第7話 まだ見ぬ悪意と狂気
~とある教会にて~
礼拝堂に向かって一人の男がゆっくりと歩く。
七色のステンドグラスが月光によって怪しく光る。周りに人の気配はない。
その空間にあるのは静寂ーーそして歩く男とその者に向かって
後ろから一人の女が男にめがけて走ってくる。
「し・さ・い様」
「ッ!!」
『
「つれないなァ。ただ抱き着こうとしただけなのに」
「……なんだ、君か」
司祭はナイフを引っ込める。
女の方は立ち上がり、服についた
「ナイフを出してくるなんて、ちょっとやりすぎでしょ? 罰としてキスを要求します。はい、ちゅー……」
「よせ、僕は神に身も心も捧げている。それに軽々しく人にするものではない」
男は近づいてくる女の唇に手を当て、遠ざける。
「ちぇ~、でもナイフ……」
「君みたいなのが相手では一本でも百本でも足りん。それに夜に襲ってくるのも人間だけではないということは、君もよくわかっているだろう」
女は少し男から距離をとり、窓の近くまで下がる。月の光が当たり、女の姿がはっきり見えるようになる。
両肩にかかったツインテール、紫色の瞳、刃のように鋭い銀色の髪は月光にあたり、美しく輝く。
外見は……十八歳といったところだ。
「あぁ、アタシみたいな吸血鬼ってこと? それならあの『大征伐』でほとんど狩ったじゃん♪」
「
「それよりも仕事で疲れてるアタシをねぎらってよぉ〜」
「最近の君の仕事は夜の見回りだけだろう……まぁ、紅茶ぐらいは出してやる」
「やった! 司祭様優しい。やっぱキスしてあげよっか?」
「やめろ」
司祭は奥の棚にあった茶葉を取り出し、黙って紅茶を淹れる。銀髪の少女はイスに座り、退屈そうに足をブラブラさせる。司祭は彼女の分と自分の分の紅茶をカップに入れて運び、座っている少女に紅茶を渡す。
「ところで……君が『大征伐』の時に逃がしてしまった吸血鬼は見つかったのか?」
「ん~、発見したって報告はないなァ。見回って見つかるのは女の死体ばっかり。隊のみんなは狩った
「けど?」
「アタシはそうは思ってない」
少女は顔を手でおさえ、椅子にもたれかかる。司祭は彼女の推測にほう、と
「
「……ふふ」
「ん?」
先ほどまで顔を覆っていた手を放し、少女の狂気、いや狂喜の表情が
……しまった。先ほどの話題を掘り下げるべきではなかった。
しかしもう遅い。
「ふふ、あっ、あっははあはははっ! 楽しみだなァ! あいつがアタシの前に現れるの!! だってだってだってあいつの目、今でも忘れない! アタシへの底知れない憎悪に満ちたあの目! 積年の恨みをもって、いつかアタシの前に現れる! 楽しみでたまらないわぁ!! これがアタシの生きがい! 半永久的に生きるアタシにとって一番の楽しみなのぉ!! ハハ……ハァ……あ、ゴメン司祭様、つい興奮しちゃった。アタシね、今一番のお楽しみを残してるの」
……出てしまった。彼女の本性が。
彼女と僕が出会って、これでも少しはマシになった方だ。
……最初の頃は会話にさえなっていなかった。
それでも血も凍るような怖気には、どうやっても慣れそうにない。気を張っていないと胃の中の物をもどしてしまいそうだ。
司祭は聖書の言葉を思い出すことで、必死に正気を保とうとする。これでも彼は上出来な方だ。常人は彼女の持つ狂気に耐え切れず、正気を失う。または、良くても現実逃避する。
礼拝堂に彼女の狂喜の叫びが響き渡る。
ーー僕の属する教会の信徒達は、彼女を美しくも危険性のある、バラのようだとよく噂している。
「それはね、復讐を果たしにくるあいつの……アタシの全てを壊そうとするアイツ……」
ーーそれは大きな間違いだ。彼女はバラのように整っている
「逆にそいつが復讐の時までに大事に大事に大事にしてきたモノを、ぜーーーーんぶ、アタシがぶっ壊して、そいつのココロもぶっ壊して、最後に公開処刑するの!」
ーー彼女はあまりにも歪みきっていて、
彼女を花に例えるならラフレシア……いやもう花に例えることすら間違っている。
人はどうしたらこんなに歪んでしまうのだろう。
僕は彼女を、
「……カップ、あとで弁償しろよ」
「あ、ゴメン……」
そして、彼女の熱弁の果てに残ったのは割れた僕のカップだった。
……しかもよりによって僕のお気に入りのカップを、だ。
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~イギリス市街地~
「よし、これで昼飯の食材は
現在、陽一は先輩であるマドリッドと共に昼食の食材の買い出しをしている。
「しかし、あの屋敷に米があったとはな。まぁ結構高いらしいけど」
「セバス、なに休んでいるんですか? これから夕食の買い出しも済ませます。早く来なさい、うすのろ」
「マドリッド、いくらお前が俺のことが嫌いでも、いつも毒吐くなよ。俺のハートはガラス製なんだぜ?」
「割れてしまえ」
「ひどいね。お前」
悪態をつきながらも、彼女は道案内をしてくれる。まぁ、上司のクロードや唯一無二の主人であるメアリの命令なのかもしれない。それでもちゃんと仕事をするあたり、陽一は嫌いではないし同年代の仕事仲間なのだからもっと仲良くなりたいとも思っている。
先ほども美味しい食材の店を紹介してくれた。どうやら彼女の行きつけの店らしい。だが、近くの森の屋敷に住んでいるとも言えない。なので仕えている主人の屋敷の近辺にいい食材の買える店がなくわざわざ遠出してこの店に来ている、と言っているようだ。
ついさっき店の主人に「見ない顔だね。マドリッドちゃんの彼氏?」と聞かれた時は「違います」とマドリッドに思いっ切り引っぱたかれた。すごく痛かった。今でもヒリヒリする。
「あんな強く叩かなくても……」
「今度は全力でやりましょうか? たぶん顔が吹き飛びますよ」
「遠慮しておきます……」
一瞬でも陽一がマドリッドの彼氏に見られたことが、相当気に食わなかったようだ。
「そういえば、なんで夕食の買い出しも済ませたんだよ。まだ朝だぞ。昼買いに行けばいいだろ、荷物多いんだし」
「夜は
「悪かったな!……知らなかったんだ。ところで吸血鬼狩りってどれくらいやばいんだ?」
「……一人でも、普通の吸血鬼ぐらいなら滅ぼすのには十分です。ハンターの隊長の強さは……考えたくもありません」
それぐらいヤバい相手というわけか。陽一の想定をはるかに超えていた。メアリの強さを断片的に味わって、数人でようやく吸血鬼1匹を仕留められるぐらいに考えていたのだ。
確かに吸血鬼にとっては彼らに見つかりたくないだろう。吸血鬼狩りはまさしく吸血鬼の天敵のなかの天敵と言える。
「それに……ここ最近は夜に物騒な人間がでます。あ、ちょうどいいところに。これを読んでみてください。字ぐらいは読めるでしょう」
「そこまで馬鹿にしなくても……まぁ俺の国ではこの言語を使いこなすのにめっちゃ勉強しなきゃいけないんだけど」
陽一はマドリッドから受け取った新聞の記事を読んだ。
「……ホントに19世紀か。1800年代だもんな日付」
「そこではありません。ボケてないで下を見てください」
その新聞の記事の見出しにあったのはイギリス連続殺人事件についてのものだった。
「……この町の連続殺人事件。バラ
あまりの凄惨さに気分が悪くなる。陽一は思わずその場にうずくまってしまう。
頭が重い。この記事を読んだ後では、自分の心臓があるかどうか不安でたまらない。
「セバス! ……ここまで弱るとは想定外でした。立てますか?」
「ハァハァ、ウッ、ちょっと待って。もうちょっとで何とかなる……とおも、う」
「おにぃさん、大丈夫? すごく顔色悪いけど……よかったら袋あるよ」
陽一を心配して来てくれたのか、二十代前半ぐらいのコートを着た男性が陽一に声をかけてくれた。
「ありがとうございます……けど、だいぶ調子戻ってきたので大丈夫です」
「お気遣いいただき感謝します」
「うん、いいんだよ。……ところで二人とも近くの店でお茶でもどう? 僕の友人がちょうど二人とも来れなくなってしまってね、予約キャンセルするのもメンドクサかったところなんだよ」
「せっかくのお誘いですが結構です。ご厚意、感謝します」
親切な男性に対しマドリッドは天使のような笑顔をむける。……普段の彼女の態度からは全く想像できない。
ーーこの男性、マドリッドの本性を知ったらたぶん泣くぞ。
「おねぇさん。最近、夜で物騒らしいじゃないか。気をつけて外出してくれよ」
そう言ってその男性は陽一たちの前から去っていった。
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「あ~疲れた。まだ森の出口につかないのか?」
「……この森はお嬢様の空間魔法の効果で、正しい道を通らないと屋敷にたどり着けないようになっているんです」
「なるほど、面倒な仕掛けだ」
「……お嬢様のお仕掛けになったこの完璧な仕掛けを、どうやったら迷っただけで解けるんでしょうねぇ(ジロッ)」
「あははは……随分とお嬢様を持ち上げるんだな……」
陽一は反論できず苦笑する。まさにその通りだ。偶然としか言いようがない。こんな運、今すぐに捨てたい。
「それで、昼食は何を作るんです? ふざけた物を作ったらすぐに叩き切りますよ」
「大丈夫、それに関しては期待してていいぞ」
今朝、メアリの好物はすでに調査済みだ。
ーーそれに……俺は料理経験は決して多いとは言えないが、今回作る料理は俺の数少ない得意料理だ。
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