ブレイク! 掘削機

 今夜の贄は三十代の独身男性。建築関係の仕事をしてるんだって。

 なるほど肉体労働してる人は体力あるし、夢魔が狙っても不思議じゃない。


 ってかいろんな人が狙われてて、夢魔って結局、選り好みなんてしてないんじゃないかって最近思うんだけど。


『どうだろうな。比較的体力の多い者を狙う傾向にあるのは確かなようだが』


 夢魔と会話が出来たら、その辺りのことも聞き出せそうなのに。


 ふと、「暁の夢」って組織の事を思い出した。

 夢魔と組んで暗殺なんかをやってる悪い集団だ。


 そいつらは夢魔と交渉するんだから、夢魔と話せるってことだよね。


『力の強い夢魔は会話もできるからな』

「サロメも話したことあるの?」

『ワシが直接会話することはまれだな。ワシはヤツらを斬る者だからな。力の強いあるじが夢魔と話すことはたまにあったが』


 ふぅん。

 説得して聞き入れてくれるなら話す意味もあるんだろうけど。


『ヤツらにとって生き物を襲うなというのは、食事をするなというようなものだからな。聞き入れたりはせんだろう』


 それもそうだね。

 夢魔にとっては贄から生命力を奪うか奪えないかは死活問題なんだから。

 それでも、わたしは狩人をやめるわけにはいかない。

 贄になって弱っていく人の苦しみを知ってしまったんだもん。


『そのとおりだ。ヤツらとは相容れないのだ。変に交渉しようなどと考えてはならん』


 よっし、気合の入れ直しだ。


 さて贄の夢は……、車の中だ。わたしは後ろの席にいる。斜め前の運転席にいるおじさんが贄の人かな。

 どこかに向かわなきゃって意志だけは伝わってくるけど、何の変哲もないドライブ風景だ。特に感情の揺らぎもない。


 と思ってたらチリチリ感覚が来た。景色が暗いマーブル模様に変わる。


 うわっ。なんかすごいスピード感出てる!

 あれ? 車が変わった。さっきまで乗用車だったのに、これは……?

 工事中のところでよく見る、車体が黄色くてタイヤのごっつい、アームのついてるあの重機だ。


『掘削機だな。この男が仕事で使っているのだろう』


 そうだろうね。


 わたしがいるのは外の後ろの方のちょっとしたスペース。すごい不安定だ。よく振り落とされなかったな。

 掘削機がまたスピードを上げた。運転手の贄さんのあせりが空気に混ざるように伝わってくる。


 いったんジャンプして車から離れた。


 掘削機は蛇行しながらアームを振り回してあちこちを破壊していく。


「なんで、なんで止まらない!?」


 運転手が一生懸命掘削機を止めようと操作してるけど、全然コントロールできない。

 あの車が夢魔か? でも触れてたのにチリチリな感覚は直接伝わってきてなかった。


 それじゃ、他の場所から車を動かしてるのか。

 いつでも攻撃できるようにサロメを抜いて辺りの気配を探る。


 その間にも掘削機が、道路を歩いてる人達に突っ込んでいこうとしてる。


「止まれ、止まってくれ!!」


 贄さんの焦りと恐怖が強くなった。

 体から白いもやが噴き出して、一点に吸い込まれていく。

 浸食だ。ということは、そこにいるな夢魔!


 サロメの切っ先を向けて、もやが向かう方へ飛び込んだ。

 マーブル模様をかき分け現れたのは。

 超でっかい、丸いヤツ。回転して物を切るアレだ。


『ダイヤモンドカッターだな』


 なんか、久々に物体タイプの夢魔を見た気がする。最近生物型が多かったから。


『それでも魔力は高い中級クラスだ。気をつけよ』


 判ってるよ。

 サロメを構えた。


 カッターがすごい勢いで回りだした。こっちに向かって飛んでくるのをひょいとかわす。

 そばを通り過ぎた夢魔が反転してくる時に反撃、って、早っ!

 からくも回避だ。


 やるな。さすが中級夢魔。

 わたしも飛び上がって空中戦だ。


 何度も飛んでくる円盤カッター夢魔をかわしてサロメで攻撃を加えるけど、こっちの攻撃もなかなか当たらない。

 軌道がまっすぐとは限らないんだよね。当たらないようにするので結構精一杯だ。


 びゅんとうなった夢魔が、ちょっと離れた所にホバーリングした。

 何する気だろう?

 サロメを構えて睨んでたら、ブォン、って感じのおなかにずんとくる低音がして、ダイヤモンドカッターが分身した! しかも五個! 少し小さくなってるけどやっぱり当たったらすごく痛そう。


 すごい勢いで五個のカッターが飛び回る!

 何とか回避したりサロメではじいたりしてるけど、どれに狙いを定めていいのか判らない。


 目が回りそうな中で頭の中でなぜか某会社の社歌が流れた気がした。


『微妙に古い歌をなぜお主が知っておるのか……』


 それを言うならサロメもでしょ。アレが流行った頃ってサロメ夢見の集会所の武器庫で寝てたんじゃないの?


『お主の父上がこの前、部屋を片付けていた時に見つけて久しぶりだと懐かしがって流しておったわ』


 お父さん……。

 ま、今はそれより夢魔だよ。ダダッダーとやっつけちゃうぞ。


『何とも頭の悪そうな思考だ』


 うるさいよっ。


 夢魔がわたしを中心に飛び回ってるから、どれを狙っていいのか判らない。

 ならばわたしが主導権を握ればいいんだ。

 囲みを破って、思い切り速く飛び回ってやる。

 狙い通り、夢魔が追っかけてくる。

 よし、ひとまとまりになってるな。

 くるりと振り返って、サロメを振り上げる。


「力を解き放て、サロメ!」


 輝くサロメを大上段から一振りだ。

 カッターの団体様が白く清らかな光に包まれていく。

 勝ったー!


『まだだ!』


 サロメの声に、はっとなる。


 光の中からダイヤモンドカッターがひとつ、飛び出してきた!

 そのままこっちに突っ込んできたからサロメでしのいだけど、どうしよう、浄化の魔力は使っちゃったよ。


『もう一度だ、愛良』

 えっ? でも魔力――。

『デモもストもあるか。ヤツを消すにはやるしかないのだぞ。ありったけの力を集中させよ』

 うん、……やってみる。


 夢魔は無に帰す。

 サロメに集え、わたしの魔力!

 強く念じた。


 ぼんやりとサロメが光りだす。でもこれじゃまだダメだ。

 夢魔の攻撃をかわしながらだから、なかなか集中できないけれど、ここでくじけてられない。


 膠着こうちゃく状態の続く中で、ふと空気が揺らぐのを感じた。


「愛良!」


 この声は、ハルトさんだ。苦戦の気配に気が付いて来てくれたんだ。

 なんだか、胸があったかくなる。


 まだやれる。まだいける!

 掲げたサロメが強く輝いた。

 今なら!


「力を解き放て、サロメ!」


 二度目の浄化の光。

 今度こそ夢魔は完全に消え去った。


 ほっとしたら、力が抜けた。

 ぺたんと地面に座り込んだわたしのそばに、ハルトさんが駆け寄ってくる。


「大丈夫か」

「うん。いつもより魔力たくさん使ったから。けど平気」

「よくやったな」


 ハルトさんがわたしの頭をぽんぽんと軽くたたいてほめてくれた。

 あぁ、ついニヤけそうになる。


『……ふん、四の五の言わんと最初からやればよいものを』

 サロメが、なんでか不機嫌だ。

あるじの成長を素直に喜べんとは、器の小さいジィさんじゃのぉ』

 ハルトさんの相棒、サロモばあちゃんが笑った。

『やかましいわバァさん。愛良、帰るぞ』

 はいはい。またケンカしたら長いからね。


「それじゃハルトさん、またね」

「あぁ、ゆっくり休めよ」


 体調気遣ってくれてる。ハルトさん優しい。

 すごく疲れたけど、ルンルンでお父さんのトンネルに向かった。


 それにしてもどうしてサロメは急に不機嫌になったんだろ?




 参考曲

 日本ブレイク工業社歌

 http://j-lyric.net/artist/a00b86f/l00244d.html

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