だってこれはそういう試練なんだろう?
「……それで、何で謁見なんだ?」
「うん、私達はここに召喚されたってことになってるみたいでさ」
「実際そうなんだろ?」
「そうだけど、邪神が関わったことは皆知らないの。自分たちが召喚したって思ってるんだよ」
「……それで?」
「最初、爆睡してるカスミくん以外はちゃんと意識があったから称号の取り合いの延長で喧嘩しだしちゃってね。召喚の影響で精神が乱れてるーって事になったんだけど、そのせいで王への謁見が引き伸ばされたの」
「……ん?それじゃあ俺ってどんくらい寝てたんだ!?」
「ざっと六時間かな。異世界に来てまでそんな呑気でいられるのは尊敬するよ……」
「異世界に来たってのは今知ったんだけどな……」
豪華な絵画の飾られた廊下を抜け、やたらと荘厳な扉を開く。
やはり召喚者の事は伝わっているらしく、兵士達は俺達二人にやや大袈裟な敬礼をして左右にどいた。
広い室内をキョロキョロと見渡すと、クラスメイト達が見えた。
「カスミちゃん、ようやく起きたか」
手を振ってくるのは仲の良い友達、剣崎亮太。
それに合わせて皆も「カスミちゃん来た!」とか「可愛い寝坊助が来たぞー」とか口々に言う。
「ちゃん言うな。……後寝てたのはすまんかった」
「まぁ俺達も錯乱してたし謝られても、な」
やっぱりこいつは良い奴だ。実際クラスでも人気がある。
顔を見合わせて笑うと同時に、大きな扉が再び開いた。
入ってくるのは──王冠を被り、白い顎髭をたっぷりと蓄えた男性。どう考えても王様だ。騎士達がその場に跪くのを俺達は慌てて真似する。
王様は緩慢とした動作で玉座の方へと歩き、そして厳かなバリトンで「楽にせよ」と言った。
再び騎士に習って跪いた姿勢を解除すると、王様は続けた。
「北の大地は荒れ果て呪われ、魔物の蔓延る闇と化した。しかし魔物共はそれに飽き足らずこの国までもをその闇で支配せんとしておる。召喚されし勇者よ、この国に立ちこめる暗雲を払い除け、北の大地を解放せよ。お主らにはその責務がある。我々も尽力を決して惜しまぬことを約束しよう」
「……オーサマ、責務ってのはどういう事ですか?」
王様の強者のオーラ、そしてカリスマ性に誰もがごくりと唾を飲む中、亮太が前に進み出た。
「俺達はこう言っちゃ悪いが、この国とは、敷いてはこの世界とすら関係の無い日本国民です。何故俺達に全く関係の無い国を救う義理があると?」
成程、確かにそうだ。勇者などと言われてもそれに従う理由など無いし、それ以前に意味不明である。
「お主らがニホンという神の世界からの使者であることは知っておるが、召喚された時点である程度我の支配下なのだ。勿論無闇に行使したりなどせんが、どうしてもという場合には使う覚悟がワシにはある」
「俺達はお国の奴隷かよ……」
「無闇に行使したりなどしないと言っておろう。A級冒険者並の待遇を必ずや約束する。それほどにこの国も切羽詰まっておるのじゃ、了解してはくれんか」
確かに、国が異世界召喚だなんて不確定なものに頼るのは切羽が詰まってる証拠だ。
だが、だからといって俺達の生活が保証される訳では無い。むしろ、心配になるだけである。そう思った俺は、亮太に次いで前に進み出た。
「なんかこう……契約、とか無いんですか?そういうのがあれば話が早いんですが」
「あるにはあるがこれだけの人数に使うことは出来ぬ。せめて一週間耐えて欲しい。我々ホルデガルス王国が信用に値するか否かを判断するのはそれからでも遅くなかろう」
「まぁ、確かに……そう、ですね。俺はそれでいいけど、皆はどうだ?」
俺が皆にそう聞けば、全員が一様に問題無しと返した。
その場はそれで収まり、王への謁見は終了。一日の休息を経て、勇者としてどう過ごしていくかの説明と実践が始まるらしい。
という訳で自由時間。再び麗詩さんと二人きりである。
何やらいけない妄想をした君。悲しいかな俺はこの見た目のせいで男と認識されていないため、何の問題も起きやしない。……いやほんと悲しい。
「それで、なんで俺達だけエルフなんだ?」
周りを見渡せば、クラスメイトは全員人間だった。しかし自分の慣れない長い耳は正しくエルフのもので、ステータスで確認してもその通りだった。
隣に座る麗詩さんも同じで、ぴょこんと揺れる長い耳が可愛らしい。
全員が髪や目の色を日本にいた時から変えてしまっているにも関わらず、パッと見別種族なのは俺と麗詩さんだけである。
「さぁ?……でもラッキーだったんじゃない?魔法の能力値が高いみたいだし……それに霞君、いつにも増して可愛いわよ。もしかしてホントに女の子になったんじゃ……」
「無い無い無い!ちゃんと男だよ!」
「うーん」
沙奈さんはひとしきり僕の顔を眺めて唸ってから、あろう事か僕の胸に手を当てて来た。
「……無い」
「そりゃそうだろ!」
「成長期は個人差あるから元気出して、ね?」
「だから女じゃねーから!!」
「そんなことより称号だよ称号ー。霞君ほんとにどうするの?」
いきなり話を引き戻す麗詩さんにぐっ……と言葉が詰まる。
残念無念、非情な現実に俺はこの場を茶化すことしか出来ない。
「うっ、それ思い出させる? まぁ、今はどうしようも無いんじゃないかなぁ」
幸い元のエルフとしてのスペックは高いみたいだし……それに、最悪強い称号持ちのクラスメイトに頼ればいいでしょ、と強がっておく。
「そういえば他の奴らは?」
「スキルの試し打ちだーって言って外に向かったよー。私は必要ないから残ったケド」
「いいなぁ……」
「あはは、未練たらたらだねー」
いやだってそりゃ、ね?
異世界に転移したら誰だってチートスキルで無双したいだろ!?
それもクラスメイトも一緒に転移だぞ!? そんな中で俺だけ無能とか最悪すぎる……。
「はぁ……」
考えれば考える程憂鬱になる。これだったら現実世界で適当に生きていた方が楽だったんじゃないかな。
……というか。
「母さんと父さん、元気かなぁ……」
そう、そもそもの話、あんな非常識な状況を続けられたせいか思考の外に追いやられてしまっていたが、俺はもう二度と家族に会えないのだ。泣いてどうにかなるような話でもないので表には出さないが、ふとした拍子に脳裏に浮かぶ両親の顔に、ズキズキと言いようのない悲しみが込み上げる。
それは皆も同じはずだ。……なのに、どうしてヘラヘラして異世界を素直に楽しんでいられるのか。
俺にはその感覚が、全くと言っていいほど理解できなかった。
自分とは違う、別の生き物を見ているような気がして鳥肌が立った。
■ ■ ■
王都から離れたそこは見渡す限りの平原。
俺達は自分の強さとこの世界の基準を確かめる為、魔物を試しに討伐することにしたのだ。
使えるスキルを一通り確認し終えた俺は、周りを見渡した。
あれは……セーラか。異世界に来た影響か髪は金色に眩しく輝いているが、幼馴染で尚且つ彼氏だった俺にはそれでもひと目で分かる。暇を持て余した俺は躊躇い無く話しかけた。
「セーラの称号って何だった?」
「《
「《
「名前からして選ばれてるわねー……リョータって最後に選んだわよね?何で誰も選ばなかったのかしら……」
「いや、男子皆で話しててわかったんだが、人によって見えてた称号一覧が違うらしい。あの醜い競争に意味なんて無かったんだよ、胸糞悪いぜ……。流石は邪神といった所だよなぁ」
「え、そうなの!?どおりでこんな強い称号残ってる訳がないと思った……」
「そっちでは何も話さなかったのか?」
「そりゃもう凄い険悪な雰囲気だから……。誰も自分の称号について話したがらないし」
「そうか……実はこっちも問題があってな」
「問題?」
「皆、力に溺れすぎている気がするんだ。……俺のなんかはかなりチートだし嬉しいのはすごく分かるけど、でもそれって自分の力じゃないと思うんだよな……。いきなり自分が強くなったことへの戸惑いっていうか違和感っていうか、さ。なのに、あいつらはタガが外れたように……ほら」
百聞は一見にしかず、のことわざに従って百メートルほど先にいる三人組を指差すと、それに釣られて彼女もそこを見た。
そこにあったのは、その三人がはぐれゴブリンを蹂躙し尽くす光景。
クラスメイトの表情から伺える感情は愉悦と至福。
あいつらは、決してあんなバイオレンスな出来事を楽しむような輩ではなかったと思う。
ゴブリンを見てその醜貌に足が竦みこそすれ、まして虫のようにあしらうなど有り得ない。
「な、分かるだろ?」
「……とんだ地雷ね。催眠でもやってんのかしら」
「それ自体の影響は俺も、多分セーラも受けてる。そもそも全く地球に帰りたいと思えないなんておかしいんだよ。ホームシックって言葉知ってんのかあの邪神は」
「今まで考えもしなかったわ。いや、出来なかったのね……ちょっと怖くなってきたかも」
「たぶん大丈夫だ。俺達が俺たちである限り、きっとあの邪神もこれ以上手を下したりしない」
変わってしまったクラスメイトと自分に震えるセーラを抱き寄せて、俺は邪神に挑発するように問いかける。
だって、これはそういう試練なんだろ──? と。
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