過去を乗り越えていく

今までと違う覚悟で

大切な人からの告白

 二月に入って、最初の土曜日。

 特に予定のない休日だから、家でのんびりしていた。


 と、スマフォがメッセージ受信の音楽を鳴らした。

 さっこちゃんかな? と思って見てみると。

 ハルトさんだった。


『今日、暇か?』


 ……えっ? も、もしかしてっ?

 いやいや、まさかまさか、そんなそんな。

 デート、の、誘いだったり、……しない?


 一気に頭に駆け上がる血流! ふるえるぞハートォォ!


『うん、特に何もないよ』


 この一文をうつのに何分かかったことか。

 過呼吸でダウンしそう。


『ちょっと付き合ってほしいんだけど大丈夫か?』

「つ、付き合うー!?」


 ハルトさんから来た返事に思わず大声が出た。

 よかった、今日、お父さん出かけてて。こんな大声出しちゃったら絶対「何があった!?」って心配してつっこんでくる。


『もちろん、喜んで』

 心臓が爆発しそうになってるのを感じながら、返信。


『そっち、行ってもいいか?』


 えっ? いきなり自宅デート? 今日、お父さん家にいないから、ハルトさんと、ふ、二人っきり!


 ぶふおぉっ! ダメっ。興奮しすぎて倒れそう。


 どうしよう? でもここで変に断ったら最初っからそういうこと意識してるヤラしい女の子だって思われるよね?


『いいよっ♪』

 妙に明るいテンションで返事をしてしまった。


『それじゃ今から行く。二時ごろかな』

『了解』


 さぁ、速攻片付けだっ。

 いきなり自室は恥ずかしいよね。でも話の流れでここにハルトさんが来るかもしれないから、リビングとここと、あとトイレも掃除しよう。

 三十分ぐらいしかないから急がないとっ。


 そうだ、お茶とおやつも確認しないと。

 ハルトさんってコーヒー? 紅茶? それとも緑茶?

 おやつはどんなのがいいかな。


 片付けながらあれこれ考えて。……やっぱりわたし、ハルトさんの好みとか全然知らないことを再認識してしまった。

 でもいいよね、これからじっくり知れば。


 それにしてもメッセージアプリで付き合ってなんて、ハルトさん照れ臭かったのかなぁ?

 イベントもなんもないタイミングでって、きっかけはなんだろう?


 ……ちょっと待って? 本当に付き合うってそういう意味?

 急にすぅっと冷めてきた。

 もう一度メッセージを見てみる。


『ちょっと付き合ってほしいんだけど』


 どうみても、カノジョになってって文章じゃないよね。

 はい、勘違いおつー。

 思わずがっくりとひざまずいた。


 よかった、変な返信しなくて。


 それじゃ、ハルトさんの要件ってなんだろう? うちじゃないといけないこと?


 とにかく片付けないと。

 一気に疲れを感じながら、変な笑みを浮かべてわたしはもくもくと手を動かすのであった……。




 二時ちょっと前にハルトさんはやってきた。

 片づけは何とか間に合った。よし、と気合を入れてハルトさんを迎え入れる。


「ハルトさん何飲む?」

「んー、何でもいいよ。用意しやすいので」


 うっ、好みが判らない。

 気を取り直して紅茶を淹れた。インスタントだけど。

 お菓子も出して、適当に世間話して。


 しばらくしてハルトさんが黙ったから、わたしもじっと言葉を待った。


「もうすぐ、アキナが、妹が夢魔の贄にされ始めてから三年になる」


 妹さん、アキナさんっていうんだ。

 され始めてってことは、すぐに殺されちゃったわけじゃないんだね。


「アキナはおまえと同じ、生きてれば今年中学生になっていた」


 同い年。

 急に夢魔の被害が身近に思えた。

 夢魔と戦ってて、小さな子供や近所の人を助けたりして近い存在ものなんだ、とは思ってたけど、それよりもぐっと近づいた気がした。


「五年生に進級する直前、元気だったアキナが体調を崩した。最初は、ただの風邪だってことだったんだ」


 それから、ハルトさんがアキナさんのことを話してくれた。


 最初の頃は、風邪薬を飲んで安静にしていたら元気になって、一学期の最初の方は学校にも普通に通ってたんだって。

 それが、六月に入る頃から、がくっと元気がなくなって、薬も効かなくなってきた。


「今思えば、最初の頃はしっかり休むことで夢魔に対抗できるだけの体力がついてたんだな」

「それが、夢魔が力をつけてしまって、アキナさんの体力では追い払えなくなった……」


 わたしの仮説にハルトさんはうなずいた。


 七月になってアキナさんは大きな病院で検査を受けたけど、異常は見つからなかった。内臓の機能が弱ってるのは判るけれど、どうして弱っているのかが判らなかった。

 そりゃそうだよね。夢魔の仕業なんだもん。


「それからは、あっという間だった。どんどん弱って、七月の末に」


 ハルトさんはそこで言葉を切った。


 あ、どうしよう、涙出てきた。

 わたしがここで泣いちゃったら、我慢してるだろうハルトさんも我慢できなくなっちゃう。


 我慢がまんガマン!


 わたしは思いっきり自分の手の甲をつねった。


「いったぁっ!」


 強くつねりすぎた……。アホだわたし。


 ハルトさんは、わたしを見てぷっと笑った。


「優しいなおまえ」


 そういってわたしの頭をぽんぽん軽くたたくように撫でるハルトさんの目にも、涙の粒が浮かんでた。


「そんなことないよ。ごめんねアホアホで」


 二人でしばらく笑いながら涙して、ハルトさんは改めて話を続けた。


「両親はアキナの治療とか入院とかで喧嘩が多くなってた。母はアキナの気持ちを優先して、父は原因究明と治療を優先してた」

「気持ちを優先って、検査したくないってこと?」

「したくないってわけじゃなかったけど、入院する前は、ちょっと元気になった日は学校に行きたい、って。母はそれがいいって考えで、父はひどくなるからって反対だった」


 その対立は、食べ物やベッドの上での過ごし方とか、いろんなことであったらしい。


 で、両親の不仲が決定的になったのは、アキナさんの亡くなった後のことだそうだ。


「アキナが死んですぐ、病院から病理解剖の話が出た」

「解剖? どうして?」

「結局、はっきりした死因が判らずじまいで多臓器不全ってなってるけど、病院側は病気について調べるために病理解剖したいって言ってきたんだ」


 解剖って言ったら事件とかで亡くなった人にするんだと思ってたけど、そういうのもあるんだね。


「母は反対した。病気で苦しんで死んでしまったアキナの体にさらにメスを入れるなんて死人に鞭打つようなことは嫌だ、って」

「お父さんは、解剖した方がいいって言ったんだ?」


 ハルトさんは眉根を寄せてうなずいた。


「アキナの死因が判ったら、これから似たようなことで苦しむ人達の役に立つだろう、って。それに原因不明よりは病名がはっきりした方が受け入れられる、とも言ってた」


 何かを思い出したのか、ハルトさんは大きく息をついた。


「二人とも、自分の意見を曲げようとしなかった。すごい剣幕で怒鳴りあって……。それまでは喧嘩はしたけど話し合って何とか折り合いをつけていたけど、アキナがいなくなってしまって混乱していたのもあるだろうし、……今思えば、悲しかったんだと思うし、もどかしかったんだろうな」


 けれど、とハルトさんは言う。

 お父さん達はハルトさんにまで意見を求めた。ハルトさんが味方に付いたらって思ったんだろうね。


「そんなの、俺が決めるべきことじゃないだろ。っていうか選べない。二人の考え方はどっちも気持ちは判るから」


 結局、ハルトさんはどっちにもつかず、お父さんが意見を通して病理解剖はしたんだって。


「それで何かはっきりしてたら、母も矛を収めたんだろうけど」


 解剖までしたのにアキナさんの死因は判らずじまいだった。

 ここでお父さんとお母さんの間だけでなく、ハルトさんと両親の仲も壊れてしまったんだって。

 お母さんから、あの時ハルトさんが解剖を強く反対してくれたら、って責められたそうだ。


「父はハルトにあたるなって形ばかり文句を言ったけど、自分を責めるのが少しでも減れば、って思ってるのが透けて見えて。優しかった両親はもういないんだな、って」

「そんな、ひどいよ……」


 ハルトさん何も悪くないじゃん。


「だろ? だからできるだけ早く家を出ようと思ってる。前までは大学を出るまでは家にいるしかないって思ってたけど、もう我慢しないことに決めた」


 重くて暗い話なのに、ハルトさんはどうしてかちょっと笑った。


「今までは、将来のことを考えながら、一方じゃいろんなことがどうでもいいって思ってたところもあったけど、おまえが、俺がいなくなったら悲しいって言ってくれたから。もう無茶はしない」


 ハルトさんが時々無茶するのって夢魔が憎いだけじゃなくて、そういうやけっぱちなところもあったんだ。

 そこまでなっちゃう苦しいことを背負ってたんだね。


 それなのにわたし、もっと軽く考えてた。話したら楽になることもあるなんて、すごくいい加減なこと言っちゃった。


「ごめんね、ハルトさん」

「なんで?」

「うまく言えないけど……、ごめんね……」


 大泣きしてしまうのをぐっとこらえてうつむいてたら、ハルトさんがまた頭をなでてくれた。


「あやまることなんてない。ありがとう。おまえはいつでも、俺を前に向かせてくれてる」


 まるで妹扱いみたいな感じで、「女の子」としては複雑だけど。

 けど、ハルトさんが元気になってくれるなら、それが一番だ。


「ハルトさん、紅茶おかわりいる?」

「そうだな……、もらおうかな」


 もうちょっといてほしい意味で聞いてみたら、うなずいてくれたからテンションあげて台所に行った。


「愛良は紅茶が好きなのか」

「好きってほどじゃないよ」

「俺が初めてここに来た時、おまえのお母さんがハーブティを淹れてくれたんだ」


 そうなんだっ。そういえばお母さん紅茶とかフレーバーティが好きだったっけ。わたしはまだ飲ませてもらえなかったけど、お母さん帰ってきたら一緒に飲みたいな。


「アキナが死んで、夢のこと調べて、家はギスギスだし俺も余裕なかったけど、あのハーブティがすごく香りがよくて。張りつめてたのがほっと緩んだ気がした」


 ハルトさんが懐かしそうな顔をしている。

 お母さんのフレーバーティ、すごくいい香りだったもんね。


「お母さんが戻ってこれるよう、俺らも頑張ろうな」

「うん! ありがとう!」


 ハルトさんがそう言ってくれたら、わたし達でお母さんを連れて帰ることもできるんじゃないかって思えてくる。

 青の夢魔やトラウマ狩人は強いだろうけど、わたし達だってもっと、強くなる!

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