敵の幹部は脳筋集団
十分ほどでお父さんが帰ってきた。
送るだけならもっと早かっただろうけど、きっとおじさんかおばさんと話したりしたんだろう。
「おかえり。ごめんね、さっこちゃん達にまで知られちゃって」
「うん、まぁ仕方ない。咲子ちゃんが暁の夢に利用された時点で手を回さなかったお父さん達の責任もある。それに――」
お父さんが言うには、さっこちゃんはきらちゃんにちょっと嫉妬してたんじゃないかな、って。
だから冷静に「友達がナイショにしたいことをかまかけしてまで聞き出そうとしちゃいけない」って判断ができなかったんだろう、ってお父さんは感じたんだって。
「きらちゃんに嫉妬? さっこちゃんがそう言ったの?」
「直接は言わないよ。けれど送っていく間の兄妹の会話を聞いてて、そうじゃないかなって思ったよ」
さっこちゃんは、自分が一番わたしと仲がいいって思ってたのに、きらちゃんや冴羽くんと何か秘密を共有してるみたいなのがショックだったんじゃないかってお父さんは言う。
寂しかったし悲しかったし悔しかったっていうのは、そういうことか。
うん、ちょっと納得した。
わたしもきっと、さっこちゃんが新しく友達作って、その子とすごい親しくしてたら、多分同じ気持ちになるんじゃないかなぁ。
しかもきらちゃんって元々わたしに嫌がらせしてた時期もあるから、なおさらだろう。
きらちゃん曰く、あれはすごくキャラ作ってたみたいなんだけど。
そんなことを考えてたら、ふっと笑いが漏れた。
「さて」お父さんがリビングのテーブルにある食器を台所に持って行きながら言う。「暁の夢や古川さんの話をするはずだったけれど、どうしようか? 今日は眠いだろうから寝るか?」
お父さんが持ちきれなかった食器をおんなじように運んで、「ううん、今聞きたい」って答えた。
それじゃ、ってお父さんが食器を洗いながら話し始める。
手伝おうとしたけど座っててって言われた。
だからおとなしく椅子に座って、お父さんの話を聞くことにした。
「古川さんが暁の夢に誘われてスパイになったのは一年ぐらい前だそうだよ。その少し前に遠野先生に出した論文が、けんもほろろにけなされて突き返された悔しさで、それまでのあれこれも思い出して、話に乗ったらしい」
めっちゃ逆恨みやん。でもそんなタイミングを計ってたとしたら暁の夢もうまいなぁ。心の隙間につけ込んだ、みたいな。
「後、研究のためのお金が欲しいとも言ってたな。研究費が足りないから持ち出ししてるし、って。素晴らしい研究の成果を発表できたら遠野先生の鼻を明かせるから、ってね」
「ひたすら遠野先生への恨みだね」
「そうだね。そりが合わなかったのかもしれない。古川さんもわりと言いたいことを言うタイプだと思うけれど、遠野先生には及ばないと思うし、立場上、おおっぴらに反抗もできないし。遠野先生は一度しゃべりだすとあの通りの人だけど、学生や研究員からの意見はきちんと聞いていると僕は思うんだけどね。古川さんにとっては違ったんだろう」
一度嫌いになったらなかなか相手への評価って変わんないもんね。
それよりも、気になるのは。
「一年前からってことは、ハルトさんと組んでからしばらくして、だよね」
「そうだね。ハルトくんを誘いこもうとしたけれど家族を夢魔に殺されたハルトくんが乗るわけがないし、それなら恋人にでもなればって画策していたみたいだけど、ハルトくんはそういう意味でもガードが堅かった、って」
「そんなことして成功したって、だまされたって知ったら抜けると思うけどその辺りは考えてないんだね」
ばっかじゃない? ってつぶやいたらお父さんも苦笑した。
「暁の夢も組織だからね。序列があるんだろう。実力もそうだけど、どれだけ貢献したかで認められるっぽい。組織の中で力を得たいならそれなりの働きをしないといけない」
なんかの勧誘やってる団体みたいだ。
「で、彼女が次に目を付けたのが、昔から夢見の集会所で保管されている人格のある魔器だ」
「それってサロメやサロモばあちゃんのこと?」
「そう。どうやらすごい力があるらしいこと、それを解放しようとしていたことを全部報告していたみたいだね。で、それを手に入れるように命令されていたらしい」
あぁ、それで、力を開放した日に「保管はどうするんですか」って聞いてたのか。
でもそれだったら、サロメ達が武器庫にある間にとってっちゃえばよかったのに。
その疑問をお父さんにぶつけてみた。
食器を洗い終わったお父さんが一つ息をついて、わたしの向かいに座って答えてくれた。
「そのころにはもう、夢見の集会所にスパイがいることは察してたからね。保管はある意味うちにあるより厳重だったよ」
で、古川オバさんの言動から彼女がアヤシイと目星をつけてたんだって。
どうしてオバさんなのかというと、周りの人達の考えが読めるサロメ達がそばにあるのに、全然全く心の声が聞こえてこなかったから。
「あえて思考を閉じている人もいるけれど、咄嗟の時って心の中でも『うわっ』とか驚いたりするものだろう? なのに古川さんの『心の声』は全然聞こえてこなかったとサロメは言っていたよ」
自分がスパイだと読まれないように注意しすぎたのがあだになったのか。
「思考を閉じるってそんな簡単にできるの?」
「考えが読まれないよう意識するだけで随分違うらしいよ。それでも完璧に隠すのは難しいって聞くけど。古川さんは考えが漏れないようにするアイテムを作って持ってたんだ」
「そんなことできるんだっ?」
だったらそれ持ってたらサロメにプライバシー侵害されなくて済むっ。
思わず身を乗り出したわたしに、お父さんは空笑いした。
「魔力をどう使うか、どう形にするかはわりと夢見の自由にできるからね。強力な魔道具を作ろうとしたらそれなりの魔力と時間がかかるんだけど」
お父さんがさっこちゃん達のために作ってくれた、夢の世界に引っ張られないようにするためのお守りなんかもそのたぐいなんだね。
実は、お守りは時間と魔力に余裕がある時に作っていて、夢の世界の影響を受けた人、受けやすそうな人にこっそり渡してるって。初めて知った。夢魔から守るなんて言えないから快眠祈願だとかなんとか言って。
「これからのことだけれど、しばらく愛良とハルトくんは活動を休んでもらうことになった」
予想外の展開に驚いているわたしに、お父さんは理由を説明してくれた。
夢見の集会所では、狩人が足りないから活動は持続って話だった。けれど古川オバさんの話をきいて、やっぱり危険だってことになったそうだ。
暁の夢はわたしやハルトさんを勧誘したがっているのは、わたし達の実力を認めてというのもあるが、魔器を手に入れたいからというのが大きいんだって。
いにしえの力を開放されて強くなった魔器を敵が持っていると脅威になるからだ。
だからサロメ達も夢見の集会所で預かることになった。
「しばらくってどれぐらい?」
「それは、戦いの結果次第だ」
「戦い?」
「古川さんは暁の夢の拠点の一つにつながるアイテムを持っていたんだ。けれど起動に少し集中しないといけないから昨夜は逃げきれなかったんだって。それを使って逆にこちらから襲撃をかけている。今、まさにね」
なんか大きな作戦が決行されてるんだっ。
けど、ちょっと遅すぎない?
「さすがに一日経ったら逃げてるんじゃない?」
「いや、昨日話を聞いてからすぐに行動に出てるよ。まだ狩人達が帰ってきていないんだ」
「一日以上戦ってるの?」
「こちらと夢の世界は時間の流れ方が違うからね。今回は向こうの方が短いのかも」
そういえばそうだった。
「夢見の集会所の人達が勝ったら、お母さん、帰ってくるかもしれないんだね」
「うん。そうなってくれるよう願うしかない」
お母さんと言えば、とお父さんが続ける。
「敵の幹部の一人の正体が判ったそうだ。もしも今日の襲撃が空振りに終わっても、
「幹部って、トラウマ狩人の?」
お父さんが噴き出した。
あ、しまった、つい俗称の方を口にしてしまった。
ちょっとの間笑ってから、お父さんは首を振った。
「“トラウム・イェーガー”よりも上の立場らしいよ。なんて言ったかな。“ゾーン・オブ・ナイトメア”だったかな。本名は
こりゃまた中二チックな……。
そんなたいそうな二つ名なんてどうせ似合わないんだろうから、もう玉ちゃんでいいよね。
「その、玉ちゃんはどうしてお母さんを捕まえてるの? お母さんって実はすっごい力の持ち主だったん?」
玉ちゃん呼びにまたお父さんがウケた。
笑いながら、もっと笑える、いや、笑えないことを言った。
「お母さんの狩人としての能力は高いけれど、それより、その男がお母さんのことを好きだから、らしい」
はあぁっ? 好きって、つまり女性として好きってこと? likeじゃなくてloveってこと?
「うっわ、きっも、なにそれありえない!」
思わず机叩いて叫んじゃった。
よかった食器洗い任せてなくて、ってお父さんはまた笑ってる。
「ちょっとお父さん、笑ってる場合じゃないんじゃない? あんたの奥さんが狙われて捕まっちゃってんのよっ?」
「ごめんごめん。話聞いた時は僕も似たような反応したよ。けど、どうもその男は捕まえたはいいけど絵梨には全然手を出せてないらしい」
「でも捕まってるんでしょ?」
「うん、おまえが見た青い球体みたいなのに入れられているみたいだね。そこでは魔力が遮断されているらしいから、外からも干渉できないみたいだ」
それ聞いて、ちょっと安心した。
「やっぱアレ作ったのって青の夢魔?」
「いや、小野だって話だ」
つまり自分で作った結界の中に閉じ込めたから手も出せない、と。
「……なんでこう、暁の夢の幹部ってバカばっかりなんだろう。それでよく組織が持ってるね」
「青の夢魔もだけれど、暁の夢の夢見や狩人は、思考力はともかく実力はこぞって高いらしいから、あんまり馬鹿にもできないよ」
つまり多少のミスは力でねじ伏せてきたってこと? 脳筋集団かっ。
それともトップがすごい頭いいヤツかもしれない。
とにかく、今戦ってる狩人さん達が、勝ってくれたら問題ない、ってことだよね。
そんなことを考えてたら、お父さんのスマフォが着信した。
戦いの結果だ。
そんな勘が働いた。
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