第5話 仕事仲間

 

「じゃあ、セバス。あなたには早速仕事をしてもらうわ」

「おい、ちょっと待てお嬢様。そのセバスってのは俺のことか?」


 メアリは部屋の扉の方に体を向けた。


「クロード! 来なさい」

「スルーかよ!!」


 陽一の疑問に耳を貸さず、メアリが指を鳴らすと数秒後、ちょっと前に会った老人が部屋に入ってきた。


「お呼びでしょうか、メアリ様。……おや、ヨーイチ様。さっきぶりですな」


 クロードは出て行ったはずの陽一がこの場にいることに驚きながらも、笑みを浮かべる。


「あなたたち知り合い?……じゃあ、話が早いわね。クロード、こいつに仕事内容を詳しく説明してあげなさい。私はまた寝なおすから後はよろしく」


 手を振りながら、メアリは歩いてベッドに向かう。


「かしこまりました。ささ、私たちは部屋の外に行きましょうかな」

「え、ちょっとまって」


 理解が追い付かないまま、陽一はクロードに部屋の外に連れ出された。


 部屋の扉が閉じられ、メアリ以外誰もいなくなった部屋は再び静寂に包まれる。


 聞こえるのは、部屋の外から聞こえる2人の足音とベッドに向かう彼女自身の足音だけ……のはずだった。


「お嬢様、あれはお嬢様の寝間着姿目当ての変態だと存じますが、雇用してしまってよろしいのですか」


 今まで気配を殺していた人物が部屋に姿を現した。ショートカットの赤毛に氷のような青色の瞳、人形のように整い凛々しい顔つきをしたメイド服の少女、マリー・ミッシー・マドリッドである。


「えぇ。まぁあなたたちと同じく給料は……臨時収入があれば払うわ」

諜報員スパイである可能性もありますが……」

「あぁ…………しばらく働かせて様子をみるわ。私の話し相手ぐらいにはなってくれそうだし、人手は多いに越したことはないわ」

「……かしこまりました。では私は、掃除の方に戻らせていただきます」


 マドリッドは失礼しましたと言って、そのまま部屋を出ていこうとする。


「マリー」

「!?」


 予想していなかった主人の呼びかけに驚くマドリッドだったが、つぎのメアリの言葉のほうがマドリッドにとっては衝撃的だった。


「……ほかにも何か、私に言いたいことがあるんじゃないの?」


 マドリッドは顔を一瞬こわ張らせたが、なんでもなかったかのように元の顔に戻した。


「……いいえ、ございません。それでは、おやすみなさいませ、お嬢様」


 マドリッドはその言葉を最後にメアリの寝室を立ち去った。


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「……マリーはもうすこし私に本音をぶつけてもいいんだけどな……」


 枕に自分の顔をうずめ、メアリは大切な友人でもある従者に対し思いをはせる。


「何か彼女との距離を埋めるきっかけがあればいいんだけど……本音をぶつけられるぐらいには、彼女との距離を縮めたいわね~」


 ため息をつきながらメアリは仰向あおむけになる。


 そして寝る態勢に入った彼女はふと不思議なことに気づいた。


「そういえば……セバスの着ていた服……見たことがない服だったな……後でこっそり借りて似たようなものがあるか本で調べてみるか……」


 陽一の服装にわずかに興味をもちながら、メアリはゆっくりと赤い瞳を閉じ、二度目の眠りにつくのだった。



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 クロードに案内された部屋に自分の荷物を置き、陽一はクロードとともに延々と続く真っ暗な廊下を歩く。


 ちなみに今の陽一はシャツとパーカーから着替えて執事服姿だ。


 足元にひかれた赤いカーペット、自分たち2人以外の人の気配がない廊下。


 一番気になったのは、窓からということだ。


 外の景色がまるで一枚の絵画のようになっている。


 吸血鬼は日の光が苦手というのは有名だ。そのための対策なのだろうか。


「この窓には、メアリお嬢様の遮光しゃこう魔法がかけられておりましてな。光をうまく屈折させて、日光が入らないようにしているのですよ」


 陽一が窓をあまりにも不思議そうに見ていたので、クロードが説明をしてくれたようだ。


 彼はかなり察しがいいタイプみたいだ。


 なるほど、光を反射させて遮光する。まるで遮光レースカーテンだ。さらに別の魔法もかけて、外からは屋敷の中を見えなくしているのだろう。そう仮定すれば陽一が屋敷の中を見れなかった理由も説明がつく。



「……でも魔法なんて空想上のものですよね? そうじゃなきゃ、俺の周りで使ってるやつがいてもおかしくないですし……」

「いいえ、ヨーイチ君。正確には魔法が存在していないというわけではなく、使えるものがほとんどいないのです」


術式の制御には膨大な生命力が不可欠。半永久的に生きられる吸血鬼に比べ、生命力の乏しい人間の体では制御不可能。


それに、魔法によっては使える回数が限られているものもあったり、実用的な魔法は少なく万能とは言えないらしい。


 ……いつの間にか様付けから君付けにかわっている。これからは自分が先輩であり、上司という意思表示のつもりなのだろうか?


「じゃあ魔法は吸血鬼にしか使えないし、使いづらいものが多いってことか……」

 

 陽一はクロードの話をすべて鵜吞みにしたわけではないが、彼の真剣さは本物だということは確信していた。


 仮にその話が本当のものだとしたら、メアリが本物の吸血鬼だということである。


考えてもみれば、彼女は陽一よりも小さいあの体で自分を軽々と吹っ飛ばしたのだ。


彼女自身が言っていた、吸血鬼は人間を遥かに超えた存在というのもあながち間違いでもないのかもしれない。


「それにしても、先ほど会った方と同じ職場で働くとは思ってもみませんでしたよ」

「……俺もここにきて、館の主人に強制労働をさせられるなんて思いもしませんでしたよ……」


 クロードは機嫌よさげに、陽一はガックリと肩を落としながら言葉を交わす。


「執事見習いになった身でいうのも失礼ですけど……クロードさんもよくあんな無茶苦茶な人に仕えられますね……胃薬とか必要になるときあるんじゃないですか?」



「はっはっはっ、最初のうちはそうでしたなぁ。昔からメアリ様はワガママで、わたくしもストレスでよく腹が痛くなりましたよ。老体にあまり苦労をかけさせないでほしかったですがな。けど、あの頃のメアリ様はもうかわいかったんですぞ。昔は私のことをじぃや、じぃやと呼んで……さすがに今はじぃやとは呼んでくれませんが。……大きくなって他人には素直になれなくなってしまいましたが……あぁ見えても優しいところもあるのですよ。それに……」


 ーーマズイ、話が長くなりそうだ。


クロードは完全に古き良き思い出の世界に浸ってしまっている。もう陽一が聞いていないことにも気づいていない。放っておいたら語りつくすまで止まらないだろう。


陽一はこれ以上、彼の話が長くならないうちに別の話題を考えた。


「あっそういえば、クロードさんってここでどれくらい長い間働いているんですか?」

「ふむ……」


 クロードから洋一の質問に対する答えが出るのに少し時間がかかったので、話題を切り上げようとしたが、クロードははっきりと答えてくれた。


 とんでもない答えだったが。


「今が19世紀ですから……それを考えると120年といったところですかな」

「え……えぇぇえええええええ!?!」


 メアリだけでなくクロードまで奇妙奇天烈なことを言うとは。


クロードの顔の真剣さから言って冗談とは思えない。すぐクロードさんが「ほんのジョークですかな」といってくれることを祈ったが、祈りは天に届かなかったようだ。

 

「あぁ……ヨーイチ君に言い忘れておりましたが、私も吸血鬼でございます。まぁ吸血鬼といっても私は下級吸血鬼レッサーヴァンパイアですがな。ほら耳がとがっているでしょ……」


「いやクロードさんが長寿の吸血鬼だってこともびっくりだけど、さっき今は19世紀って言ってましたよね!?」

「そうですが……何か問題でも? あ、もしかしてヨーイチ君、今日は誕生日か何かですかな? だから年数を気にしているとか……」


 ポカンとした顔でクロードが見当違いの答えを言う。本当に冗談ではないらしい。


陽一の顔を嫌な汗が伝って床に落ちる。それに1年単位で誕生日を気にする人はいても、100年単位で自分の誕生日を気にする人はいないだろう。クロードは少し天然がはいっているのかもしれない。


「ヨーイチ君、どうしたのですか? 顔が汗びっしょりですが」

「……いえ、大丈夫です。とんでもない事実が二つもあがってきて焦ってるだけです」

「それは大丈夫と言えるのでしょうかな……」


 歩いて廊下の突き当たりにあたったころ、窓ふきをしている1人の少女が目に入った。


見た目は陽一と同い年……一八歳くらいで、髪の色は綺麗な赤毛だった。整ったその顔はまるで職人が作った人形のようだ。


「ヨーイチ君、この方がこの屋敷のメイド、マリー・ミッシー・マドリッドです。マドリッド、彼が……」

「クロード様、心得ております。新入りの見習い執事のセバスですね」

 

 マドリッドは掃除用具をしまい、片づけを始める。

 周囲の窓はすでにピカピカだった。床もホコリ一つもない完璧な仕事ぶりだ。

 

「相変わらず仕事が早いですね、マドリッド。彼に仕事内容の詳細を教えてあげてください。その間に私は彼の服や食事を準備してきますので」


 マドリッドに指示を与えクロードはその場から離れた。陽一とマドリッドの二人が廊下に残される。



「えーと……マドリッドさん。これからよろしくお願いします」


陽一は握手をしようと片腕を伸ばす。


「マドリッドで結構です。呼び捨てで構いません。それに……」


 初対面で呼び捨てでいいと言われるのは気楽でいい。仮にもここで働くのだ。仕事仲間とは親密に付き合っていきたい。


 ーー美少女にかっこいいとか褒められるのであれば男としてもすごくうれしいけど、たぶんそうではないだろうなぁ。


彼女は突然メイド服の袖に手を伸ばしーー


 

「あなたの名前も覚えておく必要もありません。この死にぞこないが」


 マドリッドの瞳は海のような青色から血のようにになっていた。手にはメアリに会う前に床に突き刺さっていたナイフが握られている。



 それが導き出す答えは一つ。先ほどまで掃除をしていたこの少女、マドリッドが陽一を殺しかけた襲撃者だということだ。


ーーやば、友達選び間違えたわ。


  額から嫌な汗が止まらない。寒気がする。全身を針でつつかれているような感覚があり、体の震えが止まらない。


「お嬢様に気に入られてあなたは幸運でしたね。おかげでお部屋を汚さずに済みました……血の汚れを完全に拭きとるのは結構大変なんですよ? 」


マドリッドは冷たい笑みを浮かべながら、ナイフをさらに首元に近づける。


「わ……わかった。お願いだからさっきから俺の首に当てているナイフ、しまってくれないか」

「……これ以上、変なマネをするなら命はないと思ってください」

 

 マドリッドはチッと舌打ちをしてナイフをしまう。瞳の色が赤色から元の青色に戻っていく。


「ではこれから仕事内容を説明します」

「よ、よし。どんとこい!」


 気合を入れなおし、陽一は身構える。マドリッドとの関係改善のためには与えられた仕事をこなして彼女の信頼を得るしかない。たとえどのような仕事があったとしても。


「この屋敷の床掃除をやってもらいます」

「え? それだけ?」


ーー意外と仕事量が少ない……まぁ新人だしそんなもんか。


安堵しつつ陽一は仕事の少なさに不安を覚える。


「あとは……各階の部屋の掃除とか……」

「おぉ、この屋敷のサイズだとちょっと手こずるな……こんなもんか?」


給料なしでこれか……と頭を掻きながら思う。


外から見えた感じだとこの屋敷の広さは相当なものだろう。思ったよりも大変そうだ。


「いいえ。風呂掃除、トイレ掃除、図書室の掃除、玄関の掃除、草むしり、庭の手入れ、各階の部屋の掃除、靴磨き、洗濯、エトセトラ、エトセトラとか--------------と・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・電球のチェック・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・や・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、以上、今言った仕事全部を午後までに終わらせてください。あと給料は基本ないと考えてください」


 お昼まであと三時間、今言われた一日分以上の仕事量、しかも給料は……なし。


お母さん、息子さんの就職先は真っ黒クロスケもビックリのブラック企業です。


 ーーやってやれるかぁ!!ちくしょおおおおおおぉぉぉぉ!!


 陽一は心の中で叫んだ。口から出そうになるのを必死で堪える。


 この瞬間、初日にして陽一はこの洋館からの脱出を決意したという。




 

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