初めまして邪神さん

「……ここは?」


広がるのはのっぺりとした白い空間。

……頭がぼんやりとして、記憶がはっきりしない。

辺りを見回しても何も無く、全てがただ一色、白に染められている。


「やぁ、君と会うのは初めてかな?」

「……誰だ?」

 

聞きなれない声に返事をすると、そこに先までいなかった少女が虚空に腰掛けていた。

艶やかな黒髪と蒼の目は透き通り、完璧すぎる容姿は一周回って人間離れしている。

……やけに冷静だなと自分でも思う。起きたらいきなり白い世界に飛んでましたーとか笑い事じゃ済まないのに。


「それは僕がそういう精神の麻酔をかけてるからだねー、抵抗出来るようで何よりだよ。後ここは君の夢の中。僕が勝手に入ってきただけだから大丈夫だよ」

「……あぁ、そっか」


あの騎士の試験を受けた後昼食をとり、約二時間が休憩時間となった。

麗詩さんとスキルについてあれこれ話した後自室に潜り込んだ俺は、きっとそのまま寝てしまったのだ。

 

「さて、君を呼んだのは他でもない……」

「……事象無効化スキル」

「うん、それだよそれ!いいでしょその力。それだけは紛れも無い僕の力なんだよ」

「だけ……?ほかの皆は?」

「あれは天界ガチャを引かせただけだねぇ。一人減る事にハズレを一個ずつ減らすことでどんどん消えていくように見せかけたんだよー。皆慌てて群がっちゃって、面白かったなぁ!」


足をバタバタさせてけらけらと笑う彼女は、パッと見悪戯っ子にしか見えない。

だが、それが一体今に至るまでどれほどの混乱と確執を招いてきたのか、想像するだけで苦笑が漏れる。


「んーと、話が逸れちゃったね。僕は君を気に入ってるんだよ。君の性格、知り合いにそっくりでさー。……だから、君にだけは僕の思惑を話しちゃおう!と、思ったんだよね」

「……思惑?転移に何か理由があったのか?」

「僕達神には絶対のヒエラルキー……分かり易く言うならカースト制度かな? ともかくそれがあるんだ。そしてそれは世界の管理の上手さによって左右される……僕が邪神と罵られている理由は簡単、それが絶望的に下手だったからだよ。まぁわざとなんだけど、偉い人にはそれが分からんのですよ」

「世界の管理……?」

「世界にもまた序列があるんだ。人間の独力で世界の理を解き明かし、科学の力を手に入れた地球やらの世界はとっても偉い。人間レベルや文化レベルも凄く高いんだ。でも、神々からの恩寵、すなわち魔法やスキルに頼りきりで暮らす今の君たちの世界……名前なんだったっけ?……そうそう、『イシュラーマ』は序列がかなり下なんだ。上の序列の世界から下の序列の世界に人間にギフトを与えながら転生させて、この格差をできるだけ縮めるのが僕達神の役割なのさ」

「え、でも転生じゃなくて転移じゃないか……?」

「魂はしっかり変質させているよ?見た目はあまり変わらないけどこれは転移と言うよりかは簡易的な転生だね。まあどっちでもいいんだけど」

「えっと、整理させてくれ……。つまり、世界ごとのレベルのバランスをとる為に上の世界から下の世界に人を持ち込んでレベルを上げさせようって事か?」

「そう、そういうこと〜! いやー理解が早くて助かるよ、話がスムーズに進む」

「それで? まさか自分は仕事をしただけですなんて言わないよな?」

「もちろんさ。面白いのはここからだ。……君、今回の話何かがおかしいとは思わないかい?」

「……おかしいって、何がだ……?」

「魔物が王国へと闇を孕んで責めよってくる状況、だよ」

「何がおかしいんだ?」

「君、この世界をゲームか何かと勘違いしていないかい?」

「……そう、か」


邪神の言わんとすることを察した俺に、しかし邪神は笑顔で……信じられない事を言った。




■ ■ ■

 

布団を押しのけ、飛び上がるようにして部屋から出る。

探知スキルを上から叩き潰せるジャミングできる麗詩さんとの秘密の共有は最優先事項だ。


「麗詩さん」

「どうしたの? 顔しかめちゃって……可愛い顔が台無しだよ?」


朗らかに笑うのを見て、この人が王国の毒牙にかかっていなくて本当に良かったなどと思ってしまう。

そんなもの、自分のスキルを使えば軽く打ち払えるというのに、元からかかっていなかったという事に何故か言い様のない安心感を得たのだ。


「出よう、ここから。……一緒に」


俺は、何故か酷く落ち着いていた。

 

「……どうして?」

「王国は……少なくとも、俺達を奴隷としてしか見ていない。ここで皆が何もかも失う前に、やらなきゃいけない事がある。麗詩さんの力が必要なんだ」


無茶苦茶な事を言っているのは分かっている。それでも、しっかりと伝えなくてはならない。

 

「……皆を、置いていくの?」

「違う。ここで勇者として暮らしながら王国より先に手を打つんだ」

「どういう、こと?」

「……邪神のヤツに、会ったんだ。今の状況、転移させた理由、全部聞いた」

「え……?」

「いいか、落ち着いて聞いてくれ。……王国は、現在進行形で俺達を洗脳している」

「洗、脳?」

「そうだ、スキルを使えば使うほど、その呪縛は濃く強くなっていく。闘争心が強くなって最後には知性を失って、ただの化け物に成り下がるんだ。アイツら王国は俺達を人間兵器として飼い慣らす気なんだよ」

「……そんな、ことって」

「本当の事だ。幸いにして範囲魔法だから俺の近くにいれば洗脳は機能しない。……だから行こう。王国より先に北の大地へ行って、俺たちを兵器にするその先の狙いを探るんだ」

「霞君の力だけでなんとか出来ないの……?」

「力に慣れていない今ではリスクが大きすぎるんだ……。それに、情けないけど……一人じゃ寂しいんだ……ついてきて欲しい」

「そっか……そうだよね。分かったよ、私も行く!」

「良かった……ありがとう、麗詩さん」 


兎に角、今は邪神のアドバイス通りに。

邪神の言う事全てが本当とも限らず、むしろ俺たちを嵌めようとしている可能性すらある。

それでも、やらなくてはならない。

意を決して、俺は『ここから出たことが王国に気づかれる』可能性を無効化した。

 



 

■ ■ ■


「そう、ゲームや創作物じゃない限り絶対の悪なんて有り得ないんだよ。基本的に正義の敵は別の正義さ。それは君たちの世界の魔物も同じでね。知性ある魔物なんかはむしろ差別と偏見に苦しみながら生きているよ」

「それじゃあ、何で……」

「そう、王国が何故君たちを勇者として召喚しようとしたのか、だよね!簡単さ、君たちは王国にとっては兵器なんだよ。そうだなぁ、そっちの世界に行ってからクラスメイトに違和感を感じたことは無い?」

「そりゃ、勿論……そもそも地球に帰りたいって言い出すやつがいないのがヤバいだろ」

「そっちは僕の洗脳だね、うじうじ言われても困るからそうしたんだ。そっちじゃなくて、こっち」


邪神が指を指した所に電子的なウィンドウが現れて動画が再生される。

それは、剛力君を中心とする三名がゴブリンを蹂躙する悪夢のような光景だった。


「どっちが悪役なのか分かったもんじゃないよねぇ……。これだよ、王国は君達に洗脳魔法を二十四時間体勢でかけ続けてる。《凶暴化バーサーカー》っていうデバフ系のスキルなんだけど、これ症状が進行すると知性無くしちゃうんだよね」

「な……!?」


そんなの、勇者とは断じて言えない。それでは闇を払うどころか、むしろ王国そのものが闇ではないか。

 

「あ、君とあの沙奈とかいう子は大丈夫だよ。僕の恩寵を受けた君の周りだけには洗脳魔法は届いてないからねー。運良く超激レアの《英雄ヒーロー》を獲得したあの子も無事だったはずだけど……名前忘れちゃった」

「……亮太」

「それ以外にも運良く精神系の称号を手に入れた子は無事だよ……っと、話が脱線しちゃったね。クラスメイトを助けたいかどうかはさておき、まずホルデガルス王国から脱出しちゃおうよ。あ、勿論バレないように時々抜け出す感じでね。その力があれば王国一つぐらい赤子の手をひねるように潰せるけど、君無益な殺生はしたくないでしょ?」

「……そうだな」

「まぁ、秘密裏に冒険者にでもなりなよ。皆の《凶暴化バーサーカー》をすこーしずつ食い止めながら北の大地に行けば、リスクやコスト無しに王国の真の狙いが分かるはずだからね」

「お前が今教えてくれればいいだろ」

「……僕、甘やかすのはあんま好きじゃないから」

「それを教えてくれている時点で相当だと思うが……。結局お前の目的は何なんだ? 俺に協力してお前に何のメリットがある?」

「……ここの人間レベルが低いのはどう考えてもホルデガルスが世界のリソースを奪い尽くしてるからなんだよね。ここを崩してくれればバランスが取れて世界にとっても都合がいいんだ。僕もそろそろ邪神って言われるの嫌になってきたんだよ」

「えっと、つまり……」

「つまり、君は僕が成り上がるために必要な相棒って事さ」

「邪神が相棒って……」

「おっとそろそろ目覚める時間だ。頼んだよ、じゃあね霞君!」


虚空に座る彼女は突然慌てて立ち上がり、僕に詰め寄って視界を塞いだ。

なんだと言う前に意識は落とされ、次に覚醒したのは王宮にて与えられた自室だった。



 

■ ■ ■


「取り敢えず邪神の言う通り冒険者登録をしようと思う。 王国より、クラスメイトより先に冒険者として資格を取って北の大地に足を踏み入れるんだ」

「そうだね、異論は無いよ。……でもさ、邪神の言ってる事全部真に受けるのは危険な気がする」


確かにそれもそうだ。アイツの言っている事が全て本当とは限らない。

だが、俺に特異な力を与えているのは事実。相棒になどなるつもりは無いが、ある程度の協力関係はあってもいいだろう。


王都のメインストリートにあった、冒険者ギルドらしき建物に入る。


「うお」

「酒臭っ!?」


広い室内には酒の匂いが充満しており、嗅いでいるだけで酔ってしまいそうな勢いだ。


「おうおうエルフの嬢ちゃん達、冒険者ギルドに何の用だ? 依頼ならあっちのカウンター、冒険者登録ならそっちのカウンターだぜ!」

「ありがとうございます」


嬢ちゃん達、というのには当然俺も含まれているのだろう。もう諦めた。

だけど麗詩さん、隣でくすくす笑うのはやめてくれ。男の尊厳にチクチク刺さる。

それはさておき、この冒険者中々紳士な奴である。……テンプレからして絡まれるのを予想していたのだが。

冒険者登録の方に向かいながら見渡すと、他の人達の生暖かい視線を感じた。

……なんか、歓迎してくれそうな雰囲気だなぁ。良いギルドなのかなぁ?

 

「すみません、冒険者登録をしたいのですが……」

「冒険者登録ですね、承りました。では此方の水晶に手をかざしてください」

「鑑定……? スキルを物体に埋め込んでるのかな」


何やらぶつぶつ言いながら麗詩さんが先に手をかざす。すると手の上に文字列が次々に表示され、それを受付嬢はテキパキと用紙に写していく。

麗詩さんにならって自分も手をかざし、用紙の記入を待つ。

途中で小さく「男……?」と聞こえたのは気にしないでおこう、うん。

 

「はい、サナ様にカスミ様ですね。此方が冒険者の仮ライセンスとなります。仮ライセンスは常時依頼のノルマ達成を三ヶ月か非常時依頼の達成二回で撤回され、本物の冒険者と認められます。冒険者にはランクがございますが、こちらに関しては仮ライセンス撤回の際に説明致します」

「……えーっと、私達でも結構危ない依頼とか受けちゃっていい感じなのかな?」

「推奨以上の依頼を受ける際には全て自己責任になります」

「そうですか」


なら、非常時依頼とやらをこなしてぱぱっと冒険者になってしまおう。

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