わたしがやるしかないじゃない!
思いもよらない悪意
証拠が出せないのはどうして?
サロメとサロモばあちゃんが元に戻って、三日後。
狩人の仕事が回ってきた。
「久しぶりだねぇ」
『ずっと訓練ばかりだったからな』
魔器は、今までハルトさんが使っていた剣だけど、中身は今まで通りのサロメ。
手触りの違う柄と、慣れた相手との話に、なんだかちょっとくすぐったく感じる。
「今日は魔器が代わってから初めての戦いになるから、弱めと思われる夢魔が相手だよ」
お父さんがそう言って、いつものように贄の情報を話してくれた。
三十代のサラリーマンで
お父さんはすぐに低級夢魔の気配を感じて、今夜、仕事となったわけだ。
「侵食され始めたばかりってこと?」
「多分ね。感じた夢魔の気配は弱かったから」
「りょーかい。それじゃ行ってくるよ」
お父さんの作った渦巻きトンネルにジャンプした。
夢の中は会社の中っぽい感じだ。パソコンとかたくさんあって、なんか難しそうなことが書いてある紙が机の上に山積みになってる。
入って早速、焦りのようなせかされる感じが伝わってきた。
体調悪くて会社休んでるから、焦ってるのかな。
……って考えてたら早速来た。
景色が暗いマーブル模様に包まれて、肌をチリチリといやらしく刺激する気配がまとわりつく。
サロメに手をかけた。
手触りがちょっと違うことに驚いて、すぐに、あぁそうか、と思った瞬間。
「おいこら、なんだこの報告書は? 今日中にきちんとやり直せ!」
なんかすっごいイヤミなおっちゃんの声が聞こえてきたかと思ったら、周りから大量の紙が飛んできた。
一瞬で周りが紙だらけ。サロメを振るって叩き落としてくけどキリがないよ。
その間にも紙があっちこっちかすって、カッターナイフか何かで斬られたみたいに痛い。紙って結構スパっと切れたりするもんね。
あぁ、もう! 面倒くさいっ。
サロメの魔力が戻って、わたしもその影響で扱える魔力が増えてるって話だ。
だったらこんな前座、さっさと消し去ってやる。
サロメを大きく振りかぶって、気合い一閃。
それまでわたしの周りを飛んでいた紙の渦が、一瞬にして消し飛んだ。
どうよっ。
『ふむ。まずまずだな』
前まではちょっと技(?)を使ったら『ワシはもう疲れた』とか言ってたサロメが、まだまだ元気そうだ。
これなら夢魔の核にも楽勝できるんじゃない?
さぁ来い!
気合いを入れなおしてると、出てきたよ核が。
目の前に現れたのは、四十歳ぐらいの小柄でちょっとお腹の出たおっちゃんだ。贄さんの上司かな。すっごいイライラしてそうな顔で、みてるだけで元気なくなりそうな感じ。
お父さんの話だと低級夢魔ってことだったけど。
『思っていたよりも強そうだな。愛良、油断するな』
うん。夢魔から伝わってくるまがまがしい気は、低級のそれじゃない。中級クラスだ。
「今月の契約数はなんだ! もっとしっかり取ってこんか!」
精神力をごっそりと削って行きそうな声で怒鳴りつけてきたと思ったら、なんと部屋の中のパソコンが三台、こっちに向かって飛んでくる。
ひえぇ。ヤバっ。思いっきりジャンプして足元に降ってくるパソコンをやり過ごして、その上に降りる。よし、核に一気に攻撃を――。
って、わぁ! 今度は机が飛んできたっ。
避けつつ近づくには、やっぱりこれ。
空中に透明の道をイメージしてその上を滑る。飛んでくる物体を避けながら、夢魔へと一直線だ。
苛立たし気な顔で腕をふるってくるおっちゃんの上に瞬間移動。落下する勢いのまま、サロメを突き出す。
「力を解き放て、サロメ!」
白く輝く刀身に打たれて、おっちゃん夢魔が消えていく。
「新規契約取ってこいーっ!」
断末魔がそれかっ。思わず噴いちゃった。
地面にすとっと降り立って、サロメをそっと鞘にしまう。
よし、いい感じ。
『新しい動きも危なげないようで、なによりだ』
サロメがほめてくれた。
もう、駆け出しなんて言われたくないもん。ハルトさんが使ってた剣を使うんだから。
『結局はそこか』
あはは。いいじゃない。
さて、帰ろっか、と思ったら。
いきなり誰かの気配を後ろに感じた。
振り返ると、ヤツがいた。
「久しぶりだな牧野愛良」
スーツ姿の、トラウマ狩人こと、“トラウム・イェーガー”だ。もちろんつば広の帽子とサングラスもセットだ。相変わらずマフィアになりきりたいコメディアンっぽい。
「はいはい久しぶりですね。それではさようなら」
どうせしつこい勧誘だろうから、くるっと回れ右。できるだけ接触は避けるように言われてるし。
「こら待て」
「待たない」
「後悔するぞ」
「何そのチープな脅し」
「話を聞かねばおまえの大切なものを奪う、と言ってもか」
ますますチープだ。
けど、自信たっぷりな声の響きに、思わず立ち止まる。
大切なものって。
お母さんやお父さん? ハルトさん? さっこちゃんやクラスの友達? 狩人仲間達? それとも、サロメやサロモばあちゃんとか。
瞬時にいろんな人達が浮かび上がった。
「大切なものってなにさ。ヘンなことしたら斬るからね」
顔だけ後ろに向ける。
トラウマ狩人は笑っていた。かっこつけて、にやりと。
「強気だな。魔器の本来の力を取り戻して自信満々といったところかな」
「なんで、それ知ってんの」
睨むと、ヤツは半身になって腕組みした。さもキメてるって感じで。
そういやこいつってば、自称カッコイイ男、だっけ。いい年して恥ずかしい。
『今のワシと愛良ならばお主を切り伏せることもたやすいぞ』
サロメが珍しく挑発に乗った。
「それはやめた方がいい。交渉が決裂した場合は即、作戦が実行されることになっている」
『作戦とは?』
「君には」トラウマ狩人がサロメじゃなくわたしの顔を見て言う。「大切な者が多すぎる。先の私の言葉にきっといろいろと考えただろう。それは君の強みにもなるが、弱点にもなる。私の話を断れば、それを身をもって知ることとなる」
何よその孤高の悪役みたいなセリフ。
けど微妙に似合ってないって感じてしまうのは、初めて会った時のやり取りでヤツが二枚目になり切れないおっちゃんだって知っちゃってるからかな。
「それって自分がボッチだから嫉妬してんの?」
「うるさい余計な世話だっ」
ほら素が出た。
かっこつけたくてもキメきれないんだよね。
ニヤニヤしてやると、ヤツはこほんとわざとらしく咳払いした。
「相変わらず憎たらしい子供だ。とにかく、私と一緒に来い。母親にも会いたいだろう?」
「お母さんがそっちにいるって証拠がないと行かないって言ってるでしょ。電波は圏外になるけどスマフォの撮影機能は使えるんじゃない?」
『恐らくその辺りは気づいているだろう。だがこ奴らがそうしない理由があるとみた』
「えっ? 何それ?」
『居場所を特定されたくないのであろう』
サロメがきっぱり言うと、トラウマ狩人の表情がぴくっと動いた。
判りやすっ。
『母上を結界か何かで囲って魔力を遮断しておるのだろう。なのでこちらはどこに監禁されておるかつかみきれていないが、映像や音声で“つなげて”しまうと場所を特定できるやもしれん。それを恐れておるのだろう』
トラウマ狩人は応えない。でもさっきの表情からして、お母さんが「暁の夢」に捕まってて、サロメの考えが当たってるんだろうって確率が高そうだ。
「とにかく、わたしはお母さんがいるって確証がないなら、そっちには行かないから。ってか本当にお母さん捕まえてんなら返しなさいよ。犯罪じゃん」
犯罪、という言葉にトラウマ狩人が反応した。
唇の端を持ち上げる形で、笑みを作った。
なにそれ。犯罪を遂行する俺かっけー、ってやつ?
マジないわ。
「どうあっても私と来ないというのだね?」
その変な笑みを張り付かせたまま、ヤツはもったいぶった口調で言う。
「行かないって言ってるでしょ」
「ならば交渉は決裂だ。……後悔することになるぞ」
トラウマ狩人は大げさに踵を返して歩いてった。
この場で何もなかったことにほっとするけど、ヤツの言ってたのは気になるな。
「どう思う? 大切なものを奪うって、わたしのまわりを攻撃するってことだよね」
『そうだな。しかし手は打ってある』
「えっ?」
サロメは言う。
夢見の集会所のある一人が暁の夢と通じているという疑惑がある。人物は特定されていて、その人の実際の動きと心の動きを読み取って、彼らがどこに攻撃を加えてこようとしているのかも把握しているらしい。
心臓がどきどきしはじめた。やっぱり、裏切り者がいるってことだよね。
「それって誰のこと?」
『お主が知る必要はない。西脇氏も言うておったろう。大人の争いだ、と』
西脇ってマダムさんか。
『とにかく、お主らには関わらせないところで解決する』
自信満々のサロメの声を聞いたら、ちょっと落ち着いた。
でもいつの間にそんな話をしてたんだろう。
『お主らの訓練の期間、ワシらが夢見の集会所におった時だ』
なるほど。
そういえばサロメとサロモばあちゃんは広範囲でなくても特定の相手と念話できるんだっけ。そういうのも使ったってことだね。
それじゃ、心配しなくていいんだね。
『判ればよい。さて、帰るぞ』
裏切り者が誰かってのは気になるけど、こっちに関わることなく解決してくれるならそれでいいや。
そう思ってたんだけど。
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