第4話 仮雇用

 

 『母さん!見てこれ!またテスト、クラスで1番だったんだぜ!』

 『まぁ! さすがヨウ君ね!! 今夜はとびっきり美味しいご飯作らないと!』

 『うん!母さんの一番の料理も楽しみにしてるよ!』

 

 ーー夢を見ていた。遠い記憶の最も忘れたい夢を。


 『父さん!すげーだろ! 俺、英会話教室で褒められた! 一番英語うまいって!』

 『おぉっ!さすがは俺の息子だ! 次の活躍も期待してるぞ。ヨウ』


 --……やめろ。そいつには期待するほどの価値なんてないんだ。


 『腕っぷしは強くないくせによく自慢できるなぁ!? お前はひっそりと目立たずに人生送ってりゃいいんだよ。一番さんよぉっ!!』


 --自分を誇りたくて、周りに迷惑かけて大失敗したこともあったっけ……


 「……オ……ッ……!……オイッ……!!」


 夢とは別の声が聞こえる。真っ暗だった世界が光を取り戻していく。


 『ヨーイチはなにかやりたいことってある?』


 --……見つかるといいな。俺にしかできなくて、俺がやりたいこと。


 その声を最後に少年の夢は終わりを告げる。


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「オイッ! 起きろ! いつまで私の部屋で寝ているつもりだ!!」


 そういいながら赤髪少女は陽一の頭に蹴りをいれる。


「あいだ……ッ……!! もっと優しく起こしてくれよ……いつつ……」

「不法侵入者の変態が何言ってんのよ」


 蹴られた箇所をさすりながら彼はゆっくりと起き上がった。……相当痛い。


 強い蹴りの後にまた蹴られ、泣きっ面に蜂とはこのことだ。


 陽一はすぐに自分の置かれている状況を整理し始める。


 ……どうやら気絶していたようだ。目の前で先程の少女が不機嫌そうにこちらを見つめている。

 

「色々聞きたいことはあるけど……君は……だれ?」

「それはこちらのセリフなのだけれど……ふん、まぁいいわ。私から名乗ってあげる」


 彼女は近くにあった椅子に座り、声高らかに名乗る。


「私の名はメアリ・バーガンディー。誇り高き吸血鬼の王ヴァンパイアロード。忘れないよう、肝に銘じておきなさい。無礼者のニンゲン」


 なんという事だろう。陽一が雨宿りをしようとした館の主人はあろう事か吸血鬼であったのだ。


 再び彼は計り知れないほどの恐怖と絶望に襲われ--


「えーと……もしかして君、厨二病患者かなにか?」


  ーーなかった。


 陽一は完全にこの少女が、「私は人間じゃない」宣言している痛い子にしか見えていなかった。


 現に陽一はメアリと名乗った少女をかわいそうな人を見る目で見ている。


「なっ……ッ!チュウニビョー……というのはわからないが、私が病気だとッ……!無礼にも程があるぞ、ニンゲンッ!」

「正確には厨二病は病気じゃないんだけど……俺には君がどっから見ても可愛い人間の女の子にしか見えないんだが」


 陽一は苦笑しながらメアリを見つめる。高校1年生ぐらいの美少女が彼の瞳に映る。


 はたから見れば、先輩が後輩を口説いてる図だ。


「人間と間違われるのもいやだけど、可愛いって言われるのは悪くないわね……って違う! 私は人間を遥かに超越した存在なのよ! ただの人間の少女と一緒にするな!!」


 メアリは勢いよく立ち上がり、誤解を解こうとした。


「うん。わかる、そういう時期は誰にもあるよな。俺は凄いんだー、特別なんだーって思う時期」


 同情された。浜に打ち上げられて海に戻れないクラゲを見るような目で彼は彼女をじっと見つめる。


「……ッ!?……まぁ、私ほどの吸血鬼がいるなんて信じられないのも無理はないわ。さっきのくだらない発言を聞かなかったことにしておいてあげる」


 この少年が余りの恐怖で困惑して変なことを口走ったということで、メアリはムリやり納得した。


 彼のリアクションは彼女の予想していたものとはるかに違ったものだったのだ。


 ゆえに彼女は吸血鬼の王である自分を畏怖しない彼の態度の理由を、ムリやり自分でこじつけて彼女自身を納得させた。


「さっきから気になってたけど……メアリちゃんって俺より年下? 十五歳くらい?」

「ちゃん付けするな! 様をつけなさい、様を! 悪かったわね背が低くて! ……それにお前が思うよりも私はずっと歳上よ」


「ふっ……」と言ってメアリは髪を払いのけた。大人アピールのつもりなのだろうか。


「それにしちゃ歳上の貫禄ってもんが無いよなぁ……」

「なっ……!!」


 メアリは陽一に全く相手にされてなかった。


 それでも彼女は顔を引きつらせながら笑っている。


「ふ……こ、この私を前にして減らず口をここまで叩いたのは貴方が初めてよ。気に入ったわ……」

「あぁ……どうも」


 この少女はいったい何様のつもりなのだろう。


 終始ずっと上から目線のメアリの態度に陽一は半ば呆れていたが、これ以上彼女に機嫌を損ねてほしくないので、彼は当たり障りのない返答をした。


 そしていつの間にか距離を詰めていたメアリは、彼の目の前で立ち止まった。

 

「……おまえ、私の下で働いてみる気はないか?」


「……え?」


 驚きのあまり彼はうまく返答できなかった。……無理もない。


 何しろ今日初めて会ったばかりの相手に雇われないかどうかを急に尋ねられたのだ。


 優秀な人材が上司に目をかけられることはあり得ることだが、陽一自身、今までの会話で彼女にいいところを全く見せていない。


 やったことといえば、メアリの寝間着ネグリジェ姿を見た後彼女を不機嫌にさせただけだ。


 こんな自分のどこに彼女は興味を持ったのだろう。


「何か不服でもあるの? この私が、人間であるあなたに仕事を与えようというのよ」

「えーと……仕事内容も全くわからない状態で気安く了解するのは難しいな。ちなみにどんな仕事だ?」


 すぐに断ったら何されるかわかったものではないので、彼はメアリがこれ以上機嫌を損ねないように、とりあえず話だけでも聞いてみることにした。


 まぁ、元々この屋敷へは偶然寄ってしまっただけで、道を聞いたらすぐ帰るつもりだったのだ。


 この提案を断ることは彼の中ですでに決定事項なのだ。


「なに、簡単なことよ。あなたには私の世話係……つまり執事を住み込みでやってもらうわ。私の横でビクビクしている奴には吸血鬼の王である私の執事は務まらないでしょ? 掃除とかの雑用は適役がいるけど、その手伝いもあなたの仕事よ」


 ……あぁ、もうやる気も失せてきた。高校生でもできるバイト以上に大変な仕事だ。絶対に断ろう。


 先程から陽一は気になっていたが、この部屋に入ってから襲撃者は彼を襲ってこない。


 おそらくあの襲撃者は、メアリが雇ったガードマンか何かなのだろう。……それにしても事情も聞かず、急に襲い掛かってくるのもやりすぎだが。


 そうであるならば彼女と会う前に部屋の中に入ってきて襲い掛かってくるはずだが、あの襲撃者が部屋の外で待機するように言われたのだろうか、部屋の外からは足音一つ聞こえない。


 うまく断って、部屋の外にいる奴を追っ払ってもらおう。


 どうか拒否権がありますようにと陽一は心の中で祈った。


「……ちなみに断ったら?」

「外にいる彼女にあなたを処分そうじしてもらうわ」


……拒否権はなかった。


 与えられた選択肢はWork or Die(働くか死ぬか)の二択。あまりにも理不尽な選択肢だが、どんなに仕事が大変でも陽一はさすがに死にたくはなった。


ーーそれに森を抜ける方法を聞いた後は、隙をついて逃げればいい。


 

「これからはよろしくお願いします、お嬢様」

「よろしい」


こうして陽一は吸血鬼の少女メアリの執事(仮)となった。 


 



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