第二章・たわいない会話

 六畳半の僕の部屋は、一人で使うには少し広かった。フローリングの上に敷かれた、緑色の絨毯の上に僕たち四人は座った。円陣を組むように、ユウ君と僕は正座し、卓真君は運動座りをし、ミネ君はあぐらをかいて座っていた。


 座ってから、たわいない会話をしているうちに、卓真君との出会いについての話になった。いじめられていた卓真君を、よく和弘が助けるようになったという話をした。

「和弘君のお父さんが、うちの親が経営している割烹料理屋の常連客さんでね、それがきっかけで和弘君がお父さんに頼まれて僕を助けるようになったんだよ」

 少し早口で一気に語りだした卓真君の話に、僕は疑問に思った。

――あれ、和弘からそんな話聞いたのかな?

 そう思い卓真君に質問しようとしたが、まるで反論お断りとでも言うように早口のまま卓真君は話を続け、話題が中学校の話になったため、質問するタイミングを逃してしまった。この時僕は、ユウ君もまた何かを言おうとしていたのか一瞬口を開けすぐに閉じたのを見逃さなかった。僕がユウ君を見るとユウ君も僕を見て少し困ったような笑みを浮かべていた。僕は心の中でため息をつきながら目を閉じた。きっとユウ君も同じようにしていた事だろう。


 昔の話は、卓真君がなぜわざわざ電車で二時間もかかる、遠方の京都の高校に行ったかという話になり、その後ユウ君とミネ君が大阪から通っているという話にまでなり、会話は終わった。


 一瞬の沈黙が流れた。少し前に母さんが雄子の代わりに持ってきたお茶やジュースを全員で一口飲んだ。雄子はお茶菓子の代わりになるものを買ってくると言って、買い物に出て行った。僕は好物の緑茶を飲み、三人はジュースをそれぞれ飲んでいた。

――そろそろ本題に移ろうかな。

 僕はそう思ってきりだした。


「で、三人とも本当は何の用事で来たのかな」

 三人いっせいに体をこうちゃくさせたのがわかった。三人が僕から少し離れて小声で話し合いだした。

――わかりやすいなぁ。

 と思いながら、僕は緑茶を飲みながら待つことにした。だがすぐに話し合いは終わったようで、また僕のそばに来て座った。今度は卓真君を中心に水平になるようにユウ君とミネ君が両隣に座り、僕を正面に見すえる形で座った。三人とも今度は正座していた。ミネ君は正座に慣れないようで体が揺れていた。

 三人の変わりように僕は気持ちを改めて座りなおした。なぜか背筋を伸ばしてしまった。卓真君が語りだした。


「和也君、実はここに来た本当の理由は、別にあるんだ」

――うん、気づいていた。

 玄関口で話をしていたとき、ここに来た理由を話しているときに卓真君の声が小さくなっていたし、視線が泳いでいたから、すぐに気づいていた。あんなにもリアルな挙動不審な人を見たのは初めてだった。


「実は、京都からこっちに帰る電車の中で、ある駅で和弘君を見かけたんだ」

 和弘は同学年でも頭一つ半ぐらい背が高いため、どこにいても目立つ存在だった。今回もそれでわかったのだという。

――和弘がらみのような気はしていたけれど、なんか嫌な予感するなぁ

「和弘君、不良っぽい人たち三人と、どこかに行こうとしてたから、気になってその広山駅で降りて、あとをつけて行ったんだ」


 卓真君の話によると、新品の制服を着ていたので、和弘のとこでも入学式だったようだ。和弘たちは山のふもとにある廃ビルへと入って行ったという。そこの一室で手に持っていた大きなカバンから、缶ビールを取り出して各々好きに座って、ビールを飲みだしたという。飲みながら入学式がかったるかったとか、今度のツーリングどこに行こうとかの、たわいない話をしていたある時、和弘の隣に座って和弘と残りの二人の会話を黙って聞いていた、小太りの青年が和弘に「お前、本当にこのままでいいのか」と言ったという。僕は、その青年の言ったことの真意がよくわからなかった。それは、卓真君たちも同じだったようで、そのまま息をひそめて聞き耳を立てていたらしい。


 和弘とその青年とでそのあとちょっとした口論になり、その青年が、

「和也とお前本当の兄弟なんだろ、戻ってやれよ。母親また倒れたらしいじゃねぇか」

 と言ったのだという。それに対して和弘が、

「うっせーな、あんなの弟でもなんでもねーよ。俺は大樹和弘であって、双山和弘じゃねぇんだ。俺には関係ねーよ」

 そう言っていたと聞いて、僕は目の前が真っ暗になった。気を失ったわけではなく、周りが見えなくなっていた。

 和弘とはある時から疎遠になり、あまり顔をあわすことも、話すこともなかった。だから今更和弘が自分のことをどう思っていようと、別にどうでもよかった。そう思うことにしていた。だが、自分たちが実の兄弟で、幼い頃に別々の家庭で育つことになったという話は、自分たちだけの秘密にしょうと言う約束をたがえたことに対して、僕は悲しみとも怒りともいえない感情を抱いていた。和弘の行動が信じられなかった。


――和弘はもう僕との約束のことは、どうでもよくなったんだ……


「和也君、大丈夫?」

 卓真君の突然のその言葉に、僕は驚いて顔を上げた。僕はいつの間にか顔を下に向けうなだれていた。そのことに気づかなかったことに僕自身驚いていた。そして、どうも先ほど思っていたことを口に出して言っていたようで、卓真君たち三人が心配そうに僕を眺めていた。

「ああ、いやうん、大丈夫、大丈夫だよ。それで、和弘の奴その後なんか言ってた?」

 一瞬の沈黙の後卓真君とユウ君が顔を見合わせてから僕を見て、卓真君が話し出した。どうやらすでに話していたのに、僕は聞いていなかったようだ。

「びっくりしてつい声をあげてしまったから、すぐにその場から逃げて、とりあえず和也君に話を聞こうってことになったんだ。でもお母さんが本当に病気のようだったし、なかなか言い出せなかったんだ。最初に尋ねた時、もしものためにウソをついたんだ、ごめんねウソついて」

「それはいいよ。こっちこそごめんね、あいつのせいで」

「いや、こっちこそ、それはいいんだ。それよりも、もし和也君でよかったら話してくれないかな、和弘君との関係について。まぁ言う義理もないだろうし言いたくなければ言わなくてもいいけど」

 なんだか妙に気になる言い方をされた気がするが、そこは聞き流しておいて、僕は落ち着くために緑茶を飲み干した。そして、数刻の沈黙の後、僕は語りだした。和弘と僕の関係について。

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