大事な時にイケてない想像
夢見の集会所にはマダムさんとダンディさん、ハルトさんがいた。
アロマさんは、昨日と今日の戦いでひどく消耗したから休んでるらしい。
「早速だが、現状の説明をしよう」
ダンディさんが眼鏡をぐいっとあげて腕組みをして話し始めた。
とりあえず今は武器庫は無事だ。
攻めてきたのは夢魔だけど結界を破ったのは夢見の力だろう。恐らく暁の夢に属している夢見だ。
他の支部に応援を頼んで夢魔は撃退してもらったけど元のような強い結界を貼りなおすのにはしばらくかかりそうだ。しかも、それだけではまた破られるかもしれないからもっと強力にしないといけない。そうなるとさらに時間がかかる。
戦いが終わった後、狩人が“トラウム・イエーガー”からの手紙に気づいた。武器庫の棚の判りやすいところに貼り付けるようにして置いてあったらしい。結界を破った夢見が置いていったのかもしれない。
手紙には「牧野愛良及び高峰ハルトが魔器サロメ、サロモを持ち、二人で指定の時間、指定の場所に来ること」と書かれてある。
時間は今夜午前零時。場所は、古川オバさんが持ってた魔法アイテムで行ける場所。つまり元暁の夢のアジトの一つだ。
その呼び出しに従わない場合、再び夢魔に集会所を襲わせる、とお決まりの脅し文句もついていた。
ふと、そういえば古川オバさんはどうなってるんだろう、と思ったけど今聞ける雰囲気じゃない。
「以上が今、判っていることと、相手の要求だ」
ダンディさんが話を締めくくった。
それからはしばらく、誰も何も言わない――言えないのかも――で、部屋は静かだった。
最初に口を開いたのはハルトさん。
「もしもまた夢魔が攻めてきたら、どうなるんですか?」
「今待機している狩人では、正直、つらいところだ」
「俺や愛良が手伝っても?」
「同じ規模で来ると想定するなら押し返せるだろう。しかしそれは近隣の支部から助けが来ることが前提だ」
助けが来ないとつらいってことだよね。で、その助けは来るかどうか判らない。
普段でも狩人って足りてないってことだし。それぞれの支部もぎりぎりで活動してるんだろうからね。
ダンディさんの表情も声音も厳しい現状を物語ってる。
ハルトさんは、納得顔になった。
「なら、じっとしてるわけにもいかないな。“トラウム・イエーガー”と決着をつけるいい機会なのかもしれない」
ぼそり、と答える声は大きくないけど、力強さがあった。
ハルトさんがこっちを見る。
「俺は、行ってもいいと思っている。愛良は? 本音で答えてくれ」
「行くよ」
食い気味に答えたから部屋がどよめいた。
「危険だぞ」
「今更だよ。それに、攻めてこられるばっかりじゃ状況は打開できないし、……個人的理由だけど、このままじゃお母さん助けられない」
言って、お父さんを見る。
何か言いたそうだけど言うべきかどうか、って顔してる。
だから、わたしから言う。
「ハルトさんが言い出さなかったら、わたしから言ってたよ。呼び出しに応じたいと思ってる」
「愛良……」
「夢魔の怖さは実感してる。けど、ハルトさんもいるし、サロメとサロモばあちゃんもいる。それに、ここにみんなもいる。直接行けなくても、サポートしてくれるんでしょ?」
にっと笑って親指を立てる。
「わたし達が、やるしかないじゃない」
部屋の中の空気が揺れて、変わった。
吹っ切れた、って感じに。
「そうと決まれば、あらゆる状況を想定して作戦をあれこれ考えなければな」
「そうですわね。あと三十分しかありませんし」
ダンディさんとマダムさんが相談し始める。
お父さんが、わたしとハルトさんの顔を交互に見て、言った。
「愛良、ハルトくん、二人に託すのが今のベストなんだろう。けれど、くれぐれも、自分達の命を最優先にしてほしい」
うん。
力強くうなずいた。
大人達の作戦会議をBGMに、わたしはさっこちゃんときらちゃんに、今夜戦いに行くことになったとメッセージした。
『行ってくる。勝てるよう祈ってて』
二人から激励のメッセージとスタンプが送られてきた。
そして三十分後。
「いってらっしゃい。無事に戻ってくるのよ」
「君達がしっかり戦えるように全力でサポートさせてもらおう」
「くれぐれも、気を付けて」
マダムさん、ダンディさん、お父さんの見送りを受けて、わたしとハルトさんは夢の世界へのトンネルをくぐった。
着いたのは、まるで夜明け前の空みたいな、紺色からうっすら白へと変わっていくような色の場所。
あ、もしかしてこの色だから「暁の夢」なのかな。
「やぁ、時間通りだね」
この声は。
ダークスーツに薄い黒色のサングラス、つばつき帽――サロメに聞いたけどボルサリーノって言うらしい――をかぶったひょろ男、“トラウム・イエーガー”だ。
この人いつもこの格好だよね。これしか服持ってないんじゃない? って疑いたくなるほどに。
ちょっと格好つけて話してるけど、つついたらまたボロ出すんだろうなぁとか思いつつ、今はやらない。わたしだってちょっとは空気読む。
「俺らを呼び出した目的は何だ?」
ハルトさんが尋ねる。
「君達の魔器、サロメとサロモだったね。その二振りの剣をこちらに渡すことだ」
「ただで渡すと思っているのか?」
「ほぅ? では見返りがあれば渡すというのかね」
「見返りによるな」
ハルトさんが打ち合わせ通りに話を進めていく。わたしは黙って成り行きを見守る。こういう交渉はハルトさんの方が絶対にうまいと思うから。
って思ってるのに。
「君も、それでいいのかな?」
話振られたっ。
「あんたの言う通りにするのは癪だけど、自分の気持ちより夢見の集会所に危害が及ばないほうを優先するよ」
あえてぶすっとして応える。ボロがでないように隠してるのがバレないように。
「なるほど、判りました」
“トラウム・イエーガー”は大きくうなずいた。
「それが集会所の結論ですか。魔器達も了承しているということですね?」
やけに確認してくるな。それこそそれが暁の夢の指示ってことなのかも。
『ワシらは魔器だ。持ち主の意向に従うまで』
サロメが応えた。
「ならば交換条件の話と参りましょうか」
帽子に手をやって斜めに構えてる。いつもこの男の格好いい自分演出はズレてる。
「魔器をこちらに渡してくださるなら、我々はこの一帯からは一切手を引きましょう。“いと高き青き理想の友の夢魔”が率いる、あるいは彼が操ることのできる夢魔達も、です」
それって青の夢魔のフルネームだっけ。しばらく聞いてないから忘れてたけど五七調で判った。
どうです素晴らしいでしょう? と言いたげに両腕を広げてドヤ顔のトラウマ狩人、うざっ。
「それだけか」
ハルトさんが無表情で言う。
「それだけ? これでも随分大盤振る舞いだと思うのですが? 我々が動かせる夢魔をすべて引き揚げればあなた達の活動はかなり楽になるはずですよ」
トラウマ狩人が両手を腰に当てて怪訝そうな顔になった。
「それは確かに。けれどおまえ達がそれをずっと守る保証がない。約束が破られた時、俺らはとても有力な魔器を失った上に損害を被ることになる。それに俺らには夢魔が野良の夢魔なのか、おまえらに関係してる夢魔なのか見分けることはできない。約束が守られているかどうかも、そもそも判らない」
ハルトさんの冷静な指摘にトラウマ狩人は、ふむ、と顎に手を当ててうなずいた。
「では、もう一つ君達の出す条件を呑むとしたらどうかな? 魔器は二本だ。二つの条件で釣り合うとも言えるだろうし」
「なら、愛良の母親、牧野絵梨さんをこちらに戻すこと。それがこちらの望みだ」
「ほぅ? 夢見の集会所にとってもっと有益な条件もあるだろうに、たった一人の身柄が優先か」
暁の夢の幹部がそのたった一人に私情でこだわってるのに、何言ってんのこいつは。
ぐっとこぶしを握るわたしを優しく目で制して、ハルトさんは腕組みをしてトラウマ狩人をきつくにらんだ。
「おまえらにとってはただの一人だろうが、身内にとっては世界中の誰よりも大切だろう」
「私個人の意見としてはその案に乗りたいところだけれどね。“あのお方”の意向に背くわけにはいかないのでね。うなずくことはできないな。他の条件では駄目なのかな? 夢見の集会所は活動資金にも困っているだろう? どうだ? それ相応の金を払うというのは」
さも譲歩してやったかのような口調がムカツク。
「金よりも、人の命だ。こちらからの条件は牧野絵梨さんの解放。それ一択だ」
「それは残念だ。ならば――」
“トラウム・イエーガー”が一瞬の動作で剣を抜いた。
「殺してでも奪い取る、という流れになりそうだね」
「ふん。最初からそのつもりなんだろう?」
ハルトさんもサロモばあちゃんを抜いた。
「おっと、君の相手は、こっちだ」
言うなり“トラウム・イエーガー”は懐から何かを取り出すしぐさをして、その何か丸っこいのを投げた。
そこから出てきたのは、真っ黒い影。急速に人型になっていくこれは、夢魔だ! しかも強そう!
……けど、こんな大切な時に「モン〇ターボールだ」とか考えてしまったわたしを叱って……。
『まぁ、やむをえまい』
もしかしてサロメも似たようなことを考えたとか。
なんだかちょっと笑ってしまった。
ハルトさんはもう夢魔と戦い始めてる。
「こっちもいくよ、サロメ!」
すらりと愛用の魔器を引き抜く。真正面に構えてその先に敵を見る。
負けられない。ううん、今夜は、勝ってみせる!
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