あの手がだめならこの手でどうだ

 青の夢魔は触手のような腕を超高速で振ってくる。速いうえに正確だ。なんとか目で追って対処してるけれど反撃の余地が全くない。


 これが後どれだけ続くんだろう。隙は生まれるのか。すごく疑問だ。それほどに相手の勢いはすごいし、衰える兆しがまるで見えない。


 ハルトさんもなかなか前に踏み出せないようだ。夢魔を睨むわたしの視界にハルトさんが入ってくることはまだない。


 うなる触手をサロメではたき返す。相手が精神体だからか音はほぼない。けれど手ごたえは確かにある。なんだか変な気分だ。


 触手を何とか切れないだろうか。

 頭付近に飛ぶように伸びてきた一本をかがんでかわして、サロメに魔力を強くこめる。

 振り上げると確かな手ごたえ。振り切ると抵抗がなくなる。

 やったか。


 手で読み取った感触通り、青の夢魔の触手が一本、胴体から離れた。

 よしっ、いけるかっ。


 ちょっと嬉しくなったけど、すぐに愕然としてしまった。

 手が、生えてきたっ!

 思わず叫びそうになった。


 同時に、視界の隅っこから青の夢魔のちぎれた腕が二本、フェードインしてきた。

 ハルトさんが斬ったんだな。

 でもやっぱりすぐに生えてくる。


「まさか無限増殖なんてことはないよね」

 つぶやきながら、なんとか前へ押そうとする。

「そんな話は聞いたことないし、もしもこいつが無限に部位を増やせるなら、夢の中は力を持った夢魔だらけだ」

 ハルトさんの応えにちょっと安心する。


 百パーセントあってる保証なんてどこにもないけど、ハルトさんの言葉には納得できる響きがある。

 こういうのを「あばたもえくぼ」って言うんだっけ?

『どちらかというと「身びいき」だな』

 そっか。

 ブンとうなる夢魔の腕をよけて、ちょっと笑った。


 さてと、いつまでもこうしてられない。このままじゃ本体に到達できないなら作戦を変えていくしかないな。

 青の夢魔は少し崩れてるとは言え人型なんだから、やっぱり目は前方だけなんだろうか。だとしたら。


 ヤツの足元にスライディングで滑り込む。叩きつけてくる腕をサロメでどんどんはじいて足元に近づいてから、テレポートで敵の頭上へ。

 よしっ、がら空き!

 って思ってたら。


 青の夢魔はこっちを見ることもなく腕をしならせて攻撃してきた。まるでわたしがここにいるのを見ていたかのように。

 察しがいいなっ。ならこれでどうだっ。


 あちこちにテレポートしながらサロメを振るった。今までの夢魔ならきっとわたしがどこにいるのかも判らないうちに斬られてただろう。

 けど敵は、あざ笑うかのようにあっさりとこっちの攻撃を回避し、はじき返し、なんと反撃までしてきた。

 くっそ、こいつどんな目してんの。


『目で見ているのではないな』


 サロメが真剣な声でつぶやいた。

 どういうこと?

 青の夢魔の猛反撃をなんとかやり過ごしつつサロメに問う。


『ヤツはお主やハルトの攻撃を。まさに察しているのだろう』


 サロメが言う。

 夢魔は精神体だ。視覚から情報を得なくても、つまりわたし達の攻撃を見なくても気配を読んだりしてるんじゃないか、って。

 そんな。それじゃ、まさに正攻法で押し切るしかないってこと?


『他にも手があるやもしれんが、少なくとも低級夢魔や人間相手にやってきたような目くらましは通用せんだろう』


 せっかく修行して会得した技が無意味だってこと?

 すごくがっかりした。

 その気落ちが隙につながったのか、夢魔の攻撃をおなかにくらっちゃった!

 吹っ飛ばされて地面を転がる。痛い! 声でないぐらい痛い!


 なんとか体を起こす。


「愛良、大丈夫かっ?」


 ハルトさんがわたしへの追撃を防いでくれてる。

 じんわり胸があったかくなる。それだけで痛みも和らぐってものよ。


「平気」

 言いながら立ち上がる。


 もう一度夢魔に挑みかかりながら、ふと耳はお父さん達のやり取りを聞き取っていた。


「俺の技を弱体化などこしゃくな」

「愛良は僕が守る。それに、絵梨も取り戻す」

「絵梨はもう俺のものだ」

「全く相手にされていないのによくそこまで言える」

「ふんっ、これから振り向かせればいいだけのこと」

「ありえませんから」

「聞いたか? 君は戦う前に負けているんだ」

「うるさーい! ならば食らえ“ゾーン・オブ・ナイトメア”!」

「むっ、ならばこちらも魔力全開だっ」

「頑張って聡さん!」


 あっちを見る余裕はないけど、この場を安定させようとしてくれているお父さんと邪魔する玉ちゃん、応援するお母さんって感じだ。

 ちょっと、真剣勝負なのにコメディみたいで笑っちゃうじゃない。


 でもそれより、お父さんにも守られてるんだよね、わたし。

 ハルトさんの時とは違う安心感みたいなのを感じる。

 戦いの方法を一つ使えないからって落ち込んでる場合じゃない。


 わたしが、わたしとハルトさんが、この巨大な夢魔を倒す!

 ……そうだ。協力技なんていいんじゃないかな。


 サロメを通じてたった今思いついた作戦をサロメばあちゃんとハルトさんに伝える。


『ハルトが了承したぞ』


 よぉし、やってやる。


 まずは二人であちこちに飛びながらわたしは剣で、ハルトさんが手から魔力を撃ちだす攻撃をする。

 動きはハルトさんの方が速いから、夢魔は狙い通り、ハルトさんの方に集中していくのが判る。

 正直、ちょっと悔しいけどね。


 ハルトさんが目を引いてくれてる間に、わたしはひそかに体のうちに魔力を溜めていく。

 敵も腕を振り回す他に魔力の弾や波のようなものを投げてくるから、予定よりもちょっと時間かかっちゃったけど。


「ハルトさん!」


 叫びながら、一気に魔力を体から手へと巡らせて、放出!

 てのひらから白い光がほとばしって夢魔どころか辺り全体を照らす。

 青の夢魔のくぐもったうめき声が聞こえた。よしっ、効いたなっ。

 光が晴れた時、敵は動きを鈍らせていた。こっちに怒りをみなぎらせた顔を向けてる。


「どうだっ、愛良渾身の一撃!」


 夢魔が何かを応えかけた。けどそれは声にならなかった。

 巨大な夢魔のどてっぱらから、白く輝く刃が生えてきた。

 青の夢魔はきょとんとした後、今までにないほど苦しそうな叫び声をあげた。

 おなかの刃が引っ込んで、向こう側からハルトさんが回り込んでくる。


 わたしが放ったのは浄化の光に似た魔力だから相手の目くらましにもなる。わたし達の気配を察知してた青の夢魔も、あの光に包まれてる間にハルトさんの居所を見失ったんだ。


 でもまだ夢魔は倒れてない。ハルトさんと視線を合わせてうなずきあう。


 これでとどめだ!


 サロメとサロモ、対の魔器に力を宿して、ハルトさんと一緒に夢魔の胸に刃を突き立てた。

 咆哮ほうこうともいえる絶叫が空気を震わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る