力を開放する

焦ってるわけじゃないけど

 ハルトさんと毎日訓練するようになって一週間。

 ……きっつい!

 全身を襲うのは、筋肉痛ならぬ精神通だよっ。


 夢の中の怪我は外に出れば治る。だから心配することなく二人とも思いっきり剣を振る。


 万が一、即死、なんてことになったらシャレにならないから一応首から上は狙わないことにしてるけど、ヒートアップしてるとギリギリかすめちゃうこともある。


 で、体のあちこちを斬られたり打撲したりしながら打ち合って。

 外に出たら動けなくなるぐらい体が重くなる。


 主にそうなっちゃうのがわたしだけっていうのがまたショックで。

 もちろんわたしも強くなってるから一方的にこっちが怪我ばっかりってわけじゃない。

 けど、まだ段違いなんだよね。


「お疲れさま。あらあら、また今日も愛良ちゃんがボロボロね」


 時々オバねえさんも集会所に来ては、イヤミな一言を言っていく。

 なんで来てんのよ。この修行にあんた関係ないでしょ。

 あー、イライラする。


 こいつにバカにされないためにも、強くなりたい、強くならなきゃ。

 気合いなら誰にも負けない。


「愛良、……大丈夫か?」


 次の日、夢見の集会所で顔を合わせたらハルトさんに心配された。


「大丈夫だよ。さ、今日の訓練はじめよっ」


 ハルトさんはまだ心配そうにしているけど、わたしはずんずんと隣の部屋に行く。

 マダムさんが開いてくれている武器庫へのトンネルを抜けて、サロメを手に取った。

 後ろからついてきたハルトさんもサロモばあちゃんを手にする。


 いったん部屋に出て、マダムさんに訓練の部屋を開いてもらう。


「無理しないで頑張ってね」


 マダムさんのほっこり笑顔に見送られて、トンネルにぴょんと飛び込んだ。


 ここに飛び込むの、最初はすごく怖かったっけ、ってふと思い出す。

 木刀を折られたくないって逃げ回ってた最初のアロマさんとの訓練から一年。

 わたしは強くなった。

 これからだって。


 トンネルからちょっと離れたところでサロメを抜いて構える。


「それじゃ、始めようか」


 同じように構えたハルトさんの顔からすっと笑みが消える。

 真剣そのものの表情。

 前はそれを怖いとか不愛想とか感じて、苦手だった。


 その顔を、ちょっとでも驚かせたい。よくやったって、言ってもらいたい。

 そしてサロメとサロモばあちゃんを元に戻すんだ。


 打ちかかる。

 あっけなくかわされた。


 勢いよくハルトさんの隣をかけながら横薙ぎに剣をふるう。

 こっちの攻撃をかわしているハルトさんが振り下ろした剣の切っ先が、びゅんとわたしのすぐそばで鳴った。


 すぐさまUターン。刃を下からすくい上げる。

 ハルトさんが防御する。刃と刃がかち合った。


 まだまだっ。

 軽くジャンプして今度は頭の上から――。


 ハルトさんが手を挙げた。てのひらから魔力が噴き出す。

 しまった!


 ちょっと体をひねったけどよけきれず、肩に白い魔力の塊が直撃した。

 空中でよろけて、少し後ろに下がって着地。


 はぁ、と息を吐くとハルトさんが少し表情を緩めた。

 今だっ!

 切っ先をハルトさんに向けて突き出す。


 一瞬にして狩人の表情に戻ったハルトさんが、サロメの腹を横薙ぎに払いのけた。

 バランスを崩して前のめりになったわたしの背中に、サロモばあちゃんの背が当てられた。


 悔しい。


 それから、何度も勝負した。

 けど、わたしがかろうじてとった本数より、ハルトさんがわたしからとった本数がはるかに上回る。

 全敗じゃないだけマシだけど。


「そろそろ終わろうか」

 軽く息を切らせながらハルトさんが言う。

「それじゃ、最後の一回」

 わたしが肩を上下させながらもサロメを構えるのをじっと見て、ハルトさんは首を振った。


「愛良、焦ってもいいことはない。焦ってた俺が言うんだ。間違いない」

「別に、焦ってなんか、ないよ」


 胸の中がごちゃごちゃしてるけど焦ってるわけじゃない。


「そうか? それならいいけど。俺は狩人になる前、なってからも、強くなることだけを考えてた。夢魔を狩ることだけ。この二年で失ったものは多いと思う。おまえはそうなるなよ」


 ドキっとした。


 確かにこの一週間、修行を一番に優先してて、体力も精神力も修行に合わせてた。

 勉強に身が入ってないし、友達とのやりとりもおざなりだ。


 ぐっと言葉を詰まらせたわたしの頭をぽんぽんってなでて、ハルトさんが微笑した。


「それじゃ、また明日」


 どうしていいのか判らなくなっちゃったわたしに気を使ってくれたんだろうか、ハルトさんは先に訓練部屋を出て行った。


『ハルトの言う通りだ。父上も心配しておる』

「お父さんが?」

『愛良に多くを背負わせすぎかもしれない、と。ならいっそ、狩人に関わる活動を休ませようか、とも考えておるようだな』


 それはダメっ!

 お母さんを見つけるためには、強くならないと。

 それに、ハルトさんとの接点がなくなっちゃう。


『お主は、何のために修行するのだ。この修行の一番の目的は、何ぞ。それを見失ってはならん』


 ガミガミじゃない、サロメの諭すような口調に、落ち着かなきゃって気持ちがわいてくる。


 やりたいことはたくさんある。

 けど、狩人になった目的は、一つしかない。

 お母さんを探すんだ。

 捕まってるかもしれないなら助け出すんだ。


 お母さんを捕まえてるのが強いヤツみたいだから、強くなりたい。サロメとサロモばあちゃんを元に戻したい。


 ……ハルトさんのことは大事だけど、ハルトさんとの時間は、ここにいる限りこれからもたくさん作れるから。


『ならば、それだけを考えて挑め。少なくとも修行の間は』


 うん。


 けどさ。


 元はと言えばサロメとサロモばあちゃんが入れ替わっちゃったのが問題なんじゃないの?


『そうとも言うやもしれぬ』

「そうとしか言わないでしょっ」


 声に出して、おかしくて笑った。


『それでいい。お主は笑っている方がよい』


 何その口説き文句みたいなの。


『誰がお主のような尻の青い小童を口説くか馬鹿もん。ほれ、帰るぞ。ワシゃ疲れた』


 はいはい。御年おんとし五百歳だもんね。いたぶり、あ、違った。いたわりましょう。


『なんと不穏な』


 気にしない気にしない。


 ……ありがと。ちょっと気が楽になったよ。

 明日はもっと純粋な気持ちで修行できそう。

 あ、そうだ。オバねえさんが余計なこと言ってきたら、オバねえさんを斬るつもりでやればいいんだ!


『げに恐ろしきは女……』

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