決意を込めた光を掲げて

 目を閉じたか真っ暗な世界の向こうが、急に明るくなった。

 何か、聞こえる。


『愛良ちゃん、無事で帰ってきて』

『愛良ちゃん頑張れ!』

『牧野さん、みんな応援してるよ』

『高峰先輩! 愛良ちゃんを頼みます』

『ハルトさんも負けないで!』

『卒業お祝いさせてください、高峰さん!』


 これは、最初は小さかったけどだんだん大きく聞こえる、あったかいこの声達は……!

 さっこちゃん、きらちゃん、冴羽くん、淳くん!


 目を開けた。

 ぱぁっと霧が晴れるみたいに視界がクリアになった。

 お父さんが、白く輝く魔具をこちらにかざしてる。みんなの声はそこから聞こえてくる。


『帰ってくるの、待ってるよ!』

 四人の声が重なった。


 あぁ、みんなっ。

 そうだ、わたしがやらないと。

 隣のハルトさんを見た。ハルトさんもわたしを力強い目で見てうなずいた。


 まずは捕まえられてる手を払う。


 残ってる魔力を、思い切り解放した。

 夢魔の手がほどける。

 力一杯前へ踏み出した。

 今まで動けなかったのが嘘みたいに、拘束が解けた。

 ハルトさんも脱出してる。


「まだ、こんな力が残っていたとは。食らった以上の損失だ」

 青の夢魔が身もだえてる。


 食らった、ってことはさっきのあれは侵食だったんだ。あっさりあきらめムードになったのも青の夢魔の仕業だったんだね。改めて恐るべし侵食。


 わたし達が体勢を整えているところへ、急速に気配が近づいてくる。


 これはアロマさんだっ。


 滑るようにやってきたアロマさんは大きく息を吸い込んで、裂ぱくの気合いの声とともに抜刀した。

 夢魔は斜めに斬られて絶叫をあげる。


『いつ見ても見事だな』

 サロメが感心してる。


「おほめいただきありがとうございます。さぁ、愛良ちゃん、ハルトくん、とどめだよ」


 アロマさんがさわやかスマイル。けど体は傷だらけだし息も荒い。

 たくさんの夢魔を相手にしてかなり消耗してるんだね。


 青の夢魔を見た。かなり小さくなって元のサイズぐらいに戻ってる。胸のあたりに拳ぐらいの大きさの黒い塊が見えた。

 あれが核か。あれを斬ればいいんだね。


 でも、わたし達も魔力どころか生命力まで失ってる。

 どうしよう。十分な威力の攻撃ができないかもしれない。


『今こそ我らが力を発揮する時だな』

『あぁ、今こそじゃ』

 サロメとサロモばあちゃんの声。

『ワシらの魔力を使うがいい』

 二振りの剣の刀身が輝きだす。すごい魔力を感じる。


 けど、これって。


「まさか、サロメ達の魔力全部使っちゃおうってこと?」


 わたしの問いかけに、ハルトさんもぎくっとなった。感じてるんだね、サロモばあちゃんの魔力がほとんど刀身に込められているのを。


『ふん、何も言わずにおればよいものを、無粋な』


 サロメの憎まれ口。いつもなら無粋ってなによーって怒るところだけど。

 この魔力を使っちゃうと、サロメ達は……。


 サロメを見て、サロモばあちゃん、ハルトさん、お父さん達を見る。

 アロマさんと目が合った。



「たとえば次の攻撃で魔器が壊れてしまうかも、って思っても、目の前の夢魔を退治することの方が大事なんだ。狩人の戦いってそういうものなんだよ」



 修行の時のアロマさんの言葉を思い出した。

 そうだったね。夢魔を倒すのがわたし達の仕事だし、魔器に込められた先輩達の願いでもある。


 ハルトさんを見た。


「やろう、ハルトさん」

「あぁ」


 二人で、青の夢魔に向き直った。


 苦しそうに身をよじらせている夢魔がこちらに目を向ける。でもまだ反撃には出られそうにないみたいだ。


 今が最後のチャンス。

 サロメを振り上げて踏み込んだ。


 隣にハルトさんの気配を強く感じながら、相棒を敵へと打ち下ろした。


「力を解き放て、サロメ!」

「サロモ、頼むぞ!」


 わたしの声にハルトさんのそれが重なった。


 これでサロメがいなくなるんだ。

 別れのあいさつもないままその時を迎えたことに泣きそうになるのをぐっとこらえて、最後まで振り下ろす。


 確かな手ごたえを感じた。

 辺りが白一色に染まる。


「次に私が私として意識を得ることがあるなら、夢の世界がどうなっているのか、楽しみです」


 青の夢魔の声が、聞こえた、気がした。


 光が薄らぐと元の景色になっていた。夜明け前の空の色の世界だ。

 青の夢魔は消えていた。


 手にしているサロメからは魔力を感じない。

 逝ってしまったんだ。


「愛良、やったな」


 ハルトさんの落ち着いた声。頭をいつものように撫でられた。


 とてつもなく強力な夢魔に勝ったのに、心躍るような喜びはわいてこなかった。多分ハルトさんも。

 それは多分、サロメとサロモばあちゃんがいなくなってしまったから。


 しんみりしてたら、向こうから騒ぎ声が聞こえる。


「ああぁ、いと高き青き理想の友の夢魔がああぁぁぁ」

「あんたも侵食されてたってのに……。さぁ、早く絵梨を解放しなさい」

「嫌だぁっ! こうなったら絵梨だけは連れて帰るぞ」


 ……なにっ?

 悲しい気持ちは吹っ飛んだ。


「いい加減にしろーっ」


 玉ちゃんに突っ込んで思い切り頭をはたいてやった。


「何をするこのガキがっ」

「もうあんたの負けは確定なのっ。お母さん放さないと斬るよっ」

「ひぃぃっ!?」


 魔器を構えてやると玉ちゃん超びびって、慌ててお母さんの方へ手を伸ばした。

 今までの苦労って一体ってぐらい本当にあっさり、お母さんを包んでたバリアが消えてなくなった。


 お母さんが立ち上がる。お父さんもすぐに倣った。

 二人は目を潤ませて見つめあった後、ひしっと、がしっと、抱き合った。


 よかった! よかったよ!

 あったかい気持ちが胸に広がる。


「愛良、おいで」


 泣き顔のお母さんが、こっちに手を伸ばした。

 もう我慢なんてできなかった。

 飛び込んでって、お父さんとお母さんに抱きつく。

 三人で、思いっきり喜びの涙を流した。




 夢見の集会所に戻ったら、さっこちゃん達が出迎えてくれた。


「みんな、来てくれてたんだ……。ありがとう!」


 今度はお友達と感動の再会だ。


 聞けば、なかなか「戦い終わったよ」の連絡が来ないから、きらちゃんが「来れる人だけ夢見の集会所に集まろう」ってみんなに召集かけたんだって。で、さっこちゃん、淳くん、冴羽くんみんな起きてて、集まろうってことになったんだって。

 それからマダムさんに連絡を取って夢トンネルで来てくれたってことらしい。


「あの応援がなかったら、わたし、負けてたよ」


 本当に感謝してもしきれない。


「あら……、淳くんと咲子ちゃん? あらあら大きくなって!」

 お母さんが感動してる。


「おばさん! 無事でよかったです」

「心配かけちゃったね。ありがとう」


 ちょっと待って? お母さん、わたしには大きくなったって言わなかったね。一年半ぶりなのにっ。

 うおぉっ、どうせチビですよっ。身長そんなに伸びてませんよっ。


 すぐにサロメのツッコミがきそう。

 ……あ、そうだった。サロメいないんだ。


 わたしがひそかに落ち込んでる横で一通り再会のあいさつは終わったみたいだ。


 それからは大人のやり取りが続いた。

 戦況の報告、玉ちゃんの引き渡し、これからの方針。


 終わるころにはもう、外が少しずつ明るくなってきている。

 暁の夢のアジトみたいだ、と窓の外を見て思った。


「サロメとサロモの力を使い果たしたのは痛かったが、ハルト君も愛良君も十分強くなった。これからもよろしく頼むよ」


 ダンディさんに頼られたっ。


「はいっ、頑張ります!」

 ハルトさんと一緒に返事する。


 視線を感じたからそっちを見たら、さっこちゃん達がにこにこしてる。

 えへへ。ちょっとは雰囲気いいふうに映ってるのかな。


 大人達はまた話を始めた。

 その間にわたし達五人はテーブルを囲んでお茶を飲む。


「そういえば、さ。妹を殺した夢魔が、もしかしたらあの青の夢魔だったかもしれない」


 突然のハルトさんの告白に、わたし達は「えっ」と声をあげた。


「さっきの戦いで夢魔に捕まった時、なんとなくそう感じたんだ。確証はないんだけど」


 青の夢魔の中に、ほんの僅かに妹さんの気配を感じたんだって。


「負けないでって言われた気がした。嬉しかったけどそれ以上に、夢魔にやられそうになってるところを見られて格好つかなかったな」


 きまり悪そうに頭を掻いてるハルトさんも、萌える。


「だったら、もしかしたら妹さんの仇を討ったかもしれないんだね。よかったね」

「うん。愛良や、青井達のおかげだよ」


 空から差し込んでくる朝日と同じくらいすがすがしいハルトさんの笑顔だった。


「うわぁ、徹夜しちゃったよ」

「学校、どうしようか」

「さすがに今日は休んでいいだろ」


 これで行けって言われたらどうしようかって、五人で笑った。

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