無茶なのはどっち

 走り始めてすぐに、ハルトさんの気配を感じ始めた。気配っていうより魔力なのかもしれないけど、夢の中で何度か会ってると、わたしにも判るようになってきた。


 すごく、乱れてる。

 絶対に何かある。

 早く行かないと。


 思い続けて走ってると、目の前がぱっと開けたような感覚があって、景色が突然変わった。

 あのどす黒いマーブル模様の中で、ハルトさんと、青の夢魔がいる。


 ハルトさんはサロモばあちゃんを手にして、息がすごく荒い。全身にびっしょり汗をかいているみたいで、いつものクールな顔じゃない。青の夢魔を睨みつけてまさに臨戦態勢、ってか戦いのちょっとしたってところだ。


 青の夢魔は平然としていて、魔力に揺らぎはない。


 あのハルトさんが、いつもわたしのことを余裕で助けてくれているハルトさんが、一目で劣勢って判るなんて。

 本当に強いんだ、青の夢魔。


 もうほとんど条件反射みたいに、サロメを抜いて駆け寄った。

 同時に、青の夢魔が腕を振った。すさまじい魔力が噴き出す。

 ありったけの魔力をサロメに、と念じながら夢魔が撃ちだした衝撃波を斬る。


「愛良!?」


 ハルトさんの驚き声のすぐ後に、剣に衝撃が加わった。

 青の夢魔が放った攻撃と、わたしと同じように魔器を振り下ろしていたハルトさんの防御の刃がサロメを打ち、腕に伝わってきた。


 すごい衝撃に目をつぶった。

 ふわっと浮遊感。

 その間に、ある場面が頭の中に見えた。


 二人の男の人が、山の中みたいな緑の多いところで、剣を振って戦っている。

 彼らが持ってるのは――。


 衝撃が体に加わった。

 目を開けると、ハルトさん達から数メートルのところまで吹っ飛ばされて、倒れてた。


「愛良!」


 ハルトさんが駆け寄ってきた。


「ハルトさん、大丈夫?」


 助け起こされながらのセリフは、我ながら間が抜けてる。

 でも本当に心配だったんだもん。

 ハルトさんは、すごく情けなさそうな顔になった。


「こっちのセリフだ」

「だって危なそうだったし」


 立ち上がって、青の夢魔を見る。

 強者の余裕なんだろうか、攻撃を仕掛けてくるそぶりもなくこっちをじっと見ている。


「ハルトさんに何してんのよ、の夢魔」

「また呼称変更ですか」


 わたしの悪口に、夢魔はなんでもないことのようにさらっと流してしまった。

 けなしてんのに気にしないなんて、本当に呼び名にこだわってないんだね。


「何、と言われましてもご覧になった通り攻撃を加えていたのです。あなたは話を聞く態度であったので話をしましたが、彼は問答無用で斬りかかってきたので」


 そりゃ、夢魔に家族を殺された人が夢魔の話なんて、ましてや勧誘なんて受けないと思うよ。

 でもハルトさんぐらいのベテラン狩人なら相手と自分の実力ぐらい判ると思うのに、また頭に血が上っちゃった?


「ハルトさん、帰ろう?」


 できるだけ穏やかに提案してみる。


「逃げるのであれば、今回は見逃して差し上げましょう」


 余裕ぶった青の夢魔にはムカつくけど、今はその方がいい。

 逃げるって言われてハルトさんが怒らないか心配したけど、わたしに「そうだな」って返してくれたから、ほっと安心した。


 ここからだとハルトさんの夢見――あのオバねえさんが作ったトンネルの方が近いから、ハルトさんと歩いてく。


 後ろをちらっと見ると、夢魔はわたし達が持っている魔器達をじっと見つめている気がしたけど、気のせいかな。

 まさか後ろから奇襲とかないよね? と心配してたけど、ある程度距離が離れたら、青の夢魔は黙ったまま姿を消した。

 この空間を覆ってたマーブル模様もきれいに消えていった。


 思わずため息が漏れた。


『やれやれ、まったく、無茶するんじゃないよ』

 サロモばあちゃんの苦言にハルトさんがわたしを見て「まったくだ」ってうなずいた。

「えっ? わたしっ?」

『違う違う。ハルトじゃ』

「えっ、俺?」


 ハルトさんは心底意外だって顔してる。


『自覚なしか。厄介じゃな。愛良が来てくれなんだら、おまえさん、やられておったよ』

『冷静なお主らしからぬ判断ミスだな』


 魔器達の声にハルトさんは苦笑してる。納得したんだね。


 多分だけど、妹さんに関する何かを思い出して冷静じゃなくなっちゃったんだろう。


「ハルトさん、あんまり無茶しないでね。ハルトさんがいなくなったら、わたし、すっごく悲しいよ」


 死んだらって言葉は、使えなかった。


「抱えきれないことは、話してくれていいからね。わたしじゃ聞くことしかできないけど。話したら気が楽になるってあるから」


 ハルトさんはしばらくじっとわたしを見た後、判ったよって言ってくれた。


「そういえば、おまえ見たか? おまえが俺と夢魔との間に割って入った時に、全然関係ない映像みたいなの」


 ハルトさんは話題をそらせる目的半分って感じで聞いてきた。


「うん、なんか男の人が二人で、剣で打ち合ってる感じだった」

「おまえも見たなら、錯覚とかじゃないか」


 突然だったし一瞬だったからあんまり詳しく覚えてないけど、外国人ふうの男の人達だったな。いわゆる殺し合いじゃなくて、腕試しか修行かって雰囲気に感じたけど、どうなんだろう。

 山の中のちょっと開けた場所だったけど足場は安定してなさそうだったし、ちょっとそれたら斜面だし、危ないと思うんだけど。なんであんなところでやりあってたんだろうね。


 見えたビジョンについてハルトさんと話したけど、なにせ全然知らない人達だから手掛かりはない。


『ほれ、話はそのあたりにしておけ。父上が心配するぞ』

 サロメが言う。


 そっか、そうだね。

 それじゃまたね、ってハルトさんと別れて、お父さんのトンネルをイメージしながら戻った。


 あの瞬間に見えたってことは夢魔退治と何か関係があるんだろうけど。ほんと、なんで山の中なんだろう。


 帰ったらお父さんに報告しよう。

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