彼が彼女で彼女が彼で
『愛良、ハルト、よくやった』
『元に戻れたんじゃよ』
サロメ達の浮ついた声に、ハルトさんと目をあわせて首を傾げた。
「戻った、って、サロメとサロモばあちゃんの意識が元の剣に戻ったってこと?」
『そうじゃ』
言われてみれば、ハルトさんが使ってた剣からサロメの、わたしが使ってたのからサロモばあちゃんの声がする、……気がする。
『元々、今日は愛良の魔力の調子がとてもよかった。つられるようにハルトも上向いてきていると感じておった』
サロメが、わたしが目をつぶっている間のことを説明してくれた。
わたしの魔力が急激にありえないほど高まったのを感じたサロメは、わたしをあおって自分をハルトさんに投げさせた。
同じように感じていたサロモばあちゃんもハルトさんに逃げるなと命じた。
わたしの手を離れたサロメの刀身が白く輝いて、ハルトさんもはっと気づいたんだって。
だから、サロモばあちゃんをサロメに打ち付けた。
瞬間、真っ白い光が辺りを包んだ。
わたしがまぶたの向こうに感じたのはこれだったんだ。
で、めでたくサロメとサロモばあちゃんの意識が入れ替わって元に戻った、ってことらしい。
よかった、……よかったんだけど。
「なんか、こう、ねぇ」
もっとかっこいいシチュエーションで戻ってほしかったよ。
胸見られたから感情高ぶって剣を投げたら戻りました、なんて外で待つみんなに説明したくないしっ。
「ん……、言いたいことは判る気がするけど、仕方ないというか……、戻ったからよしとする方がいっそ心は平和かもしれない」
ハルトさんも多分わたしと同じ気持ちなんだろう。
「あ……、愛良、その、ごめんな」
すっごく申し訳なさそうな顔されちゃった。
そんな顔見たら、怒れないよ。わざとじゃないんだし。
「いいよ。わたしこそ取り乱しちゃってごめんね。でもさ、このまま集会所の部屋に戻りたくないなぁ」
『この際、そのようなささやかなことを気にするな。お主の胸なぞ誰も見とうないだろう』
ぶちっ、と頭の中でなんか音が鳴った気がした。
「ちょっと元に戻ったからって浮かれ過ぎじゃない?」
笑顔を張り付かせてサロメを拾い上げる。
もっかいぶつけたらまた元に戻るのかなぁ?
『むっ、よせ。ワシが悪かった』
「よろしい」
「愛良が何を考えたのか、判った」
ハルトさんが、困り顔から、ちょっと笑顔になった。
結局、ハルトさんがいったん外に出て、マダムさんに「訓練で愛良の服が破れた」って言って服を借りてきてくれた。
経緯やどこが破れたとか詳しく聞かれなかったって。考えてみれば本物の剣を使って訓練するんだもん。今まで大きく破れなかったのが不思議なぐらいかも。基本寸止めにしてるからってのもあると思うけど。
借りてきてくれたのは、ふわふわの淡いブルーのブラウスだった。
そうか、大人な服ってこんな感じなんだ。下がジーンズだからアンバランスだけど、フレアスカートとあわせたらいい感じになれるかなぁ。
いつか、ハルトさんとお出かけ、なんてことになったらこんな服もいいかなぁ。お父さんにお願いしたら買ってくれるかな。
なんて夢を膨らませながら、訓練部屋から応接室に戻った。
「魔器達が元に戻ったのですってね。よくやったわ、ハルトくん、愛良ちゃん」
マダムさんが極上のマダムスマイルで迎えてくれた。
訓練前に話してくれていたケーキを前においてもらって、もう顔がニマニマする。
「愛良ちゃんの服がやぶけてしまうなんて、よほど激しい訓練をしたのでしょうね。甘いものを食べて、今夜はゆっくりと眠ってね」
あ、どんな経緯でどこがどう破れたとかつっこまれなかった。よかった。
ハルトさんをちらっと見ると、微苦笑してる。
「愛良が、今日は特に冴えていて。俺もいろいろと勉強になりました」
うわぉっ。ハルトさんにめっちゃ褒められたっ。
「でもやっぱりハルトさん強いよ。全然追いつけない」
口でそう言いながら、嬉しかった。ハルトさんと一緒に高めあって魔器の本来の力も取り戻すことができたなんて。
……そういえばさっきからオバさんが静かだな。いつも訓練から戻ったらイヤミや当てこすりの一言や二言や三言あるのに。
今日は黙ってケーキ食べてお茶飲んでるだけだ。
わたしが活躍したってハルトさんがほめて、悔しくて口をはさめないのかな?
『ワシらが本来の力を取り戻したし、これで夢の中で「暁の夢」の連中と会っても簡単にやられはせんだろう』
「とは言っても、愛良ちゃん達にはあまり無理はしてほしくないわね。大人達の争いに子供を巻き込むのは、やっぱり心苦しいわ」
マダムさんが心配そうな顔になった。
子供、か。
そうだよね。狩人になって一人前まではいかなくても、それなりに戦ってきた自負があるけど、マダムさん達から見たら子供だよね。
大人っぽいハルトさんだって未成年だし。
「無理はしません。お母さんを助けてもわたしがどうにかなっちゃったら、意味ないから」
『そうだな。それがいい』
わたしの近くに置いてある「サロメ」が同意した。
そういえば、さ。
わたしの相棒はサロメだけど、もともと「サロモ」だったんだよね。
これからなんて呼んだらいいんだろう。
それに、剣の中身が入れ替わってるってことは、今まで使ってた剣をそのまま使うなら、わたしが「サロメばあちゃん」を、ハルトさんが「サロモ」を使うことになるんだよね。
うー、ややこしい。
『呼び名は、今のままでよい。次の持ち主からは本来の名を呼んでもらう』
『どちらを持つかは、ハルトと愛良が決めるといいじゃろ』
考え読まれたっ。夢の外では久しぶりだなこのプライバシー侵害感。
『疑問に答えてやったのだ。文句を言うな』
「はいはい」
もう判り切っている返事だったから適当に流して、ケーキをパクっと口に入れた。うーん、甘くておいしい。
「どうする?」
ハルトさんに尋ねられた。
うーん……。
ずっと使ってた「魔器」は今のサロモばあちゃんなんだよね。そっちの方が手になじんでていいかも。
それにサロモばあちゃんは、サロメより口やかましくなさそうだし。
……でも、なぁ。
サロメと離れるとなると、寂しいかも。
「ハルトさんは?」
どっちがいい? と振ってみた。
「俺はどっちでも。愛良に希望があるならそっち優先でいい」
振り返されたっ。
それじゃ、えーっと。
――んっ!? 今気づいたけどっ。
サロメを選ぶと、今までハルトさんがずっと使ってきた魔器を使えるってことだよね。
ハルトさんの手元にあったのがわたしのところに。わたしが使ってたのをハルトさんが使うことになるんだっ。
それってちょっと、ドキドキだよっ。
「サロメとずっとやってきたから、今からパートナーが代わるのはちょっと調子狂っちゃうかも。あ、別にサロモばあちゃんが嫌とかじゃなくて、ね」
『判っておるよ。愛良は優しいねぇ』
『フン、みだらな――』
『愛良はおまえさんと離れるのが寂しいと考えておったじゃろが。おまえさん、その時に喜んだじゃろうが。まったく素直じゃない』
『……むぅ』
サロメの不満の声にかぶせてサロモばあちゃんがフォローしてくれた。
よかった。ばあちゃんが止めてくれて。持ち物うんぬんって考えもダダ漏れだって失念してたわ。
けど、サロメとサロモばあちゃんって、こっちに声を聞かせなくても会話できるんだね。
『それぐらいのコントロールはできる。広範囲でなく個別に話をすることもな』
「へえぇ、さすが一対の双剣って言われてるだけあるね。元々兄妹だったからってのもあるのかな」
感心してると。
「魔器の管理は、どうするのですか?」
オバさんが尋ねてる。そういや、わたし達が戻ってから一言もしゃべってなかったよね、珍しい。明日大雨なんじゃない?
「今まで通り、ハルトくんと愛良ちゃん、それぞれでいいと思うわ。愛良ちゃんのところは牧野先生が管理することになると思うけれど」
マダムさんが応えた。
「そうですか」
相槌をうって、オバさんはまた黙った。時々魔器達をチラチラ見てるみたいだけど。
何か気になることでもあるのかな。
ま、いいや。
「それよりハルトさん、前に言ってた卒業のお祝いだけど、連休のどこかでどう?」
三月の第三週に春分の日を含めた三連休がある。わたし達もその辺りで春休みに入ってるし、ハルトさんの卒業式も終わってるだろう。
「俺はいつでもいいよ」
「そっか。それじゃまたメッセするよ」
「判った」
それからちょっとの間、ケーキを美味しくいただきながら、ハルトさんと青井兄妹や冴羽くん、きらちゃんの話をした。
マダムさんはにこにこして話を聞いてくれてて、オバさんは、やっぱり黙ったまま。
いつもの邪魔が、全然ない。
静かなのはいいことだけど、ちょっと不気味。
魔器について何か考えることがあるっぽいけど、なんだろう。
……気になるけど、今はいいや。
わたしはハルトさん達とのおしゃべりに意識を戻した。
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