誰もがこのまま時間が止まってくれればと願ったことだろう。いや、過去の時間に戻ってほしいと思ったかもしれない。しかし、時は残酷なほどに進んだ。


 しばらく様子をうかがっていたと思われる大樹太郎が、「誰か来てくれないか。俺だけでは何とも……」と言うと、大樹花子が涙をぬぐいながらゆっくりと立ち上がり、自分が行くと言って大樹太郎のそばに歩み寄った。すると、双山恵美子がベットから降りようとしていたので、双山美津代がそれを止めたが、激しく反論してきた。

「和夫さんのもとに行かせて、私が行かないと……」

「何言ってるのよ、エミ。和夫さんのことは私たちに任せて、あんたはまだ休んでなさい」

 親友のその言葉にもかたくなに拒否をし続けていた双山恵美子だったが、突然遠くから子供たちの泣き声が聞こえると言い出した。確かに遠くから何かの泣き声らしきものが聞こえてきているが、それが先ほど産まれたばかりの子供たちであるという確証はなかった。双山恵美子が子供たちの様子を見に行くというので、双山和夫の元へは大樹夫婦の二人で行くことになった。双山母娘二人は、子供たちがいる新生児室へと向かった。双山恵美子はフラフラな足取りでありながらも、壁に手をつけながら歩いて行った。


 新生児室は同じ階にあったが、場所は遠かった。そのため何度か休憩をはさみながら、子供たちの元へと向かった。新生児室が近づくほどに、泣き声がはっきりと聞こえてきた。


 新生児室の前には、何人かの女性患者がいた。全員が子供を産んだ元妊婦たちだった。いや、まだ産んでいない妊婦さんも何人かいた。二人は、心配して来たのであろう患者たちの間を分け入って、新生児室に入って行った。


 新生児室の中には看護婦が数人いたが、全員立ち尽くしていた。異様な光景が広がっていたからだった。新生児の大半が目をぱっちりと開け、無言で天井を仰ぎ見ていた。唯一違ったのは二人の新生児だった。二人は激しく泣き叫んでいた。まるで何かにとり憑かれたかのように、激しく泣き叫んでいた。その二人こそ、双山恵美子がつい数時間前に産んだ二卵性双生児の、和弘と和也だった。双山母娘も立ち尽くし眺めるしかできなかった。


 数秒して双山美津代が二人に歩み寄り、二人を抱き上げた。重さを感じないほどに二人が軽かったので非常に驚いていたが、二人にそっと語り掛けた。

「和弘、和也、二人とも父親が死んだことに気づいたんだね。不憫な子供たち。自分たちの誕生した日に父親が死ぬなんて……」

 双山美津子は二人をおもむろに天に掲げて、祈るように叫んだ。

「神様お願いします、この子達の未来に幸を与えてください。生まれた日に父親と死に別れたこの不運な子供たちに、幸あれ」

 祈りにも似た言葉が終わると、周りの赤子たちもいっせいに泣き出した。その場にいた誰もが、息をのんで見つめたまま、時間が過ぎていった。

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