第6話 お呼びだし
「……死ぬ……」
「雇い主の前でいうセリフ? それ」
一日の仕事が終わった陽一は、現在メアリの寝室にいる。夕食後、突然メアリに呼び出されたのだ。解雇通知であれば万々歳だがそうではない。陽一の着ていたTシャツやコートに関する件らしい。
ちなみに陽一は先ほどマドリッドに指定されていた仕事の半分も終えていない。
なにしろ普通だったら一日かかってもおかしくない量の仕事を押し付けられ、三時間で終わらせろというのだ。
……難儀な話である。
今まで本当に彼女一人でこの館の雑用全てをこなしてきたのだろうか。もしそうだとしたらマドリッドのメイドスキルは異常だ。
それはそうと、陽一は今少しドキドキしていた。彼は若気の至りでクラス一の可愛い子に告白して撃沈したことはあるが、美少女に呼び出される経験は一度もなかったのだ。
「セバス、あんた何か失礼なことを考えてない?」
「別に。お嬢様がもっとおしとやかだったらなぁって考えてた」
「本音ダダもれじゃないの!」
メアリの服は初対面の時のネグリシェ姿ではなく、私服姿。白のブラウスにノースリーブのエプロンスカート、ちなみにスカートの色は青だ。
夕食前に着替えたのは吸血鬼にとって夜が活動時間だからだろうか?
少なくとも昼食の時はまだネグリシェ姿だった。
「……セバスはもう少しわたしに対する敬意が足りないわ。もっと丁寧に話したらどう? マリーみたいに」
「あれだけ仕事させておいて、給料払わないひとにどうやって敬意払えっていうんだよ……ボランティアじゃないんだぞ」
「
ビシィ! と効果音が聞こそうな勢いでメアリは指を指す。さすがお嬢様、命令がお得意だな。
「その命令に違反した場合の罰は? 解雇通知?」
「しばらく食事抜きね」
陽一はは小さく「はぁ……」とため息をついた後、観念してクロードのように話しはじめた。
ーーさすがに食事を抜かれるのはキツイ。
「メアリ様、もっとおしとやかにおねがいします。暴力で人を脅してはなりません。吸血鬼の王にふさわしい風格を身につけるためにはもっと我慢強くあらなくてはなりません。そのためには、(くどくどくどくど)……」
「あぁぁぁああ! おせっかいは二人もいらないわよ!! クロードだけで充分! やっぱり気持ち悪いから口調もどしなさい!」
メアリは両手で耳を塞ぎ、『もう聞きたくない』の意思表示を見せる。
「わがままだなぁ。せっかく
「あくまで例よ! 彼のいいところをマネしろって言ってるの!……まぁいいわ、しばらくは友達口調で勘弁してあげる。わたしが吸血鬼ということも認めたようだし」
陽一にからかわれたというのに、メアリは上機嫌だ。さっきまでむっとしていたが、今はほくそ笑んでいる。
初めて会った時に人間扱いされたのがそうとうショックだったのだろう。彼女にとって、吸血鬼であるということは陽一が思うよりも誇らしいことなのかもしれない。
……自分を認めてもらえてうれしいという感覚は人間も同じだ。
「とりあえずな。それより聞きたいことがあるんだ。俺の着ていた服についても関係あることだ」
「ふーん……何よ、言ってみなさい」
「いま19世紀って本当?」
「もう一回叩けば治るかしら」
メアリは腕を振り下ろし、陽一の頭上に振り下ろそうとする。再び気絶するのも嫌なので全力でそれを止める。
「頭おかしくなったってわけじゃねぇよ!それに俺はテレビじゃないんだし……っていってもわかんないか」
おそらくここは自分がいた二十一世紀ではない過去の世界。今メアリが「てれびってなんだ」って顔をしている理由も説明がつく。まだこの時代にはテレビはないのだから。
「俺は今から二百年後の未来からやってきたって言ったら信じるか?」
「もう叩いても治りそうにないわね」
「いや、だから、頭おかしくなったんじゃないって。……あぁやっぱりか。本当のこと信じてもらえないってつらい。……もうはやく帰りてぇわ」
これでも陽一は何度かこの館からの脱出を試みたのだ。入口の近いところに掃除しに行って、そのまま逃げてしまうなどしょーもないアイデアばっかりだったが。
予想通り試した脱出計画はすべて失敗。毎回クロードに「甘いですな♪」と言われて捕まってしまう。
彼は自身を
なにせ陽一が屋敷の玄関を出て3秒たたないうちに、クロードは陽一の正面に立っているのだから。
しかし、これでこの館を出ても行く当てがないということはわかった。まぁ脱出をやめるつもりもないが……どこに行くにしても化物ぞろいの吸血鬼の館よりはマシだろう。
「じゃあ本題に入るわよ。……わたしが図書室で調べた本にはあなたの服については書かれてなかったわ。まぁ
ーーあれ……もしかしてメアリさん……
「ホントは俺の言ったこと信じてる? 他にも俺の持ってる未来の道具をみたいってことか?」
「……! 違うわよ。そういうことじゃないわ。わたしが言いたかったのはあなたの服以外の物的証拠がなければ、あなたが未来から来たって断定できないってことで……」
「じゃあこの話は終わりだな。じゃおやすみ、また明日」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。話はまだ終わってないわ」
陽一が振り返るとそこには赤面状態のメアリが、彼の執事服を掴んでいる。自分でいうのが恥ずかしくて素直に「見せて」と言い出せないのだろう。
それを見て、おもわず陽一はにやけてしまった。だいぶこいつの扱いがわかってきたと。
「ちょっと待ってろ。
ーークロードのいうとおり、メアリは……いわゆるツンデレというやつなのだ。
そして陽一は一度部屋に戻り、部屋に置いてきたリュックサックの中のスマホを持ってメアリの寝室に戻ってきた。
「何この板?……これがテレビってやつ? 叩けば直るってこれのこと?」
早速試してみようとメアリは拳を振り上げる。
「やめてくれ! テレビでもないし、お嬢様が叩いたら直るどころが粉々になっちまう!」
『違うのか』とメアリは振り上げた腕を下ろす。
「……これはスマートフォンっていってな、これと同じ物をもっているやつと距離が離れていても話せたり、インターネット……無限の資料がある図書館から欲しい情報を検索したり、見たい映像を見ることができるし、写真も撮れる。まぁ、一言で言えば超便利グッズってやつだよ」
「へぇ……それは便利ね。どう使うの」
あれ、リアクション薄いな……もっとすごいとか、信じられないっていって取り乱してくれるかと思ったが……
いや、待てよ。メアリの顔つきがさっきよりも柔らかくなっている。よく見ると目がキラキラしている。
「あっ……」
しかしネット環境も通過できる環境もこの時代にはない。つまり通話もネットもできない。
「ごめん。インターネットも通話もできない。この館にネットにつなげるルーターとかある?」
「あるわけないでしょ。ていうかなにそれ?」
「ですよね」
「えっ、じゃあ遠くの人との交信は? その
やっぱり期待していたようだ。せっかくの便利道具が使えないとわかってメアリは興奮している。
さっきまでの落ち着きようはどこに行ってしまったのだろうか。
「けど写真は撮れるぞ、ほれ(パシャ)」
「!?」
シャッター音の後に驚き顔のメアリの写真が画面に映し出される。
「お、よく撮れてる。……メアリって意外と感情豊かなんだな」
陽一のスマホには驚いた顔のメアリが写っていた。驚きのあまり前髪がはねている。
正直言って、すごく可愛い。
「……今の戯言は聞かなかったことにするわ。見せなさい」
そういってメアリは陽一のスマホをひったくる。
「めちゃくちゃ綺麗に撮れてるじゃない……!……しかも色付き写真」
まだ十九世紀のイギリスでは色付きの写真はない。全てモノクロなのだろう。
「どうだ? 未来の科学技術は。すげぇだろ他にも……ってうわっ!」
「すごい! すごいわセバス!! これ以外にもまだあるんでしょう! もっと面白いものを見せなさい!」
「え、ちょ、オイ」
メアリに肩を掴まれ、目の前に顔を近づけられる。
ーーちょっと近い! 近いって! あっすげぇいい匂いする。
「やっぱりあんた面白いわ! いや物でなくてもいいわ。話、そう、未来の話をもっと聞かせなさい! 早く! ハリーアップ!」
「お、おい。落ち着けよ。吸血鬼の王としての威厳はどこにいったんだよ(ガクガクガク)」
急にメアリが陽一にとびかかって体をゆする。さっきよりもすごく興奮している。なるほどこれがメアリの本音みたいだ。メアリは陽一の言葉を聞いて我に返る。
「はっ!……失態だわ。セバス、今のは忘れなさい。いい?」
「さっきみたいにもうちょっと自分に素直になってもいいと思うけどな……」
「い・い・わ・ね」
「……わかったよ。(パンッ!)ハイ、もう忘れましたっと」
陽一は両手で頰を叩き『これでいいか』とメアリにアイコンタクトをとる。
「よし。……さすがに今日一日でネタを全部なくしてしまってはつまらないわね。セバス、明日から毎日この時間に私の寝室に来なさい。クッキーと紅茶を持ってね」
「……ちなみに拒否権は?」
「主人の命令よ」
「ないよな。……まぁそう言うと思った。約束通りこの時間に来るからもう部屋に戻っていいか? もうクタクタなんだ」
メアリの部屋に入った辺りから、あまりのオーバーワークで体中が悲鳴をあげている。一刻も早く寝て、体の疲れを回復させたかった。精神面もか。
「いいわ。今日はもう部屋に戻りなさい」
「お疲れ様でーす」
そういって陽一は部屋から出ていこうとする。同時にメアリもベッドの方に向かう。
……おやすみっていえばよかったかな。
「セバス」
「ん?」
メアリが振り返って陽一の方をじっと見つめている。まさか・・・
「明日の昼食の当番、あんたよセバス」
「期待した俺がばかだったよ! ちくしょう!」
「何を期待してたのよ。それと……」
彼女は首を少し傾けて、笑った。
「おやすみ、セバス。今日は楽しかったわ」
陽一の胸が何とも言えないあたたかい気持ちでいっぱいになる。次の言葉を言うのにためらいは一切なかった。
「おやすみ。お嬢様」
そして最後に満面の笑みを浮かべたメアリを見て、
陽一はゆっくりと扉を閉じた。
まぁもうちょっとの間は彼女に付き合ってやるか、とそう心に思いながら。
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~場所は変わり、とあるイギリス市街地にて~
「いや……来ないで……やめ……ッ!」
美しい服を着た女性が目の前にいる人に泣きすがる。その者は特に特徴もない普通の男性、特徴のない無地の服、平然とそこにいる。
「おねぇさん。僕はただ散歩に来ただけなんだ。そんなに怖がらなくてもいいよ」
どこにもその女性に対する悪意は含まれていない普通の言葉。男は微笑み、三日月のように口元をゆるめる。
「きれいな満月だね。おねぇさん。こんな日は月見に限るよね」
そう言って男は満月の浮かぶ空を見上げる。
「あ、せっかくだからちょっとお茶でもどう? いい店知っているんだ。あそこの通りにある……」
はたから見ればただのナンパだろう。
「月を見ながらお茶って最高だって、ロマンチックだって僕思うんだよね。恥ずかしい話なんだけどさ、さっき、別のおねぇさんにも声をかけたんだけど断られちゃったんだ。僕ってそんなに魅力ないかなぁ」
「い、いや……!誰かきて……」
「あちゃ~断られちゃったか。まぁしょうがないよね、知らない人とお茶とかできないもんね。おねぇさんごめんね。時間とっちゃって」
残念そうな顔を浮かべ、男はポケットに手を伸ばす。
「それはそうと、おねぇさん。少し手伝ってほしいことがあるんだ。僕一人ではできないことなんだ。仕方のないことなんだ」
そういって男は女性のほうに近づく、そしてその女性には
ー-両足がなかった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!! いやっ…!こないで……お願い助けて! お金だってあげるから! そのお店にだって行く! だから、だから」
必死に女性は命乞いをする。
目の前にいる異常者から逃げるためだったら、全財産も恋人も家族もこの狂人に差し出し、悪魔にでも魂を差し出してもいいとさえ思う。男はその顔に満面の笑みを浮かべる。
「本当!? うれしいなぁ。女性の方から誘われたのは初めてだよ! だけどごめん、その前に僕のお願い聞いてくれる? おねぇさん」
「何、なんでも聞くわ。だから命だけは……!」
「うん。じゃあ聞いてくれる?」
女性は自分の命が助かるとわかり、喜びのあまり涙を流す。
そして男は、
「さっきから体がうずいてしょうがないんだ。だからおねぇさん」
「君の
その手に持っていた血染めのメスを振り下ろした。
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翌日の朝、
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