新たな強敵がひょっこり現れた

 サロメとサロモばあちゃんがともに目覚めた時、活動範囲内にすごく強い夢魔がいたそうだ。

 サロメ達の持ち主の狩人は、もっと強くならないと、って考えたんだって。


 それは当然の流れだよね。


 で、狩人の二人は修行をした。実際にサロメとサロモを手に、まさに真剣勝負の形で。

 二人の力は上がっていくけど、まだまだ足りない、と、ある日二人は足場の悪い山の中で修行することにした。不安定なところでも戦えるようになったら夢の中での立ち回りもよくなるだろう、って。


 それって……。


「あの時見えた、あれがそうなんだ?」

『そうだ……、お主らが見た光景のすぐあとに、事故が起こった』


 サロメが重いため息をつく。まぁ実際は息なんてでないから、ため息をついたような気配なんだけど。


 それからしばらく、沈黙。


 サロメは話したくないのか、うーむ、と低い声を漏らしてから、また一つ息をつく。


 それほどのことが? 一体なんだろう?

 みんなも、息をつめてサロメを注目している。


『きゃつらは、ワシらを手にした狩人達は、打ち合うことに気を取られすぎ――』


 気を取られすぎっ?


『山の斜面からもつれ合って転がり落ちたのだっ!』


 ……ふぁっ?

 あの時心配したまんまになったってこと?


「えぇっと、それが、サロメ達の力と何の関係が?」

『斜面を転がり落ちた後、なんと、ワシとサロモが入れ替わっておったのだ!』


 どどーんって音がしそうなぐらいに重苦しいサロメの声、だけど。


「つまり、サロメとサロモの意識が入れ替わった剣になったってことか?」


 ハルトさんが、今までに見たこともない間の抜けた、あ、いやいや、驚愕に打ち震えた顔でつぶやくように言った。

 判る、判るよその気持ちっ。


「転校生……」


 お父さんがぼそりと言ったけど、なんでそこで転校生?


『不本意ながらその通りだ。以来、ワシはサロメ、サロメがサロモと名乗ることとなった』


 本当の名前はサロメがサロモでサロモばあちゃんがサロメってことなんだね。


「サロメって女の人の名前なのにって思ってたら、そういうことだったんだ。……なんであの時に教えてくれなかったのさ」




 ――そういえば、サロメって女の人の名前なんだよね。なんでコイツの人格がじじぃなんだろう。実はおかま――。

『余計な詮索はせんでよい』




 去年の夏に、こんなやりとりしたんだ。


『あの頃のお主に、実はワシらがもっとすごい力を持っておると言ったら安心して修行を怠ったやもしれんからな』

「そんなことないしっ。そもそも、元に戻らないとその力も発揮できないんでしょ?」

『う……、うむ……』


 すごく気まずそう。もしかして恥ずかしいんだ?


『とにかく、お主が強い夢魔と邂逅せなんだら、ワシらが力を失ったことも告げんでもいいと思うておったのだ』

『じゃが、因果じゃな。おまえさんらはあの夢魔に会ってしもうた』

『だから真実を打ち明け、ワシらが元に戻る方法を共に考えてもらいたいと思ったのだ』


「それじゃ、ひょっとして青の夢魔って二百年前にいた強い夢魔と同じなの?」

『そのものではないだろう。気配が違うからな。アレがワシらを気にしていたのは、何らかの形で記憶がうっすらとあるのか、それともワシらの本来の力を感じ取って危険視したか』


 サロメの言葉を最後に、部屋はちょっとした静けさに包まれた。

 誰も何を言っていいのか判らないって感じ。

 そうだよね。原因はばかばかしいって笑えるぐらいなのに、そのせいでサロメ達の本来の力が発揮できてないなんて結構重大な弊害があるわけだし。


「一番簡単に思いつくのは、同じ状況で同じようにしてみるってことだけど」


 お父さんが言う。


『その方法はすでに何度か試した』


 だろうなぁ。


『衝撃が走って不愉快なだけじゃったな』


 戦うんじゃなくて転がされるんだから不愉快だろうねぇ。


 ん? ひょっとして。


「サロメが鍛錬で動きたくなかった本当の理由って、怖くて痛いだけだから?」


 ぎくっ、て擬音が聞こえてきそうな動揺が伝わってきた。

 エラソーにしてて実は怖いから動きたくないとかっ。

 人のこと散々バカにしておいてそりゃないわ。


「そっかぁ、じゃあその恐怖心を克服するために、たっかーいところから落としてみようかぁ。鍛えないといけないもんねぇ?」


 にやぁって笑って言う。


『年よりはいたわるものだぞ』

「都合のいい時だけ『年より』になるんじゃないよっ」


 部屋の中に笑いが起こった。


「まぁまぁ、愛良。一つ思いついたんだけど、山の中じゃなくて集会所ここの夢の部屋で訓練したらどうだろうか」


 お父さんが案を出してきた。


 サロメとサロモばあちゃんで打ち合うっていうシチュエーションがキーになってるんじゃないかってお父さんは考えたみたい。その状況を真似しつつ、もしも怪我をしても現実世界に戻ってきたら治るから夢の空間を利用するのがいいんじゃないかってお父さんは言う。


「愛良とハルトくんの鍛錬にもなるし、試してみる価値はあるんじゃないかって思うんだけど、どうだろうか」

「それはいい案ねぇ」

「名案だと思いますよ」


 マダムさんとダンディさんがすぐに同意した。

 わたしは、ハルトさんを見る。


「俺はいいけど、愛良は?」


 ハルトさんがそういうなら、わたしもうなずくしかないじゃない。


「もちろんOKだよ。頑張ろうね、ハルトさん!」

「うん、魔器が元に戻らなくても俺らが強くなったらまた状況も変わってくるかもしれないし」


 やった! またハルトさんと訓練できる。

 思わず握手の手を差し出した。

 ハルトさんは微笑して、握り返してくれた。


「腕前からしたら、愛良ちゃんばっかり怪我するかもしれないんだから、気を付けてね?」


 イラっとする声と言葉を発したのは、オバねえさんだ。

 悔しいけど、その通りだ。

 いい気分に水を差されて、むぅっとしてオバねえさんを見ると、なんかバカにしたように笑われた。


 ひょっとして、ひょっとしなくても。

 オバねえさん本当にハルトさんのこと好きでしょ。

 わたし達が一緒にいる時間が増えることにやきもち焼いてるんだ。


 いきなりのライバル登場だ。

 相手は大人の女性で、ハルトさんも大人っぽくて、わたしはチビっこい中一で。

 うぅ、前途多難。

 だけど負けないもんね。


「大丈夫です。ちょっとの怪我ぐらい平気です。わたしも強くなるし、もしもサロメ達が元に戻るならなおさら、やるしかないもん」


 受けて立つよ。

 にこっと笑って、オバねえさんの視線を真正面から受け止めた。


「わぁ、すごいのね、まだ子供なのに。偉いわ」


 オバねえさんもにっこり笑ったけど、判る。

 子供がしゃしゃるんじゃないって思ってるよね。


 ふーんだ、長期戦に持ち込んだら、どんどんこっちの方が有利だからね。余裕ぶってられるのも今のうちだよ。


 わたし達が心の中で戦闘開始のゴングを鳴らして笑顔でバチバチと視線を戦わせてる間に、お父さん達がこれからの話をしてる。


 とりあえずしばらくは、わたしもハルトさんも狩人のお仕事はしないで修行に専念することになりそうだ。

 いくら夢の世界から出たら怪我は治るっていっても、そのダメージは精神に来るから狩人としての仕事には出ない方がいい、ってことらしい。


 そうだよね。真剣を使った模擬戦だもんね。ダメージ半端なさそう。


「狩人が二人も戦線を離れるのは痛いが、致し方ないでしょう」

「大丈夫ですよ、綺羅璃きらりちゃんに頑張ってもらいますから」

「葛城さんですね。彼女もなかなかの素質があるので将来が楽しみです」


 ダンディさんとマダムさんが、うんうんとうなずいてる。

 葛城さん、期待されてるんだね。……なんかちょっと嬉しい。


「それじゃ、二人は学校帰りにここに寄って訓練していってもらう、ということでお願いね」

「はい!」


 サロメとサロモは集会所の保管庫に置いてもらうことにして、解散になった。


 ハルトさんを見て、にこっと笑う。

 その笑みをオバねえさんにも向けた。

 オバねえさんも笑顔だけど、面白くなさそうなのが隠せてない。

 ふふーん、しばらくペアの活動なくて残念だねっ。

 わたし、負けないもんね。少なくとも気持ちでは。

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