突き進め夢の中を!

からかうつもりが惚気られた

 お父さんが電話に出る。

 話し声が、顔が、厳しくなった。

 よくない結果なんだ。

 しばらくして、お父さんはスマフォを置いた。


「駄目だったんだ?」

「うん、相手もなかなかやるね」


 脳筋集団がどんな手を使ってきたんだろう。


「古川さんは囮にされたみたいだ」


 お父さんがため息をついて話してくれた。

 “トラウム・イエーガー”がわたしを呼び出した時点で、わたしが要求通りにしないことを織り込み済みだった。もしもわたしが要求を呑めばよし、そうでないなら古川オバさんをわざと夢見の集会所に捕まえさせてあのアイテムを渡してきた。あれを使って乗り込んでくるだろうと予測して罠を貼ったんだ。


 青の夢魔に呼び出してもらった夢魔をたくさん配置して、やってきた狩人を捕まえる、あるいは殺すつもりだったみたい。


「それで……、戦いに行った狩人さん達は?」

「何とかみんな帰ってきたみたいだ」


 ほぅっと長い息が漏れた。

 わたしが勝手に実行した作戦の影響で誰かが死んじゃったりしたら、悔やんでも悔やみきれない。

 脳筋集団だってちょっと甘く見てたけど、認識を新たにしないといけないみたい。


「みんなかなり消耗してるからしばらく休まないといけないけど、命に影響とかはないって」


 かなり消耗ってことは夢の中でたくさん傷ついたってことだよね。

 どんな夢魔がいてどんな戦いだったのか、ちょっと考えただけでぶるっと体が震えた。


「これは想像だけれど、向こうも準備していたのにこっちの狩人を捕まえたりできなかったのは誤算じゃないかな。痛み分けってところだね。問題はここからなんだけど」


 いったん大きな戦いに発展したなら、ここで引くことはないだろう。戦力を早く回復させた方が仕掛けるんじゃないか、ってお父さんは予想している。


「相手は夢魔だったんでしょ? 向こうの夢見とか狩人は戦ってないなら、ちょっと不利じゃない?」

「……かもしれないな」


 ふっと見せたお父さんの不安な顔が、現実にならなければいいんだけど。




 次の日、お昼休みの終わりごろに夢の世界のことを知っている四人、冴羽くんときらちゃん、さっこちゃん、わたしはこっそり図書室の隅っこに集まった。

 もうテストも終わって春休みを待つだけだから、図書室は他に人がほぼいない。密談をするにはもってこいだ。


 昨夜の報告と、ついでに暁の夢との戦いのこともみんなに伝えた。


「そんなことになってるんだ……。それじゃ、愛良ちゃんやきらちゃんが戦いに出ないといけないってことになるの?」


 さっこちゃんが心配そうにしている。


「そうだね。暁の夢がすぐに戦いを仕掛けてきたら、ベテランさん達が回復してないかもしれないし」


 わたしの応えにきらちゃんと冴羽くんは顔を曇らせた。


「でも……、わたしじゃきっとそんな役に立てないよ。強い狩人でもかなわなかったんでしょ? また捕まって迷惑かけるかもしれない」


 冴羽くんは何も言わないけど、きっときらちゃんを危険な目に合わせたくないんだよね。

 だって無事に帰ってきた時のあのハグはパートナー以上のものを感じちゃったし。

 あ、ちょっと思い出したら顔がかぁっと熱くなってきた。


「きらちゃんは無理しなくてもいいんだよ。冴羽くんに心配かけたくないもんね」

「えっ? 二人ってもしかして付き合ってるん?」


 ここで食いついたのはさっこちゃんだ。すっごいわくわく顔。


「きらちゃんが帰ってきた時、二人しぃっかりハグしてたもんね。あれで付き合ってないってったら君ら何人なにじんよって感じだわ」

「えぇっ? マジっ?」

「さっこちゃん、しーっ」


 さっこちゃんが興奮して大声あげたから、すかさず人差し指を口に当てて注意。


「ゴメン。だってきらちゃんはともかく冴羽くん全然そんなそぶり見せなかったから……」


 叫ぶ前よりさらに小さい声になって、ついでに体をちょっと縮ませて、さっこちゃんは冴羽くんをじろじろっと見た。


 そうだよねぇ。自分でこんなこと考えるのもアレだけど、わたしのことを好きって言ってた時って、みんなが気づくぐらいにあからさまだったらしいし。わたしは気づかなかったけど。

 あ、もしかしてわたしが気づかないからあからさまにならざるを得なかっただけで、本当は冴羽くんはそういうのは秘密にしたいタイプなのか?

 考えてみたら冴羽くんって自分のこととか主張しないタイプだ。

 ってことは、わたしのせいなのか? うわあぁ、ゴメン冴羽くん。


 なんて考えながらわたしが一人でアワアワしてる斜め前で、冴羽くんはちょっと赤くなって軽くうつむいて、「うん、まぁ」なんてもじもじしてる。

 めっちゃ照れてる。それだけきらちゃんが好きってことか。

 いいなぁ、うらやましい。


「けんちゃん照れちゃって、かぁわいい。大好き」


 ハートが辺りに浮かびそうな顔できらちゃんが笑う。くっ、まぶしすぎる。

 自分で話を振っておきながらダメージが返ってくるとは。


「と、とにかく、きらちゃんは応援してくれてたらいいからね」


 もう早くこの話題は終了の方向で。


「そうだね、愛良ちゃんが大好きな人と力をあわせて敵を倒す、なんて、超萌える展開だしぃ」


 ぶはっ、返されたっ。


「えっ? ハルトさんって狩人なんだ?」

 さっこちゃんがまた食いついてきた。

「高峰さん知ってるの?」

「うちの兄貴の先輩さんなんだよ」

「うわぁ、すごい偶然だね」


 さっこちゃんときらちゃんがハルトさんの話で盛り上がってる。


「お正月に会った感じだと、愛良ちゃんとハルトさん、わりといい雰囲気だと思うよ」

「マジで?」

「うん、ハルトさん、わたしらにはちょっとよそよそしいっていうか丁寧な言葉遣いなのに愛良ちゃんのことは名前呼び捨てだし、おまえ呼びだし」


 あ、そこに気づかれてたかっ。さすがさっこちゃん。


「うわぁ。それってポイント高くない?」

「だよねぇ。もう卒業おめでとう会でコクっちゃうとか?」


 ひえぇ。そんな大それたことできません!


「卒業おめでとう会?」

「ハルトさん高校卒業したから愛良ちゃんで、十九日にやろうって話になってんの」

「面白そう、いいなぁ。愛良ちゃん、わたし達も行っていい?」


 達、ってことは冴羽くんも一緒にってことか。

 冴羽くんを見ると「えっ?」って感じできょとんとしてるけど、「まぁ高峰さんのお祝いなら」って小声でつぶやいた。

 相変わらず主導権はきらちゃんなんだね。そこは変わらないのかと笑いが漏れる。


「わたしはOKだけど面白いことなんて何も起こらないからね」

「えー? コクらないの?」

「そんな公開処刑、できっかい!」


 思わず声が大きくなっちゃった。

「愛良ちゃん、しーっ」

 やっぱりつっこまれた……。


 きらちゃんもさっこちゃんも、冴羽くんまでクスクス笑ってる。

 そのタイミングで、お昼休み終わりのチャイムが鳴った。


「うわぁ、もうそんな時間になってたんだっ。早く戻ろっ」


 わたし達は慌てて図書室の席を立った。


 ……卒業お祝い、か。来週の週末だけど、そのころまでには夢関係の問題も落ち着いていてくれたらいいのにな。




 夜。

 ご飯食べて後片付けしてたら、お父さんに電話がかかってきた。


 もしもし、の後にお父さんが驚きの声をあげた。

 ちらっとそっちを見ると、今まで見たこともない真剣な顔、深刻な声で台所のテーブルを睨みつけながら話してる。

 夢関係で、なにかよくないことが起こったんだって予想はつく。

 暁の夢が反撃に出てきたとか、そんな感じだろうか。


 心配してたら、わたしのスマフォに着信だ。

 相手は、――ハルトさんだ。

 このタイミングでハルトさんから、って、ますます嫌な予感しかしない。


「もしもし」

『愛良、夢見の集会所が襲撃を受けたって、聞いたか?』


 ぞわっと寒気が走った。

 やっぱりだ。


「まだ聞いてないけどお父さんに電話がかかってきてるからそのことだと思う」

『集会所の武器庫に夢魔がなだれ込んできたらしい』


 ハルトさんが状況を教えてくれる。

 集会所の武器庫には強力な結界が貼ってあるんだけど、それを破って夢魔が攻めてきた。ヤツらは力のありそうな魔器を壊したり奪ったりしたみたい。

 で、何かを探しているようにも見える動き方だったらしい。


「それって……、もしかしてサロメ達を探してるんじゃない?」

『俺もそう思う。けど見つけられなかったみたいだ』


 よかった!

 結局、夢魔たちは駆けつけた狩人さん達が退治した、って。

 それを聞いてとりあえずは安心だねって言いながらも、ちょっと声が震える。


『けれど安心しきれる状況じゃない。他の支部の狩人達に助けてもらってやっと追い返したそうだけど、破られた結界を修復するまでまた襲撃がないとも限らない、それと――』


 そこでハルトさんの声が途切れて、一瞬の間が空いた。言いにくいことなんだろうか。


『トラウム・イエーガーから、俺とおまえに今夜会いたいと伝言されたそうだ』


 思わず、お父さんを見た。

 通話が終わったのかスマフォを下ろしたお父さんもこっちを見てる。きっと同じことを電話の相手に言われたんだね。


「電話は、ハルトくんか?」

「うん」

「なら、話は早い。夢見の集会所に集まって直接話し合おう」


 お父さんの提案をハルトさんに伝えて、電話を切った。


 どんな状況でどんな要件を突きつけられてるんだろう。

 相手の大目的はサロメとサロモばあちゃんをよこせってところか。

 わたし達に来いっていうのは、子供だから言うこと聞かせやすいとでも思ってんのかな。あるいは戦ってねじ伏せられる相手だ、って。


 トラウマ狩人は、見た目はアレだけど確かに強い。

 けどハルトさんと一緒なら負けない気もする。

 わたし達が行く以外にいい案がないなら、ハルトさんと一緒に行くしかない。


 動きやすいように長袖Tシャツとキュロットに着替えて、お父さんの車に乗ってわたし達は夢見の集会所へと向かった。

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