第3話 扉の先と館の主人


 ーー俺は死んでしまうのだろうか。こんなわけのわからない場所で殺されるのか。これから先やれたはずのこともできずに、今までと何も変わらないまま知らないやつに殺されるのか。


 「た、助けっ、誰かっ! 助けてくれぇ!! 俺は、まだ死にたくない!!!」


 必死に逃げ回りながら陽一は叫んだ。


 --いくら何をやっても報われることなんてなかった、俺は所詮他の奴の代替品に過ぎない、そう思われているにきまっている。

俺の親だって、友人だってだ。


 陽一は恐怖、混乱、生への渇望、絶望と諦念、その他もろもろの矛盾した感情で、頭がごちゃごちゃだった。


 こんな広い洋館の中でいくら声を張りあげても、館内の人間に聞こえるかわからなかった。しかし、彼はあまりの恐怖で叫ばずにはいられなかった。足を止めてはいけないことはわかっていた。


 なぜならーー


 少年の後ろからすごいスピードで迫ってくる、ナイフを持った赤眼の人物が陽一を殺す気満々ということは赤ん坊でもわかるからだ。後ろを振り向きたくてもあまりの恐怖で首が回らない。


 「はぁっ、はぁっ、くそっ、死因が方向音痴とかありえねぇ! 出口はっ、出口はどこだ!!」


 少しでも減速すればナイフで串刺しになる。そう思うと陽一自身、驚くほどのスピードがでた。


 この洋館の窓は鉄格子が張り巡らされており、窓からの脱出は不可能。さらにこの陽一はうすうす気がついているが、今走っている方向は出口とは反対側。


 どんどん屋敷の奥に向かってしまっているのだ。恐らくは混乱のせいで回り道をして戻る余裕がないのだろう。


 --行き止まりの道に当たったらアウトのデスゲーム。


 生への執着のせいか、先ほどと違い今陽一は驚くほど冷静だった。


 ーー上の階に行くほど追い詰められていく。下の階に戻る階段を見つける余裕もない。最悪、追跡者が館の住人なら館の構造を知り尽くしているはず。待ち伏せされたら最後だ。

 

 --やっぱりどこかの部屋に隠れてやり過ごして出口にいくしかない。

  

 そして陽一が疲れてきたか、追跡者がスピードを上げてきたのか、あるいはその両方が原因か、徐々に追跡者と彼との距離が縮まっていく。


 このままでは追跡者に捕まるのも時間の問題。頼みのクロードさんは館内のどこにいるかわからない。


 それにいくら鍛えてあるといっても生身で刃物相手では分が悪すぎる。被害者を増やすだけだ。


 しかし、部屋に隠れようにも部屋に入るところを近くで見られてたら隠れる時間がない……


 まさに「詰んでいる」とはこのことだろう。

 だがーー


「ん? あいつ急にスピードを落としやがったぞ?」


 何かにおどろいたのか追跡者のスピードがガクッと落ちたのだ。


 ーーよかった、あとほんの一瞬だけ俺は生きられるんだ


 チャンス到来と陽一は思いほんの少し安堵した。彼は近くにあった部屋の扉を開けて隠れようとする。


 「おいっ、待て! その部屋はっ……!!」


 --かまうものか、お前が入れない部屋なら一秒でも長く生きられる。


 追跡者の声を無視し少年はその扉を開く。そして勢いに任せ扉を閉め鍵をかけた。


 ……どうやらここは寝室のようだ。


 赤の壁紙に、部屋の真ん中にはカーテンのかかったキングサイズのベッド。なぜか寝室なのに部屋に窓はなかった。


 「マリー! ついさっき寝たばかりのこの私をドアの音で起こすとはどういうつもり!! 「」が来たとしても私に音を立てずに報告しなさい!」


 --むちゃくちゃだ。起こさないでどうやって報告すりゃいいんだ……しかもさっき寝たってーー


 ベッドにいた人物が怒りながらカーテンを乱暴に開けるとその姿がはっきりと見えた。


 「マリー! 返事ぐらいし……ッッ!!」


 出てきたのは一人の少女だった。まるで絵の中から出てきたかのような美少女だった。

髪と瞳は血のように赤く輝き、ふわふわしたショートヘアとバラの髪飾りが特徴的だった。身長は……150センチちょいだろうか、170センチちょっとの俺と比べると頭1個分ぐらい下だ。


 陽一は驚きで冷静ではなかった。


 その美少女が宝石みたいな瞳が殺意を持って彼のほうを見ていなければ次にいう言葉をもっと慎重に選べただろう。


 「は……ハロー……ハウアー……」


 英語を習った人がまずはじめに習う挨拶の言葉を、陽一はつっかえつっかえ言う。


 とんでもない美少女と出会った、あまりの緊張で英語脳が吹っ飛んでしまったようだ。


 言われた側からすれば、それはもどかしいにもほどがあるが。


 「ふ……」


 「ユー……ふ?」


 「ふざけんな! このド変態!!」


 「ブベラッチョ!!」


 ネグリシェ姿の少女にハイキックをくらわされた次の瞬間、陽一は壁に2センチぐらいめり込んでぐったりしていた。


 ーー……見えなかった、けられ損だ畜……生。


 ……なにがとは言わないが、最後にしょうもないことを考え、彼は意識を手放した。


  

 

 

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