助け出せ大切な人を!

戦うしかないさだめ

 目の前三メートルのところにお母さんが。

 この勢いでお母さんを閉じ込めている結界を破る。

 ……つもりだったけど。


「愛良! 駄目だ!」

『下がれ、愛良!』


 お父さんとサロメの叫びに、ほぼ脊髄反射のように足を止める。

 それだけじゃ前にこけるから後ろへくるんとバック宙。現実じゃ無理だけど夢の中なら楽勝だ。


 なんで二人がわたしを止めたかは、よくよく目を凝らして魔力も読み取るよう意識してみると判った。お母さんの手前一メートルぐらいのところに網のようなものがうっすらと張ってあった。注意してみないと判らないぐらいのものだ。

 なるほど、魔力を利用した網でつっこんでくるわたしを捕まえようとしたんだ。


「ちっ、察しのいいガキめ」


 声がする。さっきの「不意を打たれて死んでいた方が」って言ってたあの声だ。

 そっちを見る。


 チビ・デブ・ハゲ。


 一言で片づけるとそんな感じの中年おっちゃんが忌々しそうにこっちを見てる。


 どれだけチビかっていうと、一五〇センチないわたしよりちょっと高いぐらい。

 どれだけデブかというと、標準体型のわたしの二倍ぐらい。

 どれだけハゲてるかというと、頭だけクローズアップしたらぱっと見、六十代に見えるぐらい。


 上から巨大な力にプレスされてその体型か? 髪は焼けたとか? と思わず聞きたくなる。


『そこまで言ってやるな』

 サロメが同情したような声でつぶやいた。


 そうだね。デブはともかく、ちびっこいのもはげちゃったのも不可抗力だよね。


 あ、声はわりとシブメンだし、一応服装はフツーにシャツとズボンだから変じゃない。いいとこもあった。

 けど、よくない組織の幹部ってだけで「いい人」じゃないのは確実だし、さらに横恋慕で人の母親かっさらってるってマイナス点限界突破だ。


「あんたが玉ちゃん? うちのお母さん返してよね」


 サロメを振るって魔力の網を消しながら言った。


「た、玉ちゃん、だとっ?」


 “ゾーン・オブ・ナイトメア”なんてかっこよさげな二つ名を付けちゃってる玉ちゃんは一瞬きょとんとした後、顔を真っ赤にした。頭頂部から湯気が出そうなほどだ。ますます髪が抜けそうだからそんなにかっかしない方がいいと思うよ。


「愛良……、相変わらずね。……よかった」


 お母さんがクスクスと笑いだした。

 久しぶりのお母さんの声に、ほっとする。あぁ、ほんとうにここにいるんだ。


「絵梨、そこ感心するところかな」

 後ろから追いついてきたお父さんがつっこんだ。

「ちょっと愉快なニックネームを付けるのは昔からだったってことか」

 ハルトさんはふふっと笑ってる。


「え、だって、小野おの玉夫たまおだから玉ちゃんでいいじゃん。安直だけど変なニックネームじゃないと思うよ」

「この場合はそうだけど、トラウマ狩人とか微妙だろ」

「そうかなぁ?」


「おまえら……、俺をコケにするなよ」


 玉ちゃん噴火寸前だ。放ったらかしにされて怒っちゃった?


「別にコケになんてしてないよ。それより、お母さん返して」

「返してと言われて返すぐらいなら最初から監禁などせんわ」

「あ、玉ちゃん開き直った」

「玉ちゃん玉ちゃんうるさい。俺には“ゾーン・オブ・ナイトメア”という二つ名があるのだ」


 なぜかそこでエラソーにふんぞり返った。こういうところトラウマ狩人と同じだ。ここの組織って中二病な二つ名にこだわる人しか幹部になれないのか?


「結婚してる女性ひとを好きになって相手にされないからって誘拐監禁するようなダサ男は玉ちゃんで十分だよっ」

「相手にされないから監禁したのではない! 確実に手に入れるためだ!」

「えっ、お母さん、相手にしたの?」

「全然」


 母超即答。玉ちゃんうなだれる。


「えぇい! おまえら全員殺して絵梨さん、いや、絵梨を俺のものにすればいいだけのこと!」


 キレた玉ちゃんがすっと右手を挙げた。


「いでよ、いと高き青き理想の友の夢魔!」


 ……ぷっ。

 この場面で笑っちゃいけないけど笑える。


 笑いをこらえてる間に、周りにどす黒いマーブル模様が生まれて、その中で輝くような青色の何かが生まれたように見える。それはみるみる形を整えて人型になった。


 やっぱり戦うことになるんだね。

 夢魔は人の命を食らって殺す忌むべき存在。

 けどこいつは、話が通じる分、他の夢魔と違う感じがする。

 夢魔は夢魔なんだけど。


「おや、たくさんいますね」


 ぐるりとわたし達を見て、淡々とした声で青の夢魔がつぶやくように言う。


「こいつら全員食ってもかまわん。やってくれ!」


 軽い口調で殺人依頼してんじゃなーい!


 青の夢魔はわたし達を見た後、お母さんをじっと見た。


「今回はもいただいていいのですか?」

「駄目に決まってるだろう! あっちだけだ」


 人をそれ扱いとか、全員と言われたら仲間のところにいる人まで対象にしちゃうとか、やっぱ夢魔って感情ないし、空気読まないのね。玉ちゃんとのやり取りはきっと第三者から見ればちょっと笑えるのかもしれないけど、わたしは、ぞっとした。


「誰もやっていいわけないでしょ」


 わたしの文句に、青の夢魔は首を傾げた。


「あなたにとってはあの人は敵なのでしょう? 私が彼を食らっていいとは思わないのですか?」


 それは楽だけど。


「思わないわよ」

「今、少し間が空きましたね」

「感情ないくせに、なんでそういうところだけ、しっかり読み取るかな」


「いと高き青き理想の友の夢魔が俺を食うわけないだろう。我らは契約しているのだからな」


 玉ちゃんがさらにふんぞり返ってる。超おなか出っ張ってるだけで格好よくはないし威厳もないんだけどその辺りには気づいてないらしい。


「契約を信用しきってたら危ないと思うよ。所詮、夢魔にとって夢を見る生物はエサでしかないんだから」


 エラソーにしてるからちょっと脅すというかからかうつもりで言ってやったら効果てきめん。

 玉ちゃんはビビった顔でおなか引っ込めて青の夢魔を見上げた。


「彼女の言うことは間違っていません。夢魔にとって、人を含む夢を見る生物は糧です」


 青の夢魔の肯定で、玉ちゃんが青ざめた。


「夢魔がどんなものなのか、夢見のあんたならよく判ってるんじゃないの? 今更だよ」


「あなた方は夢魔を毛嫌いしますが、夢魔とて望んでこのような存在になったのではないのですよ」

 敵が、今度はわたしを見て言う。

「我々は生物のマイナス思念から生まれ、そこをよりどころにして生物のエネルギーを得ることでしか存在できない。あなた方の言うところの『侵食』は、我々が生きるための行為。人間も生きるために他の生物を食らうでしょう? それと同じことなのです」


 そうだね。


「それは、判ってる。だからといって、夢魔が人を食いものにするのを黙認することはできないよ」

「人は他の動物を食べて生きることを許されるのに夢魔は許されない。それでいいとおっしゃるなら、ずいぶん身勝手ですね」


 そうだね。


「判ってるよ。でも今のわたしじゃ、わたし達じゃ、どうすることもできない。いつか、生き物と夢魔が共存できるようになるかもしれない。でも」


 ごめんね、無力で。


「今は、戦うことでしか自分達を守れない。わたし達も、夢魔あんた達も。だから――」


 青の夢魔に真正面から向き合って、言葉を放つ。


「戦うしかない」

 わたしの言葉は青の夢魔のそれと重なった。


「では、こちらも全力です。覚悟しなさい、人間達」


 目の前の敵が大きく膨れ上がる。今までほんのり青白く光っていた体は黒いオーラに包まれた。

 二メートル半ぐらいの夢魔。手というか触手が六本生えている。体の部分は人間の体型から少し崩れてる。

 これが青の夢魔の一番力を出しやすい形か。


「防御のバリアを張ったから僕のことは気にしなくていい。二人とも、気を抜かずにな」


 後ろからのお父さんの声にうなずいて、隣のハルトさんを見る。

 手にはもうサロモばあちゃんが、ちょっと前までわたしが使っていた剣がある。柄頭の赤色の球が綺麗。

 わたしが持つサロメの柄頭は同じデザインの青い珠。

 二振りの剣が一対の双剣だって証だ。


 ハルトさんもわたしを見てうなずく。

 二人ならできる。青の夢魔に勝てる。

 確かな根拠はないけれどそう思える。


 わたし達は同時に、強大な敵へとつっこんだ。

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