第16話 なんでこんなに美味しいの!?

 翌朝、 春兎は誰よりも早く目を覚ました。

遅くまで起きていたはずなのに眠くはなかった、 というのも

一刻も早く王都へ向かいワームと呼ばれる魔獣を

討伐しなければならないという緊張感からゆっくり寝られなかったのだ。

彼に続きヒナ、 クイナと続々と起きてくる。

最後まで寝ていたのはフレイだった・・・ というよりまだ寝ていた。

各々が準備をし出発しだすまで約三十分。

その間、 まるで私は何も聞いていませんと言わんばかりの熟睡具合だった。

春兎は軽くため息をつきながら起こさずに荷台で寝かせたまま馬を走らせる。

ここまでくれば皆フレイの扱いが分かってきたような気がしていた。


「そういえば、 思ったんだけど俺たち襲われる必要性あった? 」


 春兎はシェスタに向かって思ったままの疑問をぶつけてみた。

考えて見れば呪いの発動条件に触れさえしなければいいわけだから、

無理に戦う必要性は無かったのではないか、

遠回しに助けてくれと言ってくれさえすればわざわざ戦わなくても

良かったのではないか。

そんなことをふと思ったのだ。

 

 シェスタは少し悩んだ末に双子の姉妹の方をみた。

主にアメリアの方だ。


 春兎も思わずつられて彼女の方を見る。

元気にはしゃいでるアメリアはこちらに気付かずに

妹のロートとおしゃべりをしている。


「実は戦う予定は全く無かったんです。 それこそ先程話していた通り

救援要請するつもりで近づきました。 ロートも私に賛成していたのですけど、   姉のアメリアの方が・・・ 」

「拒否したと? 」

「いえ、 拒否はしていなかったんですが、 彼女元々好戦的な性格でして助けを

求めるよりも実力が見たいという好奇心のほうが勝ってしまいあのような形に。   結果は我々の惨敗ですけどね 」

「いや、 ヒナとアレッタのコンビが強すぎただけだよ。

それに俺は逃げてばかりだったし 」

「そういえばどうして魔法使わなかったんですか? 」

「使わないんじゃなくて使えなかったんだよ。

よくわからないけどスキル使ってから一度も発動できなかったんだよ 」

「もしかして多重処理が出来なくなっているのかもしれませんね 」


 多重処理、 その言葉は春兎にとって初めて聞く言葉だった。

そのことについてシェスタは分かりやすく丁寧に教えてくれる。

魔法と魔法を重ね掛け出来なくなる現象、 この世界では重ね掛けなど日常的に使える者が多いため珍しくもあるがそれでも、

そういった現象になってしまう者もいるという。

自分もその類なのだろうかと思っていたが、 彼女が続けざまに

極稀に運が無いだけでなる人もいるという言葉を聞いて深くそれは物凄く

深いため息をついてしまった。


 ―― ・・・ まさかどこまでも運が絡んでくるとは。


 落ち込んでいるその様子を見て心配したシェスタは春兎に声をかけた

何でも多重処理は重ね掛けが出来ないだけで、 魔法を一個ずつなら使用できる。

つまりは発動中のスキルを一時解除して新しく魔法を使う事なら

何の問題も無いとアドバイスをしていた。


「そっか、 それなら使うことが出来るのか 」

「はい、 あくまでも重ね掛けが出来ない言うだけで。 それにもし仮に運が悪いだけでこうなったのであれば運を上げたら使えるようになるかもしれませんよ 」

「運を上げる? 」

「はい! 遥か西の大陸にそのような者がいたと聞いたことが・・・ 」


 ――西の大陸か、 今思えば自ら運を戻そうとは考えもしなかったな。

それならまだ希望はある。


 春兎は多少の希望を胸にしまい改めてシェスタにお礼を言った。


「さてと、 とりあえずは王都へと向かうか 」


 シェスタとアメリア、 ロートは先に王都へと向かって行き

その後を追う形で春兎達が馬車で移動を開始した。


 ♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦


 移動すること1時間。

この分だと着くのは恐らく夜になってしまうだろう、

シェスタの話を聞く限り王都へ向かうには途中の

緑聖りょくせいの森】という場所を抜けなければならない。

何でもそこは自然四大精霊の一つシルフが住まう森で、

彼女を筆頭にピクシー、 フェアリーといった妖精族が代々

その森を守っているという。

春兎にとっては、 ありがたい話だった。

こちらにも妖精族であるクイナがいるわけだし通るだけなのだから

すぐにでも森を抜けられるとこの時は、 そう思っていた。


 馬車は順調に走っていた。

ヒナも辺りを警戒しながら最速で走らせてくれる。

アレッタ、 クイナも周りを警戒しつつ、 これからの戦闘の準備をしていた。

魔力を高めていたり、 武器を手入れしたり緊張感が伝わってきている。

・・・ ただ一人、まるで緊張感が伝わって来ない者を除いては。


「ふぁああああ。 あれ今何時? 」


 緊張感の欠片もない立派な欠伸をしながらフレイが身体を起こす。

そして今の状況を理解していないのか、 ボケーっとした表情で辺りを確認する。


「あれ? 何で馬車走ってるの? 」


 フレイの問いかけに魔力を高めていたアレッタがそれを中断し、

事の経緯いきさつを話してくれていた。


「そ、 そんな・・・ 」


 流石のフレイも事の重大さに言葉が出なかったのだろうと思っていたが

やはり予想の斜め上をいく答えが返ってきた。


「私、 まだ朝ごはん食べてない!! 」

「そっちですか!? 」


 春兎の代わりにアレッタが思わずツッコんでしまった。

魔王の娘とは思えない素早いツッコみだった。

フレイは冗談だよと言っているが、 この場にいた全員がきっと

同じことを考えていただろう。 絶対に冗談ではないだろと。


「でも朝ごはん食べてないからお腹空いたんだよ~。 」

「そういえばお昼だものね 」


 武器の手入れを終えたクイナも話に混ざる。

彼女らの会話は前にいた二人にも聞こえていたので、

春兎はヒナにどこかで一度休憩することを提案した。


 ♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦


「さてと、 お昼にしようか 」

「ご飯だー!! 」


 目をキラキラと輝かせながらフレイがうずうずしてる。

まるでご飯を待つ子犬の様だ。

そんな目をしていてもすぐに料理は出てこないんだけどな。

春兎はアレッタ、 ヒナにテーブルのセッティング、 クイナに火を

起こしてもらった。 出発する前に器具や食材を大量に購入したこともあって

野宿でも多少は楽することが出来ていた。

食材に関してはいくつか小箱に分けてしまっているが、 ヒナの氷魔法のお陰で

適度な温度を保っているため早々に腐る心配は無い。

後は火の問題だけだったがクイナが使えると知って安堵していた。

少し大きめな筒状の火起こし器に魔法をかける。

片付けも面倒なため夜は直に焚火をしていたが料理をするなら

こっちのほうがいい。 何よりその上に網を置いて肉や魚を焼けるのだから

便利過ぎる。


 まさか異世界にも元いた世界にあったようなキャンプ道具のような

物が売られていて驚いていた。

こちらの住人からしてみればこの火起こし器、

火属性の魔法を上手く作動させられているかの確認に使っているらしい。

なので皆興味津々で春兎がその道具を使う様子を見てくる。


 着火したところでその上に網を置き、 フライパンで肉を炒める。

向こうの世界にあるものがこっちにもあるなんて本当に驚きだったのだが。

流石に食材はこちらのものを使っているが、 それでも野菜などは

似ている部分が多いため安心した。

料理しているとハーブのいい香りが辺りを漂い始める。

途中からフレイが隣でずっと見ているのだが、 気にしないで調理を進める。

それから程なくして昼食が出来た。


 野宿に似つかわしくない炒め物だったが、

春兎自身、 結構おいしくできた気がすると思っていた。

クイナに頼んで温めてもらったパンとスープを用意して食事を始めた。


 驚いたことと言えば、こちらの世界の肉が美味しすぎたのがビックリだった。

正直、 元居た世界の肉よりも美味しいんじゃないかって思えるほど肉自体が

柔らかくて食べやすい。

食べてる途中ふとフレイがこんなことを聞いてきた。


「この道具をこういう使い方するのにも驚いたけど、 一番驚いたのは

春兎が料理出来たってことなんだけど、 一体何者なのあんた 」

「あ、 それ私も思いました! 春兎さんの料理美味し過ぎます! 」

「妖精族の私の舌を唸らせるとは・・・ 」

「春兎兄ちゃん凄い!! 」


 フレイに続きアレッタ、 クイナ、 ヒナと目を輝かせる。

まさに大絶賛の嵐だった。

流石にこれほど喜んでくれるとは予想しておらず、 若干照れてしまった。


「ただの野菜炒めだよ。 まぁそんなに喜んでもらえるとは

思っていなかったけど 」

「何でこんな美味い料理が春兎に出来るのよ! 」

「そりゃあ家でもしてたから。 俺の家、 放任主義だったから

自分で料理とか・・・してたし 」

「どうしました? 春兎さん 」

「あ、 いや何でもないよ。 ただ自分のいた世界のこと思い出してね。 」

「すみません! 私ったら辛いことを 」

「大丈夫大丈夫。 別に辛くは無いし、

誰かさんに生まれてこなかったことにされてるからね 」

「ギクッ!! 」

「いや、 ギクッって声に出てるし。 別に責めるつもりもないからいいんだけど 」

「うっ 」


 この時の彼女の脳内では今逆らえば食事を抜きにされてしまうと

いうことで頭がいっぱいだった。

ちなみに春兎は本当に責めるつもりも無く若干フレイに

感謝している部分もあったのだ。

そんなこんなで一時間ほど休憩を取り再度出発に向けて準備をする。


「さてと、 行きますか 」

 

 春兎の声と共に馬が走り出し、 五人は再び王都へ動き出した。

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