これは、ないわっ!!

 次の日、夢見の集会所へ行ったら、マダムさんと、ハルトさんの隣に夢見の古川オバさんがいた。


 なんであんたいるんだよ。テンション下がるっつーの。

 とは口にせず、愛想笑い。

 性格悪い女の子ってハルトさんに思われたくないもんね。


「久しぶりね愛良ちゃん。テストどうだったの?」

「まぁまぁです」


 そう、今日返ってきたのは、そんなに点数は悪くなかった。


「まぁまぁって、どれぐらい? 六十点とか?」


 普通は、まぁまぁっていったらそんな感じの点数なんだろうけど、オバさんの口調とか表情とかで、なんかナメられてる雰囲気がひしひしと伝わってくる。


「いえ、七十五とかです」

「それでまぁまぁなんだ、すごぉい」

「はぁ、そうですか?」


 それ以外、なんて答えていいのやら。


「愛良は文系と理系、どっちが得意なんだ?」


 ハルトさんが尋ねてきた。


「どっちかっていうと国語と社会で文系だけど、夢とか心理学って理系なんだよね?」

「そうとも限らない。生物化学は理系だけど心理学はむしろ文系だ。理系寄りのこともするけど」


 へぇ。何もかも同じところへ、っていうのが無理ならせめて心理学方面から似たような職に就きたいな。


「そうなんだ。ありがと。それじゃ、そろそろ訓練しよっか。今日はあの動きで模擬戦だよね」


 よし、とハルトさんが立ち上がった。


「頑張ってね。今日は美味しいケーキが手に入ったから、訓練が終わったらみんなで食べましょう」


 マダムさんがにっこりマダムスマイル。


「ケーキ? わぁい、楽しみ。頑張ってきます」


 訓練の後の楽しみができたから、オバさんの存在は心の端っこに追いやってしまって気分上がったよ。


 いつものように、相棒の魔器を持って訓練部屋へ。

 今日は雑念に惑わされずにやるぞ。

 って、昨日だって真剣だったのは間違いないんだよ。

 ……楽しんでたけどね。


 まずは軽く昨日の復習ってことで、地面や空中を滑ってみる。急激な反転でも小回りが利くように意識しながらやってみる。

 昨日、楽しんで滑ってたからか、怖さがなくなったって自分でも思う。

 ハルトさん効果絶大だ。


「まだちょっとぎこちないところもあるけれど、お互いいい感じだな」

「うん。イメトレもしてきたし」

「熱心だな」


 ハルトさんが感心して笑った。


「それじゃ、模擬戦やってみるか」


 わたしはうなずいて、サロメに手をかけた。

 訓練では動かん、とか言ってたサロメを思い出して、ちょっと笑いながら、引き抜いた。

 今日も綺麗な刀身だ。


 ハルトさんもサロモばあちゃんを手にしている。さすが一対の双剣ってだけあって、サロモばあちゃんもすごく綺麗。


「よし、いくぞ」


 掛け声を合図に、二人とも動き出す。

 最初は真正面から突っ込んでみる。さっとかわされたけどそれは予測済み。

 ハルトさんが避けた方向へ転身してサロメを突き出す。


 てっきりサロモばあちゃんで受け止めると思ってたのに、ハルトさんは体を少し傾けるだけで避けてしまった。うわ、すごっ。


 体制を崩さないで反撃に出てきたハルトさんの刃を、サロメで上から押さえるようにしてそらす。

 刃をあわせたまま前に突っ込んだ。ハルトさんが反撃できない体勢で押してから、剣の背をハルトさんの胸にヒットさせる算段だ。


 いける、と思ったけどわたしより速いスピードでハルトさんは後ろに下がる。


 むぅ。動きそのものもだけど、こっちの狙いとか状況を把握してから動くのが速いんだよね。これは経験の差か。ハルトさんの戦いのセンスがすごくいいのか。

 じゃあわたしはかなわないところで勝負するんじゃなくて、わたしなりに得意なものを見つければいいんだ。経験は続けてたらついてくる、と思う。


 サロメが、わたしは魔力を外に放つのがいいって言ってた。

 それですぐに思いついたのは動力シューズだったけど、ハルトさんも軽くまねできるぐらいのじゃ、ダメだ。

 なら、小説とかマンガとかゲームとかで見たをやってみるか。


 わたしがじっと止まって考えてるのを、ハルトさんもじっと見てたけど。


「こっちからも、いくぞ」


 そう宣言して、剣を下段に構えて迫ってきた。

 よし、試すチャンス。

 今まさにハルトさんが剣を振り上げようとしたタイミングで、わたしは大きく後ろに下がった。


 ――壁!!

 わたしがいた場所に、見えない壁を強く想像する。

 剣を振り上げたハルトさんが驚いて動きを止めた。っていうより、はじかれた感じ。


 うまくできたんだっ。

 この隙に。

 わたしは切っ先をハルトさんに向けて突き出した。

 自分で作った魔力の壁だから、自分の攻撃はそのまま通す。

 胸の前で切っ先をぴたりと止めて、……一本!

 ハルトさんの驚きの顔が、そのまま笑顔へと変わった。


「すごいなっ」


 息を弾ませたその一言だけで、ハルトさんがどれだけ感動してるのかがすごく伝わってくる。

 やった! 褒められたっ!


『透明な魔力の壁か。いろいろと使い道がありそうだな』

『魔力の使い道のアイディアは、愛良の方が柔軟に考えられそうじゃな』


 サロメとサロモばあちゃんにも褒められたっ。嬉しすぎる。


「でも、わたしの動きはまだまだ常識にとらわれてるって前に教えてくれたのはハルトさんだから、ハルトさんのおかげでもあるんだよ」


 そう、一番最初にいろいろやろうって思うきっかけをくれたのはハルトさんだったんだ。それを忘れたくない。


「そんなことも言ったっけな。それじゃ俺もおまえに負けないぐらい、いろんな戦い方を考えていかないと」


 ハルトさんと見つめあって、にっこり笑って、拳をあわせた。

 よしっ、これからも頑張るぞ。


 ってことでそれからもあれこれ試しながらの模擬戦を続けた。

 さすがハルトさんはこっちの作戦を読むのが早いから、そうそう一本は取れない。それどころかわたしが考えた技をハルトさんも使ってくるから、より取られやすくなった。


 それでも前みたいに焦ったりしない。わたしだけおいてかれるわけじゃなくて二人で高めあっていくんだ。そう思うとすごく力が湧いてくる。


 右に左に上に下に、手前に奥に。

 本当に縦横無尽にわたし達は訓練部屋の空間を使って戦った。


 なんだろう、すごく心地いい気が高まってくるのを感じる。

 よし、それじゃ新しく思いついた技を試してみよう。

 いったん遠くに離れたと思ったら、ハルトさんの目の前に瞬間移動するイメージをする。ちょうどこっちの剣の間合い辺りに、一気に移動だ。


「うわっ」


 ハルトさんの焦った顔に、やった、と思いながらサロメを振り下ろす。

 ハルトさんもサロモばあちゃんを振り上げて、こっちの刃にあわせようとしてるみたい。

 けど、剣が触れ合うことなく、サロメの切っ先がハルトさんの肩をかすった。

 で、サロモばあちゃんの切っ先がわたしの胸あたりをかすめてく。


 お互い一本取り損ねって感じか。

 けどなんか、胸がスースーするんだけど。

 って、……へんじゃない?

 視線を落とす。

 ……服が、破れて、る?

 それどころかスポーツブラも……。


 ハルトさんを見る。

 すっごい目を見開いてる。で、顔をそむけた。


 えっ、これって、……えっ?

 見られたってこと? 悲しいくらいに女の子してない胸をっ?


 無言で目をそらしたってことは、見たくなかったってことだよね。そりゃそーだよねこんなささやかなの。色っぽさなんてカケラもないんだもん。


 でもでも、でもでも、それってないわっ!!


 涙がぶわわぁっとあふれてきた。

 どうしようもない感情も胸に広がってくる。悲しいやら、怒りやら、情けないやら。


「い゛や゛あ゛あ゛ぁぁぁっ!!」


 両腕をクロスして胸をかくして、思いっきり泣き叫んだらひどい声が出た。

 きゃーっじゃないとこも、もうすでに女じゃない。

 あぁ、もう、嫌われたっ。

 目をぎゅっとつぶって泣き続けた。


「あ、愛良……、えっと」

『おぉ、これは……』

 ハルトさんのうろたえてる声が聞こえる。

 それにかぶせるようにサロメのつぶやきも。


 何が、これは、よ。あんたも今更わたしのナインペタンを見て呆れてるってかっ。


『愛良、ワシをハルトに投げよ。シツレイな輩に鉄槌を下してこようぞ』


 意外な提案。サロメにハルトさんの思考が聞こえたのかな。

 だったら、行ってこいサロメ。


「ちょ、何言って――」


 ハルトさんの慌てた声がするけど構うもんか。サロメを手に取って声がしたほうに投げつけた。


『ハルト、逃げるな』

 サロモばあちゃんの声。


 その一瞬後、甲高い音がした。

 と同時につぶってるまぶたの向こうがすごく明るくなった。

 ハルトさんの軽い悲鳴がした。


 ……なにがあったんだろう。


 明るさが落ち着いてから、ゆっくり、そっと、目を開けた。

 呆然と立ってるハルトさんの足元に、サロメとサロモばあちゃんが転がっている。


『――ついに』

『やったぞ』


 魔器達の歓喜の声が聞こえてきた。

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