織拓 兜太の復讐

俺は恐らく既に人間を辞めている。 『人と人の間』と書いて人間と読む所からして、人間とは集団で力を成す生き物だ。

『人間はポリス的動物である』(ポリスとは古代のギリシアが作った集落のことである。)と説いた偉人 がいる事からもそれは明らかであろう。

さて、それでは個人として力を持った者を人間と呼べるのだろうか。

たとえ自分以外の者が絶滅したとしても、たった一人だけでも生きていけてしまう。

……そんな者を、人間と呼んでいいのだろうか。



 

■ ■ ■


まず最初に操るべきはやはり亮太だろう。恨みはないが、嫉妬はある。

いつもいつも、オレが虐められてる事なんて全く知らずに話しかけてくるアイツのせいで、オレへの虐めは更に加速した。

次に操るのはカスミちゃん。恨みも何も無いが、何せあの容貌だ。

オレの満たされない欲求を存分に叶えてくれることだろう。このオレはそっちもイケる口なのだ。


「ぐへへ」


笑いを必死で堪えながら作戦を練る。オレをないがしろにしたアイツらへの復讐劇を。

オレの得た称号は、洗脳スキルを獲得出来る《支配者ルーラ》だ。

これを利用して脳の中からじわじわと攻め命乞いをさせて、そして最後には全員オレの奴隷にしてやるのだ。

舞崎さんや麗詩さん、カスミちゃんには性的な欲求も叶えてもらう。

……勿論自我を残した状態で、あっちの方から堕ちる様に。

想像しただけで涎が出る。

オレを虐めたアイツらは最終的には殺す。自分が死ぬと分かった時の絶望の表情が楽しみで仕方がない!


……俺の名前は織拓兜太おたく とうた。これからクラスメイトを、そしていずれ世界を支配する者だ。


「兜太君、起きてるか? 迷宮に潜る時間だ、急がないと怒られるぞ」

「あぁ、ありがとうカスミちゃん」

「ちゃん言うな」


あぁカスミちゃん、ツンツンしちゃって可愛いなぁ……。すぐ雌にしてあげるから、待っててね──。


■ ■ ■


「あのキモデブ、とんでもないこと考えてるわね」


自らのスキルをフル活用し、情報を次々に書き出していく。

三十人もの人間が新たな力を得たのだ。当然暴走する者も出てくるだろうと思ってはいたが、まさか十人もそんな奴がいるとは流石に驚いた。

あたしのスキルを受け付けない規格外の強さを持つのが五人いるが、元々がカースト上位の人間なので恐らくは問題無い。むしろ味方に付けなければならない人種だ。

あたしの称号は『心読者カウンセラー』。あたしの様な裏方にはもってこいの心読スキルを得ることが出来る。

……まだ他の奴には明かしていない。知られてしまえば下手に動けなくなるからだ。

この纏めあげた裏切り情報を渡すべきなのはやはり亮太と……そして、霞。

 

亮太と霞の本人は気づいていないが、女子には大きく分けて二つの派閥があった。

明るく誰にでも対等に接するイケメンの極地、亮太か、可愛らしくクールなギャップ萌えを持つ上に何を考えているのか分からない不思議属性まで兼ね備えた可愛さの極地、霞か。

中にはスポーツ万能の大河を推す人も居たが、派閥とするには人数が足りない。

勿論あたしは断然霞派だ。亮太のあのキラキラオーラは一緒にいると何だか腹が立ってくる。釣り合うのは実際に付き合っている星薇やアイドルの明日葉ぐらいのものだろう。

それに比べて霞はちょっと女の子扱いするだけで顔を真っ赤にするわ授業中にすやすやと寝てしまうわで、なんというか亮太とは親しみやすさが段違いなのだ。

 

そんな彼が、先日の騎士戦でかなりの力を見せた。

言葉で『動くな』と言うだけで、騎士の動きを本当に止めてみせたのだ。

勿論あたしの《心読Lv99》も通じない。……恐らくは言葉にした事を叶えるスキル。

なんというチート、なんというイカサマだろうか。

しかしそれ以外にあの事象を説明できる言葉が見当たらないのである。

本人は「金縛りをするスキルだ」と言っていたが、それではあたしが心を読めない事に説明がつかない。

……本当に、彼にその称号が渡って良かったと思う。


クラスメイトの情報をチートスキル持ちの亮太や霞に提供して自分の地位を確立し、尚且つクラスの安寧と秩序を保つ。

それが《心読者カウンセラー》のあたし、愛悟佳奈あいさと かなの使命だ。

 

「あ、佳奈ちゃんこんな所にいたの? 急がないと迷宮攻略始まっちゃうよー」

「ゴメンゴメン、今行く〜」


でもまぁ、何だかサナは霞と仲良いみたいだし、カナサナコンビは継続でいいよね。




■ ■ ■


迷宮攻略。

それは、勇者に課せられた仕事の一つだ。

王国の東西に位置するそこは大気中の魔素を吸収してくれるという、いわば魔物発生防止施設とでも言うべき役割をこなしている。

だが、ここもまた定期的に中を掃除しないと詰まってしまう。……魔物で。

そんな訳で勇者である俺たちが迷宮内の魔物を根こそぎ倒すという事になっているのだ。

迷宮は冒険者養成施設としての役割も同時にこなしており、難易度ごとに一から百層までで分かれている。

下の階層ほど強く、そして沢山の魔物が出現するのだ。

 

挑む時は四人でパーティを組むことになっている。


「えーっと、俺、沙奈、愛悟さん、兜太君か。取り敢えずお互いのスキルを見せよう。連携が大事だし隠し事は無しにしたい」


と、まずは自分のステータスを見せる。こういうのは言い出しっぺから先にやるべきなのだ。


◆◇◆

カスミ・ハザキリ:エルフ族:17歳:Lv71

STR筋力:257

AGI敏捷:288

MAG魔力:655

SPR精神:641

称号: 《魑ァ喧ロ縺?アンノウン

スキル:《火魔法Lv1》《水魔法Lv1》《風魔法Lv1》《地魔法Lv1》《聖魔法Lv1》《闇魔法Lv1》《空間魔法Lv42》《時間魔法Lv1》《雷魔法Lv1》《精神魔法Lv1》

◆◇◆


……なんか色々おかしいがスルーしてくれ。


「レベル71……!?」

「ま、色々あってね」

「ねー」


次にステータスを見せるは勿論沙奈。


◆◇◆

サナ・ウルワシ:エルフ族:17歳:Lv71

STR筋力:286

AGI敏捷:312

MAG魔力:601

SPR精神:534

称号:《観察者オブサーバー

スキル:《捜索Lv99》《鑑定Lv50》《魔力感知Lv10》《看破》《隠密Lv10》《風魔法Lv1》

◆◇◆


「こっちも……!?」

「ていうか霞もサナもエルフなんだ」

「理由は分かんないけどそうなんだよね」

「二人はもう称号公開しちゃってるし面白み無いよね。んじゃ次あたし見せよっかな」


◆◇◆

カナ・アイサト:普人族:16歳:Lv5

STR筋力:32

AGI敏捷:34

MAG魔力:28

SPR精神:28

称号:《心読者カウンセラー

スキル:《心読Lv99》《鑑定Lv17》《精神耐性Lv99》《精神属性付加Lv99》《念話》

◆◇◆


「あたしのは文字通り心が読めるスキル。……ほら次、兜太よ」

「あ、あぁ……」

「兜太君、どうしたんだ?」


他の人のモノを見た後でもやはり抵抗はあるのか、兜太君は少し唸ってからえい、とステータスを可視化した。

 

◆◇◆

トウタ・オタク:普人族:17歳:Lv1

STR筋力:18

AGI敏捷:8

MAG魔力:17

SPR精神:17

称号:《支配者ルーラ

スキル:《精神支配Lv99》《隷属化Lv99》《精神属性付加Lv99》《命令》

◆◇◆


「これは……」


ステータスを僕達が覗いた刹那、兜太君はいきなり死にものぐるいで叫んだ。


「オレの奴隷になれェエ!!」


瞬間、場を襲うのは沈黙。


「あれ?おい!奴隷になれよ!おい!!」

「さっきあたしのステータス見なかったの?あたしは《精神耐性Lv99》持ってんのよ。だからアンタの醜い心読んだ後、《精神属性付加》で二人に《精神耐性》付けて備えてたの」

「な……」

「力を得た途端に意味不明な復讐心に囚われて計画もガバガバって凄いわね。ある意味尊敬するわ」

「な……な……」

「そのスキルがあれば復讐なんてしなくても一定の地位は約束されてるでしょうに」

「う、うる……うるさいッ!! オレはどうしてもアイツらを見返してやんなきゃ気がすまねぇんだよ!!」

「だったらもっと正当なやり方で、真正面から見返してやんなさいよ」

「ぐ……」

「……復讐なんてみっともない事しないで」

「《気絶しろ》」


今は、頭に血が上って冷静に対処が出来ないだろう。……《凶暴化バーサーカー》の影響も受けているはずだ。

だから俺は気絶させて、そして《凶暴化バーサーカー》を解いた。

幸いなことに愛悟さんには《精神耐性Lv99》のお陰で《凶暴化バーサーカー》が効かないらしい。


「霞、アンタこうなること知ってたわね」

「言いたいのはその気になれば未然に防ぐことも……ってか?」

「え、ええ……そうだけど」

「ダメだよ。こういう騒動は起きてもらわないと困るの」


俺を庇うような紗奈の発言に、愛悟さんは更に訝しむ。


「はぁ……?それ、一体どういう……」

「沙奈いいよ、俺が話す」


俺は《凶暴化バーサーカー》の事を伝えた。

騒動が起きてもらわないと困る理由は至極単純。王国に、勇者に《凶暴化バーサーカー》が効いているぞとアピールするためだ。

何も起きなければ不審に見られ、思わぬ方向へ事態が動いてしまうかもしれない。

いや、『思わぬ方向へ事態が動く』ことを無効化すればいい?

……馬鹿か。未来とは皆で作るものだ。決して自分一人で形作るものじゃない。

──そう俺が信じているから。

この力で直接的に未来をいじった時に、それは俺にとっては虚偽に他ならなくなる。

俺が欲しい未来は真実だ。自分の力で思うがままに操ったその未来に、何の希望がある?


「……さて、兜太君は《アイテムボックス》にしまっておいたし行こう」

「りょーかい……まさかそんなスケールのでかい話だと思わなかったよ」

「まぁでもこれでカナサナコンビ最結成だよねー、私嬉しいなぁ」


そう。沙奈と愛悟さんは名前が似ている上に親友で、クラスではカナサナコンビと呼ばれていた。見た目麗しい二人のコンビだけあって、男子の中に百合カップルだのほざくアホがいたくらいだ。


「これが終わったら愛悟さんも冒険者登録に行こうか」

「おーう、ていうか佳奈でいーよ。あたしも霞って呼んでるし」

「……分かった」


ぶっちゃけ女子を呼び捨てするのって結構恥ずかしいから勘弁して欲しいが、仕方ない。……恥ずかしいのも断れないのも恐らくは草食系男子の性である。

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