残り物には福があるって言葉を初めて信じたよ
突然だが、カーストというものをご存知だろうか。
古代インドのバラモン教における制度をポルトガル人がそう呼んだのが語源とされるが、要するにヒエラルキーだとかと同じような身分社会を表す言葉の一つである。
当然ながらこれは現代社会の、しがない高校生達のつくる一クラスにも例外なく存在する。……人気度という形で。
一位は当然亮太、星薇さん、そして舞崎さんだろう。イケメンと美少女のカップルである亮太と星薇さんは人当たりも良く成績良好で、皆の憧れの的となっている。舞崎さんに至っては本物のアイドルだ。人気が出ない方がおかしい。
二位にはこれまた美少女の麗詩さんやスポ根魂の剛力君。二人とも元気でコミュ力抜群なクラスのムードメーカーだ。
……とまぁ、こんな感じでクラス内でも身分差のようなものはあり、その暗黙の順位によってクラス内での過ごしやすさが随分と変わるのだけれど。
その中でも俺はこれまた特殊な事情を抱えていて、残念ながらその例外と言わざるを得ない。
身分としては第三位レベルだと言えよう。しっかりと友達もいて、女子にも人気がある。
しかし、その人気の根本が俺の見た目が女っぽいことが原因であるからして、俺にとってはある程度の不愉快さを伴うものなのだ。
さて、ここで丁度割り当てられた部屋に等身大の鏡があるため、それを利用して今の俺の見た目を見てみよう。
漆黒のさらさらな髪は女子のショート位には伸びており、ぴょこんと伸びた耳は長くエルフ族である事を示す。
無闇に光る──転生の影響か蒼く澄んだ瞳は長いまつ毛まで伴ってしまっており、元々華奢な体躯も相まって如何にもな少女っぽさを醸し出している。
鏡の中の自分に無垢かつ妖艶な視線を投げかけられて、思わず目を逸らしてしまった。
……うん、完全にアウト。どう見てもこれは男に見えない。
世間には男の娘というジャンルがあるらしいが、生憎ながら俺に女装癖は無い。
不幸な事に名前も女の子っぽいため『カスミちゃん』等と呼ばれてしまっているが、それは甚だ不本意な事なのだ。
この性別不明な容姿は俺の望むところではないのである。
「カスミちゃん、ご飯の時間だぞ!!」
「へいへい、すぐ行く」
それはさておき、今日から本格的に勇者としての日常が始まっていく。
……このステータスで果たしてどこまでやれることやら。
■ ■ ■
質素な朝食を終えて点呼をし、最初に案内されたのは騎士の訓練場の一角、コロシアムの様に観戦の出来る円形の施設。
真ん中の四角い大舞台には一人、大柄の騎士が仁王立ちしていた。
「これから勇者である君達の実力を測る為、我々と戦ってもらう!」
……あ、終わった。あんなゴリゴリマッチョマンに勝てるわけねえ!
他の皆は称号で自信がついているのか準備運動まで始めているやつもいるが、残念な事に俺だけは一般人、いや一般エルフだ。
「んじゃ、俺からやろうかな」
そう堂々と名乗りをあげるのは勿論亮太。
称号も《
「使うのは訓練用の木刀、1本先手だ。いいな?」
「あぁ、構わない」
「大した度胸だ、では始めるぞ!」
開始の合図と共に飛び出したのは騎士の方。
亮太は未だ受け取った木刀を悠然と構えているだけ。
反応しきれていないのか、と思った。実際騎士の一撃はそれだけ早かった。
木刀から繰り出されているとは思えない程の澄んだ音を鳴らしながら、右上から斬撃が繰り出される。
「よっと」
「何っ!?」
騎士の驚きも当然、俺も口を今あんぐりと開けてしまっている。
両腕を使った渾身の真向斬りを 、亮太は片腕で蝿(はえ)を払うように跳ね返したのだ。
「んじゃ、こっちの番だな」
亮太が木刀を構え直した刹那、旋風が巻き起こった。
約二……いや、一秒。騎士は地に膝をつき、亮太はその騎士の首元に木刀を当てていた。
「……あ、もしかして寸止めじゃダメだったか?」
その間の抜けた声と起こった出来事には現実感が無さすぎて、俺を含めた誰もが口をあんぐりと開けて固まっていた。
「いや、確かな実力差を感じた……。その圧倒的な強さに寸止めをする優しさ、君は正しく勇者だな!……それでは次だ、誰がやる?」
そして次に名乗り出るのは当然亮太とコンビの星薇さん。魔女っぽい帽子まで被ってノリノリだ。
「じゃあ私行きます。魔法使いなんで杖でもいいですよね?」
「あぁ、構わぬ」
「よーし……リョータに負けてられないわよね!」
「その意気込みを賞賛しよう、ほぼ全ての魔法使いに足らぬ情熱を君からは感じる。……行くぞ!」
剣士相手と魔法使い相手では戦法が違うのか、騎士はリングの円周を猛然と走ってなぞり始めた。
……あぁ、遠距離対策か。外させてから一気に距離を詰めるつもりなんだ。
「てえやぁっ!」
「ぬっ……!」
可愛らしく凛々しい掛け声と共に繰り出された一撃が騎士の思惑を破る。
驚きに唸る騎士の木刀が受けるのは杖。
……そう、あろう事か星薇さんは杖で殴りかかったのだ。
「せい、やぁっ!!」
……身体強化魔法。体格に数倍差がある星薇さんが騎士の木刀を押しているのは、それだけの魔力を体と杖に込めて変質させているからだ。そのまま星薇さんの華麗な剣舞……もとい杖舞は徐々に騎士を追い詰めてついに膝を折らせた。
「やったぁ!……リョータみたいにスマートには行かなかったけど」
「……まさか身体強化を使ってくるとはな、面白い魔法使いが来たものだ。常識に縛られぬ振る舞いとそれを可能にする確かな魔法の才。君は紛れもなく勇者だ!……次!」
「じゃ、私行こっかなー」
「え、麗詩さんっ!?」
「そろそろ皆に外れスキル扱いされるの嫌になってきたんだよね」
え、外れじゃないの?という沸き立つ疑念を他所に麗詩さんは騎士の元へ歩いていく。
周りの女子生徒はヒソヒソと何やら笑っている。……何だか腹立つな。
「君か。それでは行くぞ!」
「どっからでも来ちゃってー」
騎士は麗詩さんの挑発が癪に障ったのか、猛然と麗詩さんに突っ込んでいく。
「あぶな……」
い、と言いかけた瞬間、麗詩さんがその一撃をスカした。
……横に一歩、動くだけで。
「うん、やっぱり使えるね」
「ふんっ!どらァッ!!」
猛然と繰り出され続ける騎士の剛剣を麗詩さんは一発も受けることなく最小限の動作で躱す。……何あれカッコイイ。
「すっげぇ……」
「おい、麗詩って外れじゃなかったのかよ?」
「どうなってんのよ……!?」
クラスメイト達もざわついている。外れスキル扱いされていただけに、驚きも大きいのだろう。何だかスカッとした気分だ。
「はァッ!!」
「よっ」
騎士の必殺の一撃を寸前で躱し、背後へと回る。力を込めた一撃のせいで硬直する騎士へばちん、と木刀を振り下ろした。
「ほい一本っと。私の勝ち、やりぃ!」
「最後まで、なぜ見切られているのかが分からなかった。勇者級の強さだと言えよう……」
「いえー!」
……のどかな雰囲気とは裏腹に随分俊敏な動きでしたね!?
「麗詩さん、マジで今のどうやったの……?」
「《魔力探知》で力の込められてる筋肉とかが察知できるからそれで先読みしてるだけだよー?反射神経とか私にあるわけないしー」
「な、ナルホド……」
次に挑んだのは舞崎さん。得体の知れない不思議な力であっと言う間に騎士の首に木刀を突きつけてしまった。
さて……ここで一つ問題がある。何故かクラスカーストの上の人ばかりが挑んでいっているのだ。剛力君は接戦を制し、バテた体を自室で癒している。そして今目の前で騎士と戦い、苦戦しているハーフのイケメン、アンドレイは俺と同じ第三位。つまりこの後俺が挑まねばこの流れが崩れる。
「はぁ……」
俺がため息をつくと同時に、アンドレイに一つ強烈な一撃が入る。
リョータ達のせいで霞んでしまっているが、思うにこの騎士は相当強い。全くもって俺が相手取っていい相手ではない。
だが、人生やらねばならぬ事もあるのだ……と割り切って席を立つ。
「次、俺がやるよ」
「先程から思っていたのだが女子が多いな。選民意識の強い下級貴族が騒ぎ立てなければ良いのだが……」
「俺は男だけどな!?」
「そ、そうだったのか!?これが、男……それはすまない。では行くぞ!」
「うおっといきなり……!?」
慌てて木刀を構え、騎士の一撃に備える。勿論、俺にはリョータの様な凄まじい力は無い。
そして、星薇さんの様な卓越した身体強化魔法もまだ使えない。
当然麗詩さんの様に相手の動きを察知できる訳もなく、まして俺自身の
「くっそ……こうなったらやけだ……!」
受けられる訳のない騎士の一撃に備える、その無駄。
……だけど、正面から当たって砕けるのがせめてもの筋だ。
「はァッ!」
そう思って受けた斬撃は──妙に、軽かった。というか、何の抵抗もない。
不思議に思って見ると、騎士の表情が驚愕に染まっていた。……ノーモーションの状態で。
騎士が木刀を振ったように見えたのはもしかして錯覚だったのだろうか?
「……来ないんですか?」
「なんだ、今のは……!? はァッ!!」
先ほどよりも更に早く、木刀が振られる。それを避けるだけの反射神経は残念ながら俺には無い。受けるのが精一杯かと両腕を突き出して木刀で受けようとすると、木刀に触れた瞬間に騎士が再び硬直し、ノーモーションへと不可解な挙動で戻った。
「何が起こっている……!?」
「……まさか」
……まさか、これは俺の力なのか。
そう認識した瞬間に、脳に情報の奔流が暴力的に叩き込まれた。
──そうか。……これは、そういう力なのか。
……ごめんな文字化けスキル、お前をハズレ扱いして。
お前は、間違いなくピックアップガチャか何かの大当たりだッ!!
「《動くな》」
脳に与えられた情報に従って、騎士に木刀を突きつける。
硬直したままの騎士は驚愕に顔を染めた。
──事象を無効化するスキル。……それが、この称号の正体。
称号自体に能力があるから、スキル一覧には表示されなかったのだ。
先程は自分に与えられるはずだった危害を無意識下に無効化していた。
事象の無効化とはつまり、その行動を根元から否定するという事。
今騎士が動けないのも、『騎士が動く』という事象を無効化し、否定したからにほかならない。
といってもその『動く』はあくまで言葉としての曖昧な定義であるため、心臓は動くしただ体が動かせないだけだ。……俺のイメージ次第では息の根も止めることが出来るが。
間違いなく、チートなスキル。強いとかそういう次元を超えて、単純に理不尽で……存在自体がイカサマ。
俺は今この瞬間、次元を一つ踏み越えてしまったのだ。
「おい、何だ今の……!?」
「カスミちゃんバネェ……」
「……凄まじい力だな」
流石に歴戦の騎士。彼は俺の力が何かある程度察したのだろう。
「その絶大な力を御するその精神……。私がまだこうして生きていること自体が君を勇者として認めている……次!」
はぁあ、と盛大に安堵のため息をついて観覧席へと戻る。すると、麗詩さんが何やら目を輝かせて詰め寄ってきた。
「ねえ今の何!?どうやってやったの!?」
「……あの文字化けスキルの能力だよ、あらゆる事象の無効化が出来るみたいなんだ」
「百八十度回っていきなりチートじゃん!?」
「俺もビックリしてる。……何で邪神はこんなモノを俺に……会ってすらいないのに」
「だからこそ、じゃない?皆凄い物欲で争うようにスキル取ってたもん。後から取った人にいいモノが回るようにしたんじゃないかなぁ?……ほら、残り物には福があるって言うじゃん」
「残り物には福がある、か……。初めて信用出来たよそのことわざ」
確かに我先にとスキルに群がったアイツらにこのスキルが渡っていたら、間違いなく悪用されていただろう。このスキルはあまりにも強すぎる。自分や他者の老化や死すら無効化し、逆に生を無効化すればどんな超人であろうと殺せてしまう。
……正直なところ、喜ぶより怖いが先に立つ。こんなスキルを得て、自分が変わってしまわないか。スキルに、自分を乗っ取られはしないか。
「自分次第だよそんなの」
「そう……だよな」
「霞君は優しいから大丈夫だよ!」
「……あぁ、ありがとう」
そうだ、スキルはスキルで自分は自分だ。
俺は狭斬霞。それは、絶大な力を操れてしまう今でも変わりはしない。
幸いにして、騎士を一瞬で叩き伏せた俺に向けられた歓声は心地良いものだった。
一部の者は此方を睨んできているように思えるが、それも仕方の無いことなのだろう。
それから騎士の試験は続き、結局勝てたのは35人中15人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます