普段忘れてるけどこういう時実感する

 勝つためには、自分を守ればいい。

 そう考えると楽だけど、あんまり守りに専念しすぎると相手にこっちの狙いがバレちゃう。

 だからしっかり守って、隙を探す。攻め込みにくさを演じてやればお調子者のかっこつけはすぐ図に乗るだろう。この黒いもやにちょっとやりにくさを感じてるふうにすればいい。


 わたしは慎重に相手の出方を待つ。

「なに、この黒いの」

 そっとつぶやく。

『何か策があるやもしれん。愛良、油断するな』

 サロメがわざと周りにも聞こえるように念話を飛ばしてくる。


 わたし達のやり取りを聞いたトラウム・イエーガーはにやっと笑った。

「これこそが私の魔力の具現化です。辺り一帯を包み込むほどに、私の力は強大だということですよ」


 ほらやっぱり、めっちゃ得意そうな顔してる。


「そ、そんな……」

 ほんのちょっとだけ後ろに下がってビビってる演技をしつつ。

「でも、それでもわたしはあんたに負けるわけにはいかない!」

 ぐっと我慢してるふうを装う。


 なかなかイケてる演技っしょ?

『ふふん、そうだな』

 サロメの応えに心の中だけでガッツポーズだ。


「その意気だけは褒めてあげましょう。さぁ、私が直々にとどめを刺して差し上げます」

 そうとも知らないトラウマ狩人はさらに調子づいた。ボッチだからまた騙されてるのに気づかないで道化を演じてる。


 けど、見くびっちゃいけなかった。

 トラウマ狩人が魔器を突き出してくる。その軌道自体は楽にかわせるものだった。

 彼の剣にあわせて周りの黒いもやもわたしに向かってくる。

 刃を合わせると、サロメの刀身も包むように流れてきた。

 すごく、嫌な気配。


『これは……。愛良、引け』

 サロメの驚いた声。


 嫌な予感にわたしはサロメの指示をまたずにもう動いてた。軽く後ろに跳んでもやから逃れた。


『黒い霧の一部分に夢魔と似たような魔力を感じるな』

 サロメがつぶやいた。


「いい判断と洞察力ですね。そうです、このシャープネス・オブ・ダークに魔力を込めて斬ると相手の生命エネルギーを奪い取ることができるのです」


 トラウマ狩人がサングラスをちょいっといじってエラソーにしている。

 けど、なんでこういう場面で敵であるわたし達にそんな情報教えちゃうかな。マンガの悪役でもあるまいに。

 教えたところで対処法などない、とか油断しちゃってるんだろうか。


 とにかく敵の攻撃そのものにも、夢魔の力っぽい黒もやにも当たらないようにすればいいんだ。

 自分の周りにバリアを張るイメージを浮かべた。薄くて白い幕が体から少し離れたところで柔らかくわたしを包んだ。


「ふん、そのような弱い防御を張ったところで意味はない」


 トラウマ狩人が剣を振るう。今までより速い!

 かわして、かわして、いなして、打ち返して、かがんで足元を払ってみる。

 相手もかわす。

 また突っ込んでくる。


 できるだけ刃を合わせないように、とは思ってるけれどトラウマ狩人の斬撃が速くてどうしても回避しきれない。

 左腕と、次に太ももを斬られた。

 怪我はそんなに深くない、けどなんかすごく痛い。それに、急激に倦怠感を覚える。

 これって緊張のせいか、それとも吸い取られてるのかな。


 ふぅ、と大きく息をつくと、トラウマ狩人がニヤリと笑った。

 ええぃ、敵に渡すぐらいなら自分のために使ってやる!

 跳びあがって空中で姿勢を維持しながらサロメの刀身に魔力を込めるイメージをする。浄化の光には届かないけれど、これで黒いもやには対抗できるだろう。


 トラウマ狩人がむっとうなった。相手が動き出そうとする一瞬の隙をついて一気に飛び込む。

 今までよりもさらに激しく剣戟を繰り返す。

 さすが、相手は力強い。ちょっとよろけてしまったところにすかさず刃が伸びてくる。

 後ろへテレポートしつつ、トラウマ狩人の切っ先の前に透明の防御壁を作ってやった。

 狙い通り、トラウマ狩人の魔器を壁がはじく。


「なっ?」


 何もないと思ってるところに、急に何かを殴った衝撃がくるんだからびっくりだろう。

 どうだっ、これが訓練の成果だよ。


 ん? 今気づいたけど、トラウマ狩人って確かに剣の腕はスゴイけど、こういう魔力を使った戦いってあんまりしてないよね。


『出し惜しみをしておるのかと思っておったが、もしや思いも及んでおらぬのではないか? これなら、お主の次の攻撃がうまくいけば勝てるやもしれん』


 サロメも同調する。

 ならば。

 走り寄ってサロメを振りかぶって、相手が対応する直前で、ワープ!

 後ろへと回り込んで勢いのまま剣を振り下ろす。

 さすが、戦いに慣れてるからこっちの気配はすぐに察して防がれた。

 けど、相手の顔から余裕が消えるのがはっきりと判った。


 よぉし、それじゃ新しい技も実験だ!

 何度か打ち合って、敵の目の前にを残してわたしは空中へ。

 幻影のに斬りかかってそれがすっと消えるとトラウマ狩人は、はっとこっちを見上げた。


 遅いよ!


「力を解き放て、サロメ!」


 待ってましたとばかりに白く輝くサロメを、呆然とする男の後頭部に打ち下ろす。

 刀身は当たらないところで止めたけど、サロメの浄化の光がトラウマ狩人の延髄に勢いよくぶち当たった。短い悲鳴を残してトラウマ狩人が前のめりに倒れた。


『安心せい、寸止めだ』


 あぁっ、わたしが言いたかったセリフをっ。


『浄化の光はもろ当たりじゃろうが』


 黒いもやが晴れていく中で、サロモばあちゃんのツッコミが先に飛んできた。


 声の方を見ると、ハルトさんが片膝をついてサロモばあちゃんを構えてた。


「サロモから魔力を分けてもらったから俺も参戦しようと思っていたのに。……愛良、よくやったな」

「うん、やったよ! これもハルトさんとの訓練のおかげだね」

「……俺はおまえの足を引っ張ってしまった。ごめんな」


 ハルトさんが、しゅんとしてる!


「そんなことないって。ハルトさんがいなきゃ、わたし勝てなかったよ。ってか、かばってくれなかったらやられてたって。ありがとう」

「いや、あれは俺が――」

『おまえさんら、そうやって責任の引き取りあいをしておる場合か』

『早うこの男を拘束せんか』


 あっはい。


 わたしもハルトさんも、あっと小さい声をあげて、半分気を失ってるトラウマ狩人から剣を取り上げて腕を後ろに回した。




 夢見の集会所にトラウマ狩人を連れて戻ると歓声が上がった。


「よくぞ幹部を捕らえてくれた」

「無事でよかったわ」

「よくやったな、二人とも」

「さすが僕の弟子だね」


 最後っ、アロマさんっ、何気に自分も上げてる。


 ……あれ? さらっと混じってるけどアロマさんいつの間に。前の戦闘で疲労したから休んでるんじゃなかったっけ?


 ふと時計を見ると、うわ、一時間近く経ってるんだ! 夢の中にいたのは十分ぐらいだと思ってたのに。これが感覚の違いってやつか。久しぶりに実感した。


 こんな時間なのに全然眠くないのは精神が高ぶってるからかな。

 これは絶対明日ヤバい。


 わたしが狩人になるのをお父さんが止めてたのがよく判る。こんなのが続いたら絶対生活に支障出まくりだ。


 一通り喜んでから、さて、みたいな感じでダンディさんとマダムさんがトラウマ狩人を隣の部屋に連れて行った。


 こうやって見ると、普段着のわたし達の中にいるトラウマ狩人ってやっぱ浮いてるなぁ。夢の中ではちょっとズレてるヤツだったけど、現実世界に戻ってくるともう異常なヤツに見えてくる。


「どこに連れてくの?」

「夢見の集会所の中で見逃せない規律違反やひどい裏切りなんかをした人をとどめておくところだよ」

「それって、夢の中?」

「そう。夢世界の刑務所みたいな感じだね」


 刑務所か。そこに入ったらその後どうなるんだろう。

 好奇心はあるけど、怖さが勝って聞けなかった。

 黙っちゃったわたしの頭をお父さんは撫でてくれた。


「……ってことは、古川オバさんも?」


 お父さんはちょっと笑ってうなずいた。

 ちっ、トラウマ狩人に余計なことをしゃべったから一発殴ってやろうと思ってたのにっ。


「それより、どんな戦いだったのか詳しく聞かせてくれないか。大体のことは把握してるけれど」


 えっ、詳しくっ? トラウマ狩人とのハルトさんに関するやり取りも伝えないといけないのっ?


 戸惑ってたら、ハルトさんが夢魔との戦いは話し始めたからそっちを聞いておく。


 どうしようどうしよう。ハルトさんへの想いを本人の目の前で言わないといけないの? そこはごまかしちゃう?

 考えてたらハルトさんの話は終わった。


「すごいね愛良ちゃん、成長したんだねぇ」

 アロマさんが感動してる。


 褒められるのは嬉しいけど。ああぁ、次はおまえの報告の番って視線向けないでー。

 って思ってたら。


「戻ったよ。彼から有益な情報を得られた」


 満足顔のダンディさんと、マダムさんが隣の部屋からやってきた。


「も、もう?」


 まだ五分も経ってないよね? まさか、人道的にマズいアレやコレやで無理やり聞き出した?

 強力な自白剤みたいなので正気を失わせたトラウマ狩人のダンディさん達が拷問してるシーンを思い浮かべて――。

 さすがにそれはちょっとかわいそうだし、マダムさんがそんなことをしてるなんてやっぱ想像だけでも無理。


「あぁ、あちらは時間の流れが緩やかなのだよ」


 そ、そうかっ。時間の経ち方が違うのをさっき実感したばっかりなのに忘れてた。


「これからどうするか、だが、彼の話だと、彼がこちらに囚われたと暁の夢が知った時に取る行動は二つ考えられるそうだ」


 ダンディさんが言う。

 一つ目は、すぐに拠点を他に移すこと。

 二つ目は、こちらがすぐに動くと読んで待ち構えること。


 トラウマ狩人は、暁の夢の幹部で夢見の“ゾーン・オブ・ナイトメア”こと小野おの玉夫たまおがいる場所に直結するアイテムを持っている。


 なので追いかけてこられないようにすぐに移動するか、あるいはトラウマ狩人が捕まった場合を見越して準備して待ち構えているかのどちらかだ、と言っていたそうだ。


「どっちかは、“トラウム・イエーガー”も知らないんですか?」

「ああ。囚われた時に話さないように、だそうだ。用心深い組織だからね」

「その、小野という男のそばに愛良のお母さんはいるのですか?」


 ハルトさんの質問にお父さんが息を呑んだ。


「いるらしい。それも“トラウム・イエーガー”が作戦に移る直前の話だそうだが」


 ダンディさんの返事を最後に部屋は静まり返った。


 わたしが意見していいなら、当然行ってみたい。

 でも敵の幹部がもしすごい準備して待ち構えてるなら、こっちも準備がいる。


 自分のやってみたいことを口にするべきか、大人の決定にただ従うべきか。


 わたしは、お父さんを見た。

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