夜より暗い闇の中で
青の夢魔が震える。
剣を引くと、胸に二本の刺し傷がしっかりと刻まれている。
青の夢魔が無に帰ったらお父さんと三人で玉ちゃんを抑えて大勝利だ。
期待しながら夢魔が消えゆくのを待っていた。
けれど。
傷口からあふれ出てきたのは、黒いもやだった。トラウマ狩人が使ってた剣のもやなんか比べ物にならないくらい、本当に真っ黒で真っ暗な。
はじめはゆっくりと、わたし達が驚いている間に急激に量が増えた。
あっという間に辺りに広がりながらわたし達を包み込んでいく。
逃げなきゃ、って思ったけれど、もやに触れると体がすごく重く感じて思うように動けない。
「愛良! それは危険だっ」
お父さんの声がする。判ってるよっ、けど応える前にわたしもハルトさんも闇に呑まれた。
重い、苦しい、何も見えない。本当に光一つない。
途端に不安になる。
『魔力で体を守れ』
サロメの声がして、一人じゃないって思えて涙が目に浮かんできた。
言われた通り、魔力を体の周りに廻らせるイメージをすると白いオーラに包まれた。
重苦しい圧力は幾分か和らぐ。
「私はこれまで、
これは、青の夢魔の声か。どこから聞こえてくるのか判らない。闇全体から響いているみたいに聞こえる。
「あなた達の浄化の光は確かに強かったですが、私を滅するには至りません。抵抗はあきらめて私に取り込まれれば苦しまずに逝けますよ」
おとなしく殺されろってこと?
そんなの、いやだ!
「みんな、どこにいるの? 無事?」
ありったけの声をあげた。
「俺は無事だ。多分おまえのそばにいる」
ハルトさんの返事だ。ちょっと意識すると、うん、そばに気配を感じる。
「僕も、お母さんも大丈夫だ」
離れたところからお父さんの声。よかった!
「俺も二人のそばにいるぞ!」
玉ちゃん……、「みんな」って言ったけどあんたには聞いてないことぐらい判らないの?
でもそばで誰かが死んだとかって気分悪いから、まぁよかったのかもしれない。
「思ったより損傷がひどいようです。あなた方全員を食らいます」
なにそのあっさり「いただきます」宣言。
文句の一つでも言ってやろうとしたけど、体にかかる圧がぐんと力を増して、それどころじゃなくなった。
「愛良……」
斜め後ろでハルトさんの声。
何とか後ろを見ると、同じように光のオーラで体を守ってるハルトさんの苦しそうな顔があった。
同時に、お父さん達の会話になってないやりとりが聞こえてきた。
「くっ、僕だけの力じゃどうにもならない。おい、あんた、協力してくれ」
「なぜだぁ! いと高き青き理想の友の夢魔! なぜ俺まで!」
「今はそんなことを嘆いている場合じゃないだろう!」
「聡さん、その人に何を言っても無駄だと思うわ」
「うああぁぁっ、力が抜けていくうぅぅ」
「侵食されてるんだ。せめて自分の身くらい守れ。それよりもまず絵梨を自由にしろ!」
……侵食されているわりに元気に叫べるんだね玉ちゃん。ピンチなのにまだお母さん捕まえてるんだ。そういうところはメンタル図太いな。
すごいカオスなこの状況。どうやって打開すればいいの?
『夢魔は思ったより損傷がひどいと言うておったろ。あれはおそらくヤツの核のことだろう』
『それを修復するために侵食をしておるのじゃろうな』
サロメとサロモばあちゃんが推測する。
『つまり、ヤツはかなり弱っていて、これは最後のあがきともいえる』
『じゃが、このまま侵食を許せば、また力を取り戻すじゃろうな』
そうか。それなら、わたし達がやらないといけないのは。
「核を見つけ出して、完全に無に帰せばいいってことだね」
わたしの言葉に魔器達とハルトさんがうなずいた。
そうと判れば実行あるのみ、なんだけど。
言うは易く行うは難しってこういう時に使うんだなと実感した。
ほんとに近くにあるものしか見えない。動くにもとにかく体が重い。息をするのもちょっと苦しいぐらいだ。
こんな中でこんな状況で、どうやって核を見つけて叩く?
重苦しい空気をサロメで斬りはらってみる。重圧は少し和らいだし、斬ったところは元の景色――といっても元々薄暗かったんだけど――を取り戻した。でもすぐにまた、夜よりも暗い闇が周りから覆い隠してしまう。そうなるとまた、体にかかる負荷が増した。
『普段ならあまりこの方法は勧めんが、愛良、ハルト、闇を払ってまわれ。そのうち核が見つかるだろう』
『そうじゃな、この闇も夢魔の一部だ。攻撃は効いているはず』
判った!
大きく呼吸しながら、サロメを振り上げる。
体中に重りを付けて筋トレしてるかって錯覚するほどだけど、頑張ってサロメを振り回す。
空気が震えた。声はしないけれど、これはもしかして青の夢魔の悲鳴か。
このまま続けたらそのうち勝てる。
でも相手が黙って許してくれるはずはなかった。
闇から、細い手が何本も伸びてくる。
捕まえようとしてくるそれらをよけたり、サロメで斬ったりするけど、なにせいつもより体が動かない。
まずい、捕まる。
焦りが大きくなってくる。額や手どころか、全身汗でびっしょりになる。
渾身の力をこめて、剣を大きく振りかぶって気合いの声と共に振り下ろした。
一気に視界が開ける。やった!
隣に驚いた顔のハルトさんがいる。
お父さんと、まだ球体に入ったままのお母さん、遠目でもうろたえてるのが見えるのに自分の身をしっかり守ってる玉ちゃんが、五メートルぐら先に見えた。
みんな無事だ、って安心した瞬間、後ろからすごい気配を感じた。
「うわっ!」
ハルトさんの悲鳴。同時にわたしの体に何かが巻き付く感触が。
視線を少し下に向けると体に黒いロープのようなのが巻き付いてる。
「あなた方の力を過小評価していたようです。ここまでやられるとは思いませんでした」
青の夢魔の声が頭の上から聞こえてくる。
後ろに回り込んでわたしとハルトさんを捕まえたのか。
なんとか振りほどこうとするけど、全然体が動かない。がっちり絡み取られてる。
少しずつ、体の中から何かが奪われてるのが判る。直接侵食されてるんだ。今はまだ魔力で抵抗できてるから一気に吸い取られることはないけど、そのうち力尽きちゃう。
抜け出そうにも動けない。
これはもう、ダメかもしれない。
お父さんが血相変えて立ち上がった。
よかった、あっちに手を出す余裕は今の夢魔にはないんだ。
「お父さん、今のうちだよ。お母さん連れて、帰って」
「愛良!? 何を言ってるんだっ」
「だって、
せっかく、お母さんを見つけたのに。
お父さん達に悲しい思いをさせちゃう。
さっこちゃん達も応援してくれてたのに。
ごめんね、わたし、勝てなかった。
だからせめてお父さんとお母さんだけでも逃げて。
涙が、あふれてきた。
悔しい、悲しい、こんな自分が許せない。
涙でぼやけてる視界に、いろんな映像が浮かぶ。
学校でのちょっとしたイヤなこと。テストだったり、その結果だったり、友達との軽いケンカだったり、理不尽に先生に怒られちゃったり……。
……そっか、帰ったら、こんな煩わしいこともあるんだよね。
頭が、ぼんやりする。
もういいかな、このままで……。
「アキナ……。ごめん……」
ハルトさんの声が遠くに聞こえた。
夢魔に負けて最後に思うのは、やっぱり妹さんなんだ。
わたしが入り込む余地なんてなかったんだ。
それなのにちょっと優しくされたら浮かれちゃって、馬鹿みたいだよねわたし。
わたしがいなくなったって、誰も何も――。
「愛良! あきらめるなっ」
これはお父さんの声? すごく遠くて小さい声だけど。
わたしなんかにかまってないで、お母さん連れて逃げてよ。
『愛良、ハルト、しっかりせい!』
『魔力を振り絞るんじゃ!』
サロメとサロモばあちゃんの声も遠い。
もう、いいよ。
もう、このままでいいから、さ。
わたしは軽く目を閉じた。
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