あの夢と同じように
お父さんもわたしを見て、笑顔を浮かべた。
あ、これはわたしが何を言いたいのか判ってるって顔だきっと。
ダンディさんやマダムさんに視線を移した時には、真剣そのものの顔になっていた。
「夢見の集会所の構成員の一人として、今の状況を考えると、一度立て直しを図る方が無難かと思います。こちらもあまりにも疲弊していますし、愛良やハルトくんばかりに負担がかかりすぎています」
えっ? さっきの笑顔の意味って何? てっきりわたしの心を代弁してくれるんだと思ってたのに。
「しかし、……けれど、僕個人のわがままを聞いていただけるのであれば、このまま敵の拠点へと攻勢をかけたい。絵梨がそこにいる。“トラウム・イエーガー”の言葉は僕達を誘う罠かもしれない。でもそこに賭けなければ彼女はずっと戻ってこれない。万全の準備というものが整わねば行動できないのであれば、いつまで経っても助け出すことはできない。今この機を逃せばまた彼女達の居場所を探すところからになってしまう」
お父さんの声は震え、握った拳も心を表していた。
あぁ、誰よりもすぐに行動に移したいと思っていたのは、お父さんなんだ。
ずっと、ずっと、夢見の集会所のために我慢してたんだ。
お父さんの本心を聞いたら、目の前がぼやけて頬につっと何かが流れる感触があった。
一度泣き出しちゃうともう駄目だね。わたしも我慢できなくなった。さすがに大声で泣くことはしないけど、それが精一杯だった。
「夢見の集会所の現状を思うに、万全であることの方が少ないと言えるでしょう」
「やりましょう。今」
「僕も行きますよ」
ダンディさん、マダムさん、アロマさんの声があったかい。
頭の上に何か乗った。顔をあげるとハルトさんの困ったような笑顔がそこにあった。
優しく撫でてくれる手は大きくて頼もしい。
「ありがとうございます」
お父さんの声にも涙が混じっちゃった。
「まだ泣くのは早いですよ。絵梨さんを助けたうれし涙に取っておきましょう」
マダムさんがハンカチを、お父さんとわたしに手渡してくれた。
「そうですね。では早速作戦を立てましょう」
お父さんも泣き笑いの顔で、力強くうなずいた。
作戦会議の結果、夢の中へ行くのはわたしとハルトさん、アロマさん、お父さんの四人になった。
夢見が夢の中で狩人を直接サポートする方が何かと便利ということでお父さんがついてくることになった。
さっきの戦いでも外から夢の中を安定するようにしてくれてたらしいけど、トラウマ狩人の技は消せなかったし、やっぱり距離が近い方がいいみたい。
近くにいる分、お父さんを守らないといけないんだけど、それはダンディさん達がある程度引き受けてくれるそうだ。
今、外で待つダンディさん達ともしっかりとした意思疎通や魔力のやり取りができるように準備している。
アロマさんは魔力の回復という意味ではちょっと心もとないらしいけれど戦えないわけではないって言ってる。
おそらく青の夢魔もいるだろうから、わたしとハルトさんが相手をして、サロメとサロモの魔力を使って無に帰す。
他に敵がいなければアロマさんも参戦してくれるし、いたらそっちの相手を引き受けてくれる。
師匠が来てくれるなら心強い。
「まさか師匠と一緒に戦う日が来るなんて思わなかったよ」
アロマさんを見てつぶやくと、にっこりアロマスマイルが返ってきた。すごいイケメンってわけじゃないのに、あぁ、癒される。
「僕もだよ。最初に愛良ちゃんの訓練をした時は、正直言ってこの子はすごく成長して強くなるか、すぐに狩人をやめると言い出すかのどっちかだなって思った。よかったよ、前者で」
『素質は多分に持ち合わせておるが、いかんせん根性がなかったからな』
サロメにまで言われてしまった。
でも仕方ない。五メートルの高さから飛び降りるのもめっちゃ怖がってたもんね。
「ハルトさんはどうだったの?」
「即戦力を期待したし、長く仲間でいてくれると思ったよ。けれど、ちょっと危うかった。愛良ちゃんとは逆で前のめり過ぎるところが」
『夢魔を倒すことだけに全てをかけている感じじゃったしな』
サロモばあちゃんが付け加えた。
ハルトさんは苦笑してる。自覚あるもんね。
「君達は、いいペアだよ。互いを助け合って支えあって、自分達にプラスにしていっている。これからも頼むよ」
アロマさんが言うのにうなずいて、ハルトさんを見上げた。
ハルトさんもわたしを見て、うなずいた。
「さぁ、準備はできた」
ダンディさんの緊張した声に、はっとなる。
よしっ、行くぞっ。
隣の部屋に移動して、ダンディさんが床にてのひらを向けた。
ぶわあっと渦巻きトンネルが床に広がる。
つながる先は、暁の夢のアジト。入ってすぐ戦闘になるかもしれない。
サロメの柄に手をかけて跳びこんだ。
着地してすぐに襲撃、ということはなかった。
さっきもみた夜明け前みたいな暗い空間だった。一見、何もいないように思える。さっさとアジトを放棄して逃げたかのように思われる。
「気配はあるな」
次にやってきたハルトさんがつぶやいた。
「荒っぽい歓迎みたいだね」
アロマさんが厳しい顔だ。
「……絵梨の気配もある」
最後に、お父さんが喜びを抑えてるような声を出した。
お母さんが、ここにいる!? と思った時。
夜明けの闇よりも深い、どす黒いマーブル模様が広がった。
「不意を打たれて死んでいた方が幸せだったものを」
前、かなり奥の方から男の人の声が聞こえた。
同時に現れたのは、たくさんの夢魔。
びくっと体が震えた。今まで複数を相手にしたことがない夢魔が、こんなにたくさんここにいる。正直、怖いと思った。
すっ、と気配が後ろからわたしの横をすり抜けたと思うと、アロマさんが前方から迫る夢魔に迫り寄って、抜刀!
その一撃だけで刀に触れたであろう数体はおろか、数メートル先にいるヤツも消え去った。
すごっ! アロマさんすごっ!!
「さぁ、ここは僕に任せて先へ」
アロマさんがにっこり笑う。
それって……、死亡フラグ……。
「死ぬつもりはないからね」
アロマさんがさらにさわやかスマイル。
口に出さなかったけど顔に出てたか?
「愛良、行こう」
ハルトさんの言葉にお父さんも大きくうなずいた。
うん、行こう。
わたし達はアロマさんを通り越してさらに奥へと走った。
誰かの気配に、近づいている。
どす黒いマーブル模様の空気を裂くようにわたし達は進む。
途中で夢魔がバラバラと出てきたけれど切り伏せて、わたし達は足を止めない。
近づくとはっきりと判る。お母さんがいる。
お母さんを助けて、この悪夢から生還するんだ!
しばらく走って、見えてきた。
半透明の球体が光っていて、その中に、いる!
いなくなっちゃった時のままの、お母さんが。
あの、初陣の前に見た夢のように。
お母さんは驚いた顔でわたしを見て、何かを言おうと口を開いた。
これは、夢と同じようにするしかない!
「今助けるよっ」
にこっと笑って、左手の親指をぐっと立てる。
「力を解き放て――」
サロメを振りかぶりながらさらに加速した。
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