どんな形でも特別は特別

 トラウマ狩人が動く。ほぼ同時にわたしも前に出ていた。

 魔器同士、刃があわさって重くて高い音がする。

 間髪あけず、上に下に刃を振るう。


 前に戦った時よりもトラウマ狩人の動きが判る。これなら、いけるかもしれない。


 トラウマ狩人が突き出してきた刃を左へいなして、ぐっと手首に力を入れて前へと押す。胸元に突きを当てられるはずだった。

 けれど相手もさすが強い。刃が流された左方向へさっとよけた。そこからすぐに攻撃に転じてくる。


 首を狙ってきた剣を、スクワットの要領で身をかがめてかわして、すぐに伸びあがる。下から相手の剣を叩いて手から離させようとした。

 刃がかち合う。けどトラウマ狩人の手から剣を弾き飛ばすことはできなかった。


 相手の力がこもるのが、あわせた刃から伝わってくる。

 まずい。相手の方が上で力を入れやすい。

 腰を落として、ぐぐっと耐える。


「おとなしく金を受け取っておけばいいものを」


 トラウム・イエーガーの口が歪む。サングラス越しの目も厭味ったらしく笑ってる。


「あんたらが出すお金って、暗殺とかで手に入れたものでしょ? そんなお金、受け取れるわけないじゃない」

「金は金。汚いもきれいもないですよ。体裁にこだわっていたら大切なものを失いますよ?」

「かっこいいにこだわってるダサ男に言われたくないわっ」


 力で押し込む、ふりをして、大きく一歩引いた。

 トラウマ狩人は少し前のめりになったけれどすぐに体制を立て直す。


 ちらっとハルトさんの方に目をやる。夢魔との戦いはまだどっちも決定的な一撃には至ってない感じだ。

 負けてないっぽいハルトさんにほっと一安心して、改めて敵を見る。


「余裕があるというわけでもあるまいに、高峰ハルトが気になるのか」


 馬鹿にしたようなトラウマ狩人に、ふん、と息をついて応える。


「当たり前でしょ。仲間のいないトラウマボッチ狩人にはわかんないだろうけど」

「トラしかあってないぞ! こうるさい小娘め」


 あ、久々に地声聞いた。わざと低い声にしてるもんだからギャップが大きくて笑っちゃう。


「……ふん、好意を寄せられていると勘づいているにも関わらず自分の感情を優先している男に、いくら想っても無駄なことだ」


 ちく、と胸が痛んだ。


「なにさ、それ」

 聞かなくてもいいのに、つい、気になって話を促すようなことを言ってしまった。


「高峰ハルトは君のことを、死んだ妹の代わりとしか見ていないのだよ。似ているそうだな、雰囲気が。なので今の関係を崩したくない。君の自分への好意に気づいていても応えることも拒絶することもなく、な。自分勝手な男なのだよ」


 あぁ、やっぱり気づかれてたんだ。

 っていうのが率直な思いだった。

 妹の代わりとしか思われてない、か。

 ちょっと納得した。おまえ呼びなのも、名前呼び捨てなのも、妹にならできるし、他の人にはあんまりしないよね。

 似てる、ってどんな感じなんだろう。妹さん、活発だったのかな。


 そんなことをぐるぐるっと考えて、ちょっと涙が出そうになった。

 でも、でも、よ。


「いいじゃない。すごいことだよ」

 にこっと笑ってやる。ここで落ち込んだら相手の思うつぼだ。

「ハルトさん、妹さんのこと、すごくすっごく大切にしてるんだよ。今でも、自分がもうちょっと早く夢魔のこととか判ってたらって思ってるはずだよ。そんな愛情注ぐ相手と同じように見てくれてるなんて、わたし、めっちゃ愛されてるってことじゃん」


 後半はわたしの強がりだけど、ハルトさんがわたしを大切にしてくれてるのは、ほんとだと思う。

 わたしの成長を見守りつつ危険な時には手を貸してくれるハルトさん。頭を軽くぽんぽんと叩くように撫でてくれるハルトさんの手はあったかい。

 時々見せてくれる笑顔に癒される。勇気づけられる。

 ハルトさんのことを想うだけで、すごく幸せな気持ちになれる。

 そんな気持ちをくれるハルトさんのそばにいられて、すっごく幸せ。

 あぁ、なんか力わいてきた。


「強がりを言ったところで――」


 トラウマ狩人の言葉を最後まで待ってやる必要はない。

 わたしは敵に突っ込んだ。

 サロメを、今までよりも素早く振るう。全部はじかれちゃってるけど、トラウマ狩人が動揺してるのが表情や動きから伝わってくる。

 いける!

 右に左に移動しながら相手を翻弄ほんろうして猛攻撃だ。


「ちっ、古川め、何が有益な情報と精神攻撃の方法だ」


 トラウマ狩人がこぼす、

 古川オバさんの入れ知恵だったのか。帰ったら一発頭はたいてやる。

 真正面から突っ込むふりをして斜め前に瞬間移動。トラウマ狩人の背後からサロメを突き出した。

 相手はわたしを見失って一瞬動きを止めた。

 勝てる!


「愛良!」

『離れろ!』

 ハルトさんとサロメの声?


 右手から迫ってくる邪気に気づいてそっちをチラ見した。

 黒い塊がわたしに手を伸ばすみたいに迫ってた。

 夢魔っ?

 驚いて、動きが止まっちゃった!


「愛良!」


 今まさに夢魔の手(?)がわたしを捕まえようとした時、どんっと突き飛ばされた。

 横によろよろっと数歩動いたわたしの代わりに、ハルトさんが夢魔にからめとられてた。


 ハルトさんが顔をしかめる。食いしばった歯からすごく苦しそうなうめき声が漏れた。

 魔力が、ううん、ハルトさんの生命力が夢魔にすごい勢いで吸い取られてるのが判った。わたしが肌で感じるぐらいだ。これは、まずい。


 いや! ハルトさんを放せぇ!


「力を解き放て、サロメ!」

 浄化の光をサロメに宿らせて夢魔に突っ込んだ。

 夢魔にサロメの刃を突き立てる。


 物を斬った手ごたえはない。相手は影みたいなヤツだから。

 けれど大きなエネルギーにぶち当たった感触がする。

 負けない! 大切な人を亡くしたくない!

 サロメを振り切る。白い光が黒い影の中に吸い込まれて、やがて中から輝きだす。

 声にならない、でも叫び声に聞こえるいやな音が辺りに響いたと思ったら、影が四散した。


 浄化できたんだ。

 それよりも。


「ハルトさん!」


 地面(?)に手をついて荒い息をしてるハルトさんのそばに膝をついた。

 こんな苦しそうな顔、初めて見た。

 胸がぎゅっとする。わたしの身代わりになったんだ、こうなるのはわたしのはずだったのに。


「気にするな。それよりすごいな」


 顔をこっちに向けて、ちょっと笑う。そんな無理しなくていいよ。


「ほぅ。アレを消しましたか。これはあなたの力を見くびっていたようですね」


 はっ、これは撤退するセリフだなっ。


「今日のところは――、はうわっ!?」


 てのひらに魔力を溜めてトラウマ狩人に撃ち出してやった。当たんなかったけどヤツをここにとどめるのは成功だ。

 全部言わせるかぃ! 逃がさないからねっ。


 実はわたしもあんまり余裕はない。けどここで逃がしちゃだめだ。


『案ずるな。ワシの魔力はまだ十分残っておる。お主はヤツの攻撃を食らわないことを気にかけておけ』


 サロメの力強い言葉に励まされて、さらにトラウマ狩人を挑発だ。


「へぇぇ、大の大人のベテラン戦士がたかが小娘の攻撃にビビって逃げちゃうんだ。だあぁっさぁい! 超かっこ悪ぅい! 泣き帰っちゃう? あんたの言うところの“あのお方”に叱られるだろうねー」


 思いっきりバカにしてやった。あっかんべーもつけてやった。


「この小娘……! 言わせておけば」


 トラウマ狩人がこっちにしっかり向き直った。やるってことだね。小娘の挑発に乗っちゃうなんてほんとかっこ悪いぞ。


「では私も本気でお相手しましょう。“シャープネス・オブ・ダーク”!」


 かっこつけ男が剣をオーバーアクションで振ると、黒いもやが刀身を包み込む。

 ふん、中二病の剣なんて――。

 えっ? もやが大きく広がってくる!

 あっという間にわたし達はもやの中に包まれちゃった。

 トラウマ狩人がニヤニヤしている。


 ――ハルトさんは?


『大丈夫だ。もやの中にいるがサロモが守っておる』

 わたし一人で勝てそう?

『それは、どうとも言えん。ハルトが回復するまで待つのが無難だ』


 そうだよね。

 トラウマ狩人の攻撃を防ぎながらハルトさんを待つ。

 すごく攻撃していきたい自分にブレーキだ。


『決定的な隙ができるまで下手に攻撃するでないぞ』

 うん。


 責任重大だ。

 でもわたし、やるよっ。

 サロメを構えて、トラウマ狩人を睨みつけた。

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