偏屈相棒の過去話

 次の日、日曜日の午後にお父さんと夢見の集会所に行くことになった。

 なんか大切な話があるらしい。


 ……あれ? なんでサロメまで持ってくの?


『今日の話はワシとサロモから、だからな』

 へぇ? 改まっちゃってなんの話だろう。

『皆が揃ってから話す』


 サロメの声がいつもより真剣で、すごく大切なことを話されるんだなって察した。


 緊張して、車の中で黙ったままだった。

 お父さんも真剣な顔してる。

 もしかして、お母さんに関することなのかな。

 見つかったの? だから作戦会議?

 そうだったらいいのに。


 ドキドキするわたしを乗せて、車が夢見の集会所に到着した。

 部屋にはマダムさんとダンディさん、ハルトさんと、鞘に入ったサロモばあちゃんと、ハルトさんの夢見のオバねえさんがいる。


 確か古川さん、だっけ? まぁいいや、口にさえ出さなきゃオバねえさんで。

 肩ぐらいまでのゆるくパーマを当てた濃い茶髪で、ワンピース着てて、眼鏡も大人っぽくて。

 ハルトさんのパートナー、か。

 ちょっと、嫉妬しちゃう。


 でもわたしは夢の中で会いに行けるもんね。

 気分を持ち直して、笑顔だ笑顔。


 こんにちは、久しぶりですね、なんて挨拶を一通りして、マダムさんがお茶を淹れてくれてる間に、オバねえさんに話しかけられた。


「直接話すのは、はじめてね」

「あ、はい」


 まさか個人的に声かけられるなんて思ってなかったからそっけなくなっちゃった。


「ハルトくんとの『デート』の時、愛良ちゃん、そばにいたんだって? 変な誤解させちゃってゴメンね?」


 クスクス笑ってる。

 ……なんか、イヤな感じ。

 ごめんねなんて言ってるけど、今もまたデートとか誤解上等みたいなこと言ってるし。


「また古川さんは。好きですよね、そういう冗談」


 ハルトさんがあきれ顔だ。

 会うたびにこんなふうに言われてるなら、うんざりもするよね。


「あはは、ゴメンゴメン。ハルトくん達の反応見てたらついつい」


 オバねえさんは、ひらひらっと手を振って面白そうに笑った。

 笑えないわぁ。サロメのオヤジギャグよりひどい。下手したらセクハラじゃん。


『ワシの方が高尚だと思うが』

『五十歩百歩じゃと思うぞ』

『やかましい、バアさん』


 サロメとサロモばあちゃんが二人揃ったら口げんかするのも、もはやお約束か。


 マダムさんがお茶を用意してくれて、雑談は切り上げになった。


 ちょっと、ほっとした。

 なんかオバねえさんとは話したくないんだよね。ハルトさんに近い存在だからって嫉妬もあるけど、なんか、雰囲気がちょっとわたしとはあわない感じがする。


「今日、集まってもらったのはほかでもない。魔器サロメとサロモから皆さんに話があるということだそうだ。私も長く夢見として活動してきて、また、夢や夢魔の研究をしてきて意思のある魔器とも接したことはあるが――」


 出た、ダンディさんの長演説。久々に聞くと笑えてくる。

 みんな、止めても無駄だと思っているのか、一応ふんふんと聞くふりはしている。


 ハルトさんをちらっと見たら、こっち見てちょっと笑った。

 今までより近い気がする。あぁ、いいわこういうの。


『さて、本題に入ってもいいかな?』

 ダンディさんの話の切れ目にサロメが話を切り出した。

『話というのは、ワシとサロモのことだ。実はワシらの力は完全ではない。とある理由によって本来の力を発揮できぬ状況なのだ』


 えっ? 何それっ?


「誰かに封じられたということか?」

 ハルトさんがつぶやいた。


 強力な夢魔と戦って、とか?


「そういえば青の夢魔がサロメとサロモばあちゃんをじっと見てたような気がする」

 わたしもぼそりと言葉にした。


『慌てるな。それを今から話すのだからな』

 サロメが一つ咳払いをして、ゆっくりと話し始めた。

『ワシとサロモは、狩人として夢魔を狩っておったのは、そうだな、今から数えるとおよそ五百年前か。今でいうヨーロッパのドイツ辺りに兄妹として生まれ、幼い頃から夢にまつわる不思議な力を持っておった』


 五百年前って、ほんっとにマジだったんだ……。


『よく、本当に自分が夢の中にいるような感覚を味わっておったのが始まりで、そのうち、それが夢ではなく現実だと気づいた』

「どうやって?」

『例えば、親戚、友人、近所の者達が話す夢と一致した光景を夢の中で体験していたり、だな』

「サロモばあちゃんも?」

『そうじゃよ。十歳になるかならないか、じゃったかな』

『それからほどなくして、夢魔の存在も知ることになった。最初はワシらに戦うすべなどなかったが、どうにかしてあの化け物を倒せないか、せめて追い払えないかと二人で考えるようになった』


 サロメ達は、寝る時に武器になるようなものを身に着けておけばそれも夢の中に持って行けるのでは、と考えて実践した。

 そして、それは成功した。


 以来、二人は夢の中で夢魔と戦うようになった。

 大人になって、普通に職についていたけど、悪い夢を見るという人の話を聞いては夢魔を退治しに行ってた。もちろん自分達が夢の世界に行けることや夢魔の話なんかしたら変人扱いされるから、悪い夢をよく見る人の相談にのるって形でこっそり活動してたらしい。


 夢魔が侵食していたなら退治するから、相談した人は悪夢を見なくなる。夢魔の仕業じゃなくても相談したって安心感で見なくなる人もいる。「サロメとサロモのおかげだ」ってウワサが広がって、今でいう夢見の集会所の前身のような集まりに声をかけられたんだって。


 それからは、寝なくても夢に行けるようにしてくれる夢見の存在も知って、魔力を高める修行もして、より強い狩人になっていった。


 今、二人が宿っている剣は夢見の集会所から借りたものらしい。


 長らく夢魔を狩っていた二人が引退を考えたのは七十歳ぐらいだって。本当に長い間、活動してたんだね。すごい。


『引退の時に、ワシらは自らの魔力を長年の相棒であった魔器に注いだ。魔力をすべて魔器に託したワシらはそれから夢の世界や夢魔に関わることなく、寿命でこの世を去った。またあの魔器を誰かが使って夢魔を退治てくれたなら、と願いながら』


 サロメは、懐かしそうにふぅっと息をついたような声を漏らした。


 なんかきれいに話がまとまっちゃったけど、それじゃどうして力を封じられたのか全然判らないよ。


『慌てるな。……さて、ワシらが魔器の中で人格を得たのは、それからおよそ五十年後あたりだったはず。正確な年月は覚えておらんがな』

『狩人がわたしらを手にする時期がずれていて、なかなか一緒に活動することはなかったが、二百年ぐらい前に、ぴったりと一致する時期があったんじゃ』

『その時に、あの忌まわしい事故が起こった』


 忌まわしい、事故。

 いよいよ話の核心に迫ってきたみたい。

 一体どんな出来事があったんだろう。

 わたしはごくっと唾をのんだ。

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