教室も訓練部屋もドッキドキ

 月曜日。

 いよいよ学年末テストが迫ってきて、教室の中の空気が二つに分かれてる。


 今までの点数を維持したい、落としたくない、点数をあげたいって思ってる人達の緊張した雰囲気と、もうあきらめちゃってる人のお気楽ムードだ。あ、余裕な人達もこっちに入るかな。


 わたしは、それとは別の緊張で教室に入った。

 さくっと、自然に、「きらちゃん」って呼べるかな。


 エアコンのあったかい空気と、廊下のつんっと冷たい空気がまじりあう教室で、おはようのあいさつが飛び交う中、わたしは自分の机に向かった。


「おはよー愛良」

「おはよー。なんか今日寒くない?」

「もうすぐ三月なのにねー」


 そんなやり取りをしてると、きた、葛城さんだ。


「みんなおはよー」

 声かけられた。


「おはよー、……きらちゃん」


 できるだけ自然に言ったつもりだけど、グループのみんなが「えっ?」みたいにこっち見た。

 やめてー。そこで注目しないでー。


 当の葛城さん、改めきらちゃんが、大きく目を見開いた。

 そして、めっちゃ笑顔になった。


「おはよう、愛良ちゃん」


 今度は「おおぉっ」ってどよめきが起こった。

 それからはもう、ちょっとしたお祭り騒ぎだった。


 なんで今このタイミングでなのか、とか、実は愛良はきらちゃんのこと好きじゃないんじゃないかって思ってたとか、とにかくよかったとか、いろいろ言われた。


 こんなに、心配されてたんだ。

 きらちゃん見たら、今まで見たことないような笑顔になってる。

 うわぁ、かわいいよその笑顔。

 そんなに喜んでくれて、わたしも嬉しいよ。


「よかったね、きらちゃん」


 そこに乗っかるみたいに、さっこちゃんも名前呼びに切り替えたものだから、授業のチャイムが鳴るまでわたしらのグループはクラスの中で浮くぐらいに騒々しかった。


 これでうちらグループが本当に一つになった、って感じがする。

 よっし、この上向いた調子でテストも頑張るぞ。




 ……終わった。

 三月に入ってすぐ、学年末テストが終わった日、わたしは真っ白になっていた。

 空白の十日間は思ったよりダメージが大きかった。今までのテストより難しかったこともあるけど、やっぱり日ごろの調子を崩すと持ち直すのが大変なんだなぁ。


 まだ結果は返ってきてないけどお父さんに何か言われそうだなぁ。狩人活動禁止! まではいかないことを切に願うよ。

 あぁ、もう暦の上では春なのに、空気が身にも心にも冷たい。


 とりあえずテストは終わったんだから、今日からまたハルトさんとの訓練再開できるのが、大きな救いになってるけど。

 これはもう、今日の訓練で気分転換するしかない。


 実は、試してみたいことがあるんだ。


 テスト勉強の合間に、自分の魔力をどう戦いに生かしていくのか、イメトレしてたんだ。息抜きというより勉強つらいから現実逃避かもしれないけど。


 家に帰ってすぐ動きやすいシャツとジーンズに着替えてジャンバー羽織って、自転車を全力でこいで夢見の集会所に向かう。


 早く着きたい。ハルトさんに会いたい。訓練したい。

 ひと漕ぎひと漕ぎ、力いっぱい踏み込む。


「こんにちはー!」


 集会所について、噴き出した汗もぬぐわずに挨拶する。


「いらっしゃい愛良ちゃん。元気ねぇ」

「はい。やっとテストが終わったんで」


 マダムさんがいつものようにホホホと笑う。

 その奥の居間に、ハルトさんがいた。椅子に座ってお茶してる。

 二週間ぶりだ。


「テストお疲れ」


 その一言で、ちょっとした笑みで、もう悩みは吹っ飛んだ!

 急いできたから息が少し荒いわたしに、マダムさんがお茶を淹れてくれた。

 ほっと一息ついて、さぁ修行――。


「テスト、どうだったんだ?」


 ぶふぉっ!

 お茶、噴きそうになった。


「あんまり、か」

 読まれてるしっ。

「まぁ極端に下がっちゃったってことは、ないと思う。思いたい」

 わたしの切望にハルトさんもマダムさんも笑う。

 いや笑うとこ違うし。


「ま、それは返ってきてからってことで。今は修行優先ね」


 それじゃとばかりにハルトさんが立ち上がった。

 相棒の魔器を取ってきてから、二人して夢の訓練部屋に向かう。


「今日はどうする? 久しぶりだから動きの訓練か?」

「そうだね。試してみたいことがあるんだ」

「へぇ? 何を?」

「サロメが、わたしは魔力を外に出して使うのがむいてるかもしれないって言ってたから、わたしなりに新しい動き方を考えてみたんだ」


 例えば、動力のついてる靴を履いてるみたいなイメージで動けないかとか。

 空間に板をイメージして、そこを蹴ったりして方向転換みたいな動きができないかとか。


『なるほど。大回りに動くよりいいかもしれんな。慣れれば道具のイメージなしでも素早い動きや方向転換もできるようになるかもしれん』


 サロメが賛同してくれたっ。試してみる価値ありだね。

 新しい方法で、ハルトさんの周りをまわってみることにした。

 まずは命名「ブーストシューズ」を履いているイメージで。

 動きは、スケートするみたいななめらかなのを強くイメージしてみる。


 ……華麗にターン、は、なんとかできたけど、思っていたよりも大回りだ。


『動きに怖さが出ているな』


 うっ、おっしゃる通り。

 スピードを上げると小さく回った時点でこけそうな気がしちゃって。

 でもそもそもこけるというアクシデントは、わたしがこけたくないって思ったら回避できるんだっけ。


「その動き、なかなか面白そうだな。動力付いてる靴を履いてるイメージか」

「わっ、さすがハルトさん。あたり」


 ハルトさんは腕組みして、ちょっと考えるしぐさをしてから、言った。


「どうせなら、空中を“滑って”みたらどうだ?」


 へっ?


 驚いてると、ハルトさんは微笑して、少し身をかがめた。

 スピードスケートのスタートみたく、ハルトさんが滑り出した。最初は地面の上を走るように。ある程度滑ってコツがつかめたのか、足の動きが減ってきた。


 そして、右足が地面を強く蹴るとハルトさんの体が宙に浮かんだ。

 足の動きがほぼなくなって、本当にエンジン付きの靴を履いてるみたいに体の傾きだけで方向転換している。


 うわぁ、すごい。きれい、かっこいい!


『見ほれとらんで、お主も試してみぃ』


 サロメにつっつかれて、うなずく。

 ハルトさんと空中滑走って、よくない?

 たんっ、と地面を蹴って浮かび上がる。空中に平面が、道があるかのようにイメージして、その上を滑る。


 飛びまわるのをイメージするより動きがなめらかな気がする。

 逆に、いきなりの方向転換は飛んでるイメージの方がやりやすそう。

 臨機応変に自然に気持ちを切り替えられるぐらいには熟練しないと、実戦で使うには難しそうだけど。


 先に滑ってるハルトさんを追いかける。まてまてー!

 ヤバっ、楽しいっ。楽しんでちゃいけない気がするけど、超楽しい。

 ハルトさんの顔も笑ってる。


 しばらく追いかけっこをした後、ハルトさんが、くるりとこっちを見た。

 わわっ。急に減速するから、思わず跳びこんじゃった形だよっ。

 衝突はしなかったけど、ハルトさんはわたしを抱きとめてくれた。


 大好きな人の顔がすごく近い。

 心臓爆発しそうっ!


「ずっとこうしてるのもなんだし、やってみるか」


 や、やるっ!? 抱きとめてからやることって? え? ちょ、待って?

 ぶわわぁっと顔が熱くなった。


『何を想像しているのだ馬鹿もん』

『まぁそう言ってやるもんじゃないよ』


 サロメとサロモばあちゃんの声に、はっとなった。

 ハルトさんが、わけわかんないって顔してる。

 よ、よかったぁ。伝わらなくて。

 ダメだ。一気に緊張して緩んだから脱力しちゃった。


「おい? 大丈夫か?」


 ハルトさんが支えてくれる。そういえばわたし達空中に浮いてるんだった。


「あ、うん。ちょっと疲れちゃった」

「今までにない動きでずっと動いてたからな」


 ハルトさんが納得して、わたしを支えたまま地面に降りてくれた。


「いつもより早いけど今日はもう終わりにするか」

「そうだね……。集中できそうにないし」


 訓練に注いでた集中力が、ハルトさんに向いちゃって、ドキドキする。


 あんなに近くに顔があったら、もう、ね。


 抱きとめてくれた手のあったかさも、力強さと優しさも。

 気遣ってくれる目も。


 ハルトさんが大好き。

 大声で叫びたい。


 でもガマンだ。釣り合う女の子になるまではっ。


 それじゃ新しい動きを使った模擬戦は明日ってことで、わたし達は訓練部屋を出た。


 体調整えないと。

 ……今夜、眠れるかな。

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