負けたらハンマー

 今日の贄は、いわゆるニートらしい。

 高校まではエリートコースまっしぐらだったのに、何が不満なのか突然引きこもっちゃって十年、今や立派な両親のお荷物。

 三歳年下の妹さんは公務員になって家にお金入れて、兄の分もフォローしているみたい。


 情けない兄貴だなぁ。両親も妹さんも気の毒に。

 でも夢魔は生命力の強い生物に目を付けるはずだけど、なんで妹の方じゃなくてニートな兄なんだろう?


『部屋にこもっておるだけなら無駄に活力を余しておるやもしれんぞ』


 なるほど納得。


 さてさて、ニートの夢ってどんなのだろう? やりこんでるゲームの夢だったり?


『さすがにそれは偏見に満ちておろう』


 そうだね。反省。


 ……偏見は反省したけど、夢は予想のまんまだった。

 いかにもゲーム画面な映像が広がってる。

 本当にゲームやりたいから引きこもっちゃったのかな。


 でも、夢の主の感情、楽しそうじゃないね。ゲームに必死ってわけでもない。

 何かから逃げるためにゲームしてるって感じがする。

 自分勝手に生活してるのに何が不満なんだろう。


 と考えてたら、チリチリがやってきた。

 景色が一変する。


 暗いマーブル模様の中に、贄らしき男の人がぽつんと座ってる。


「お兄ちゃんはもうダメねぇ、成績に三がついちゃったなんて」

「このままだと落ちこぼれまっしぐらだぞ! どうにかしろ!」

「やだぁ、三なんて恥ずかしい」


 おばさん、おじさん、若い女の子の声がする。


「お兄ちゃん、もうわたしより格下なんだからわたしの言うこと聞いてよね」


 場面が変わった。妹らしい女の子にアゴで使われているお兄ちゃん。蔑んだ目で見る両親。

 そのうち、ご飯やお小遣いにも差がつきだした。


「たった一つの『普通さん』も許されないのか」


 贄がつぶやく。見つめているのは通知簿。

 副教科の音楽に三が付いただけで、なに、この馬鹿にされよう。


『この夢のどこまでが本当かは判らぬが、似たような過去があったのだろうな』


 うん。で、妹と比べられるのが嫌で、贄はニートになったんだね。


「もっともっと勉強させるべきだったか」

「甘やかさずに精神を鍛えるべきだったのよ」

「勝負に負けてニートなんて恥ずかしい。死ねばいいのに」


 またお父さんとお母さんらしき声の後に、さっきよりも大人になった女の人の、思い切りバカにした声。妹か。


 違うよ、足りないのは、家族の優しさだよ。


 夢の中に、黒い感情が渦巻く。

 憎しみ、嫉妬、みじめさ、……そして、あきらめ。


 それらが一点に吸い込まれてく。侵食だ。

 サロメを抜いて、突っ込む。

 マーブル模様の一角を薙ぐと、そこに現れた夢魔は――。


「はい?」


 思わず声が出た。

 夢魔は十本近い腕を持つ、ひょろ長い人型。

 腕がたくさんあるのは、よく見る形だ。


 けど、その手に持っているのが。

 赤と黄色のプラスチックハンマー。つまりピコピコハンマー。略称ピコハン。


 まがまがしい雰囲気なのに、なぜにピコハン?

 これがコイツの一番強い形なんて、ちょっと信じたくない。


『見た目で過小評価させる作戦やもしれぬぞ』


 その可能性もあるね。油断は禁物ってやつか。


 夢魔が攻撃してきた!

 サロメで受け止める。


 ピコッ!


 ……うん、まぁ、そうだよね。


 続けて夢魔のラッシュ!


 ピコピコピコピコピコピコピコピコ!


 全部避けて受けてダメージなしだけど、なにこの脱力感!

 ええい、こっちから攻撃してやる!

 目にも止まらぬ斬撃で――。


 ピコピコッ!

 ピコピコピコピコッ!

 ピコ、ピッピコピコピココッ!


 むぅ、やるなっ、……って、そうじゃなーい!


 ピコーン!


 いったあぁぁっ!!

 くっ、油断した。軽い音のくせになによこの攻撃力。


 よし決めた。

 サロメを鞘にしまう。


『愛良、どうする気だ』

「音で気が散るなら、当たらないようにして、本体に突っ込む!」


 言いながら、もうわたしの体はピコハンの前に飛び出している。

 次々に振るわれるピコハンを空中で体をひねり、回り、のけぞりかがんで紙一重でかわす。

 攻撃が一瞬やんだ。いっけえぇ!


「力を解き放て、サロメ!」


 イメージは、アロマさんの居合。

 一閃!


 抜き放ったサロメの輝く刃が、夢魔のどてっぱらに命中していた。


 白い光に包まれて夢魔が消えていく。

 どうでもいいけど最後までピコハンの赤が目立ってた……。


 マーブル模様が晴れた夢の中に、男の子と女の子が遊んでる。


「おにいちゃん、ジャンケンハンマーやろう」

「いいよ」


 男の子が取り出したのは、……ピコハン!


「やるよー。ジャーンケン――」


 楽しそうにジャンケンして、勝った方がハンマー持ってピコっとやってる。負けた方も笑いながら頭をかばってる。

 これは、贄の思い出なのかな。


『愛良、帰るぞ』

「うん」


 どうかこの先、少しでも贄のニートさんが家族と歩み寄れますように……。



 創作お題提供 より

【優しさが足りない】

【ニートと公務員】

https://shindanmaker.com/599913

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