たった十日で失いかけてた

 次の日は、ハルトさんと対戦するんじゃなくて、ひたすらブーストに慣れる訓練をした。

 それなら俺もって感じでハルトさんも自主訓練をしていた。


 速く動いたり、回転したり地面を滑ったり、っていう動き自体はそんなに難しいものじゃない。イメージするとわりとその通りに動くことができる。

 けれどこれが戦ってる最中ってなると、途端に難易度が上がるんだよね。


「銃で曲撃ちしてたら自分で自分を撃ってしまった、みたいな話も現実にあるしな。動けるのと戦えるのはまた別問題って感じになるな」


 ハルトさんもそう言ってた。

 いろんな動きをやってみて、実際に戦いで使えそうなのを取り入れていくしかないね、って感じで、終了になった。


 次はテスト明けの三月だ。

 それまでハルトさんに会えないのは寂しいけれど、頑張らないと。


 そういえばまたオバさんが来てて何か言ってたけど、戦術のこととか真剣に考えてて、あの人が何言ってたのか覚えてない。

 毎日のように用事もないのに集会所に来るなんて、すごいヒマなんだね。

 ま、あの人のことは気にしないで勉強するぞ。




「さすが学年末、範囲広いよね」


 さっこちゃんが、さっき配られた範囲表をぶらぶら振ってため息をついた。

 二学期の期末テストから今までの範囲だけじゃなくて、一年間を振り返るから復習しておくように、なんて科目もある。

 これは油断ならないな。


「次の週末、みんなで勉強会する?」

 グループの子達が集まってきてて、そんな話が出てる。

「でもさぁ、みんな集まるとつい遊んじゃわない?」

「あるある」

 笑いが上がった。


 わたしもつい噴き出したけど、しっかり勉強したいし苦手は克服したいから、笑いごとじゃない。


 長くダラダラするとサボりたくなるから、昼過ぎに図書館の勉強室に集まって、自分の得意科目の勉強のコツを教えあう、って話になってきた。


「この時期、勉強室予約しとかないと埋まっちゃうよね」

「誰が借りる?」

「うちから近いから、行ってくるよ」


 立候補したのは葛城さんだ。


「わぁ、助かる」

「ありがとね、きらちゃん」


 きらちゃん? いつの間に名前呼びになってるんだ?

 なんかわたしの知らないところで葛城さん、ずいぶんみんなと仲良くなってるんだね。

 よかったよかった。




 無事葛城さんが図書館の勉強室を予約してくれたおかげで、土曜日にみんなで集まって、判らないところを教えあっていい勉強会になった。

 勉強室は二時間までしか借りられないから、短い時間でみんな集中できたのもある。


「愛良ちゃん、調子あげてきたね」

「まぁね。でもまだ不安だよ」

「それじゃ明日うちに来る?」

「なんかいつも悪いなぁ」

「なーに遠慮してんの。うちらの仲っしょ。一緒に高校行くためにも、ね」


 さっこちゃんがそういってくれるから、ありがたくお言葉に甘えることにした。

 二人仲良すぎ、とかみんなにからかわれて、照れ笑い。


 さっこちゃんとは大人になってもずっと仲良しでいたいから、そんなふうに言われると嬉しい。


 それじゃ、またねーって挨拶して、みんな家に帰ってく。

 ふと視線を感じてそっちを見たら、葛城さんがこっち見てた。

 何かちょっと不安そうな顔してるけど……。


「葛城さん、どしたん?」

「あ、ううん、何でもないよ。おつかれー」

「おつかれー。勉強室とってくれてありがとねー」


 手を振ったら、葛城さん、笑顔になった。

 不安そうって気がしたの、勘違いかな?


「愛良ちゃん、葛城さんのこと、実は許せてない?」


 帰り道でさっこちゃんがいきなり聞いてきて、びっくりした。


「へっ? 何を?」

「何をって……。葛城さんが転校してきてからのこと」


 他に何があんのさ、って顔された。


 あぁ、冴羽くんのことで張り合ってきて子供っぽい嫌がらせしてきたことか。


「全然? ってか言われるまで忘れてた」

「ならいいけど、じゃあ、なんで『葛城さん』のままなん?」

「そういや、いつの間にかみんな『きらちゃん』って呼んでるね」

「ちょ? いつの間にかって」


 すごい驚かれた。


 なんと、わたしが修行に熱中している間にグループの中で「もうすっかりうちのグループなんだし、いつまでも葛城さんじゃよそよそしい」って話になってたんだって。


「愛良ちゃん、あの時生返事だったから気乗りしてないって思ってた。グループに入れるきっかけは作ったけど、それ以上仲良くなる気はないのかな、って他の子達も言ってたよ」


 うわっ、全然そんなことないのにっ。




「強くなることだけを考えてた」

「この二年で失ったものは多いと思う。おまえはそうなるなよ」




 ハルトさんの言葉を思い出して、背筋がぞくっとした。二月の寒い空気が、いっそう冷たく感じた。

 もうすでに大事なもの失いかけてたっ。

 たった十日なのに。


「ああぁ、やっちゃったよ。どうしよぅ」


 そうか、さっき葛城さんがこっち見てたのって、そのことなのかもしれない。


 実は最近あまり体調良くなくって、って言ったら、さっこちゃんはうなずいてくれた。


「毎日疲れてるみたいな顔してたもんね。話も上の空だったし」

「みんなで何話してたのか、ほとんど記憶ないよ」

「らしくないなぁ。まぁでもそういうことなら、明後日から『きらちゃん』って呼べばいいんじゃない?」

「そうなんだけど……。なんか機を逃したっぽくて、なんで今なん? ってならないかな」

「葛城さんに誤解されたままより、いいんじゃない?」

「そりゃそうだけど、さっこちゃんは?」

「わたしは愛良ちゃんが許してないなら、って、ちょっと遠慮してた。愛良ちゃんがきらちゃんって呼ぶならわたしもそうする」


 気を使ってくれてたんだ。わたしだけ孤立しないように。

 さっこちゃんマジ女神。


「よっし、気合い入れて呼ぶぞっ」

「気合い入れるとこ違う」


 すかさずつっこんできたさっこちゃんに、二人して大笑いした。


 よかった。傷は浅く済みそうだ。

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