平蔵ちゃん事件簿〜タイムスリップ先が何か違う!?〜

瀬名すこ

第1話「タイムスリップ」

…もうまもなく、年が変わる。

今考えると色々あったなぁ。

生まれて初めての彼女ができ、さらに初めての2人でのクリスマスは記憶に新しい。

高校生最後の思い出、それも刻んだ。

もう思い残すことはない。

さらば、高校生!!






…と、新年を迎えるはずだったんだ。

今、俺は多数の数字が空間を支配している電々しい部屋にいる。

決してこの世のものではない。

神様よぉ、俺は死にたいなんて思ってないぜ?俺はただ(高校生として)思い残すことはないと言っただけだ。

嫌な間違いすんなよ、神様。

「…すみません」

そうだよ!ぶざけんな。

……

………

…………え?

聞こえたぞ、声。

それはかすれてはいるが機械の声、年齢で言えば二十歳過ぎくらいか。

「申し訳ありません。神の審判が間違われました。弁明はいたしますが、もうどうしようもありません」

淡々と、その声は事実を伝えた。

カンペを読んでいるように淡々と…

つまり、俺はどうなるんだ?

「松田真作(まつだしんさく)さん、あなたはどこかの時代にタイムスリップすることとなります。神の審判が間違われてしまいましたので、少しだけ例外を認めることが決定いたしました」

例外…?それは何だ?

「まず一つは、タイムスリップする時代を選ぶことができます。本来、気付いたら異世界やった〜という展開が理想的なのですが、上層部が流石に可愛そう…そんな判断が下りましたので。そしてもう一つは…現代人大好き特殊能力をお渡しいたします。その詳細はこのあと説明します。では、タイムスリップの準備をー」

待て待て待て!色々詰め込みすぎだ!

もう少しゆっくり話してくれ。

「わかりました」

俺の提案を了承してくれたおかげで、思考に余裕が出来る。

そして、今気づいたこと。

身体の感覚がないのだ。

普通、身体の中に張り巡らされた神経によって何も触っていなくとも感覚が存在するはず。

しかし、今の俺には三半規管が麻痺した独特の浮遊感すらない。

…疑問はすぐさま解決した。

「今のあなたは魂です。肉体が存在していないので、感覚などありません」

…そうか。

俺は本当に、死んだみたいだ。

わかってはいたが、虚無感が襲う。

「申し訳ありません。しかし、もう決定事項なので、私の権限ではどうしようもないのです」

少しシュンとした声音で、声が答えた。

こんな感情もあるんだな。

俺は大丈夫だよ、説明をしてくれ。

「……はい。これからあなたは望んだ時代にタイムスリップします。ここまでいいですか?」

おう。

「しかし、それだけでは分に合わないと上層部が判断し、特殊能力を与えることが決定しました」

その能力について、説明はあるか?

「…すいません、説明したかったのですが時間が来てしまいました。仕方がないので、システムをつけておきます。あなたが頭の中で話しかければ、答えてくれるでしょう」

え、ちょ、マジで?

俺心の準備出来てないんだけど。

タイムスリップっていうとんでもないことに巻き込まれたのに、最後まで説明しないのかよ!

「では、いい人生を」

え、ていうかタイムスリップ先選ばせてくれるんじゃないの?話が違うじゃねぇか!

おい、答えろ!

無視すんなぁぁぁぁぁぁ!!

ー何が起きているのかわからないけど、空間が消滅していくことはわかった。

まるで高速で、音速を超えようとするような疾走感が無いはずの体を突き抜けていく。

……

………









「…」

唐突に、世界は開かれた。

何の反応もなく、景色が現れたのだ。

そして、俺の身体が戻ってきていた。

死ぬ前に来ていたジーンズを履き、上半身もグレーのパーカーがある。

確かに立っている感覚もある、本当に人間になっているようだ。

安心のあまり、ホッと息を漏らした。

今度こそある視覚によって、景色を把握する。

そこは、木造の建物内のようだ。

木目が美しい天井、正方形がいくつも並んだロッカー、立ち込める湯気の香り、まるで…

ん?これ、銭湯じゃないか?

事態を把握したのも束の間、ロッカーと思われる場所にあるものを発見してしまった。

黄色を基調とした、女性物の着物。

つまり、ここは女湯…

「や、やべぇところにタイムスリップしちまってるし!あの声、何だかんだで酷いことしやがる!」

考える間もなく、俺は出口と思われるのれんへと走る。

いつの時代に来たのかは知らないが、どこでも女湯に男がいれば死ぬ。

いや、殺される。

タイムスリップ後、初ダッシュの甲斐もあり脱出に成功。

のれんを抜け、新しい景色が飛び込んでくるー


「…ここは」

第一印象は、映画村。

しかし、タイムスリップと聞いていたので映画村ではない。

快晴の元に多数の木造住宅、舗装などされていないあぜ道を歩くのはちょんまげの男達、着物を着た女性、二本差しの侍。

歴史の教科書で、一度は見たことのある場所…ここまできたら言うまでもない。

「江戸、だな」

今でいう東京都、江戸幕府の中心街である江戸の町。

それが、俺の目の前に広がっていた。

壮観、といえばいいのか。

言葉に表せない、強烈な印象を受けた。

「すげぇ、俺本当にタイムスリップしたのか…」

不安が渦巻く中に、高揚感や好奇心も存在した。

なので、状況を全て把握しないうちに江戸の町を歩くということが果たせたのだろう。

もちろん、この時代からしてみれば奇天烈な格好をしている俺に注目が集まるのは当たり前。

既に俺を二度見する人が後を絶たない。

「何だあいつ、南蛮寺でも見たことないぞ」

「顔は…我らと同じ日ノ本の人だが、どうも雰囲気が…」

ひそひそしているつもりだが、ほとんど聞こえてるぞ。

まぁ、反応は当たり前だな。

街並みがゆっくりと流れる中、堂々と町を歩いていたのだが。

ドン、と誰かと肩がぶつかった。

「あ、すみまsー」

謝ろうとして振り返った瞬間、世界が凍りついた。

その相手とは、無精髭を纏った二本差し。

茶色の袴を着た、いわゆる浪人というやつだ。

何気にでかいぞ。

「なんじゃてめぇ。変な格好じゃのう、おう?」

それに、一人ではなく三人。

武器を持ち三人VS丸腰の一人、絶望的だ。

「すいません」

「おうおう、島田さんにぶつかっておいて謝っただけか?誠意を見せな、誠意を」

「そうだ!」

島田という浪人にゴマをする町人の風体をした男達。

偏見だが、悪い奴だなこいつら。

「誠意、とは?」

「形だよ形。ほら、持ってるものだしな」

なるほど、金を出せってことか。

だが、俺はガチの一文無しだ。

「すいません、お金はありませんよ。嘘だと思うなら飛んで証明しましょうか?」

と、島田の雰囲気が変わった。

自信に満ちた顔から、不敵な笑みが浮かんでいた。

親しげに話しかけたのか、逆効果だったらしい。

「…ほう、何もないのか。ならば、身体で払ってもらおう。兄ちゃん、いい身体付きしてるしなぁ」

スラリ、と刀を抜いた島田。

それと同時に悲鳴と動揺が走り、一斉に俺の近くにいた町人達が離れた。

これはやばいな。

俺は丸腰、それに相手は刀の遣う実力者。

勝てる可能性は低い。

この時、俺の額から脂汗が流れた。

どうする…!?

『ーシステム起動。これより、能力""のチュートリアルを開始致します』

あの声に似た機械的な声が頭の中に響いたのは、島田が俺を切ろうと刀を振りかぶった時だった。

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