知ってびっくりなつながり

 それから三日後、夢魔退治もいよいよ佳境って時に高峰さんが来た。


「苦戦してるな、愛良」


 ……おまえ呼びに続いて、何気に名前呼びされてる。なんかすんごい格下に見られてるみたいでイラっとするんですけど?


「手出し無用だよっ。助けてもらってばっかりじゃ強くなれないもん」


 夢魔の攻撃をさっとかわしながら強がってみる。本当は助けてくれたら楽でいいんだけど。


「そうだな。頑張れ」


 高峰さん、あっさりと引きさがっちゃった。

 そこは「いやここは俺が」でいいんだよ?

 やることなすこと、ムカつく。


「ウザいよっ! 消えろぉ!」


 怒りを夢魔に叩きつけてやった。ふん、これぐらいはわたしにだってできるんだから。


「よくやったな」


 夢魔が消えて、晴れやかな夢の景色に戻った中で、高峰さんが言う。

 褒められるのは、……嬉しかったりする。


「それじゃ」


 無事を見届けたから俺の仕事は終わり、みたいな言い方で、高峰さんは歩き去ろうとする。


「あ、ねぇ、ちょっと待ってよ。高峰さんって、うちに相談か何かに来たことあるでしょ?」


 高峰さんは足を止めた。けどこっちは見なかった。


「あれって、どうして――」

「おまえには関係ない」


 向こうを向いたままだったけど、いつもよりちょっと大きな声で高峰さんが言った。


「関係ない、って、もしかしたらうちと関わったからこうやって夢の中で――」

「関係ないって言ってるだろ!」


 怒鳴られた。ずっとこっちは見なかったけど、声で判る。本気で怒ってる。

 今まで、こんなに感情を見せたことがなかった。何を考えているのか判らないのも、イラってする理由の一つだった。

 けど、今は……、怖くてわたしの口からは、言葉どころか声も出ない。


 高峰さんも、どうしていいのか判らないのか、その場にたたずんだまま。


『……しょうがないねぇ。黙っとったけど、話すしかないじゃろ』


 急に、場違いみたいな、おばあちゃんの声が聞こえてきた。……どこ?


『わたしゃサロモ。ハルトの魔器じゃよ。わたしらが黙っとることで、狩人同士がけんかすることはない』


 高峰さんの、魔器? しゃべるの? それも、サロモってサロメと似てる名前だね。

 そう思って高峰さんの魔器を見る。なるほど、サロメと似たような鞘に入ってる。


『そう、愛良が持っておるサロメとはちょいと縁があってねぇ。狩人が未熟なうちは話さんでおこうとおもっとったんじゃが』


 ハルトさんが、こっちを見た。驚き顔でサロメとわたしを見てる。


 サロモばあちゃんが簡単に説明してくれた。

 サロメとサロモばあちゃんは、一対いっついの双剣、みたいな関係だったんだって。それが訳あって離れることになっちゃって、再会したのは高峰さんがはじめてわたしのところに来た時で、二百年ぶりだ、って。


「サロメが『ワシゃ長生きだからな』とか言ってたのって、しょーもない冗談じゃなかったんだ?」

『お主にくだらん冗談を話してワシに何の得がある』


 いつもくだらない親父ギャグ飛ばしてるくせに。


『バァさんとハルトがこちらに来たのは、恐らくワシが壊されそうになったからだろう。愛良が強く「誰か助けて」と念じたのも影響しておるのやもしれんが』


 なるほど、相棒の危機にかけつけてくれた、ってことか。


『バァさんとは失敬じゃな。わたしがバァさんなら、おまえはもうろくジィさんじゃないか。折られそうになるとは情けないのぅ』

『やかましい。それは夢魔に魔器を奪われる未熟者が悪い』


 うっ、それを言われるとツライ。


『夢魔と狩人の実力を見極めて撤退を促さんからじゃ』

『促したところでこ奴は聞き入れんわ。ふん、ちょっと見ぬ間にますます口やかましくなりおって。ガミガミバァさんめ』

『だからバァさんと呼ぶなと言うてるじゃろ。少し前の事さえ忘れたかもうろくジィさん』


 ……ケンカはじめちゃったよ……。

 ののしり合う魔器は放っておいて、高峰さんを見る。

 あっけに取られてた高峰さんも、わたしを見て……。

 二人して、噴き出しちゃった。


「ごめんねハルト……、じゃなくて、高峰さん」

「ハルトでいい。そっちの方が呼ばれ慣れてる」

「そう? じゃあハルトさん」

「ん。ごめんって何が?」

「うちに来た理由、聞かれたくなさそうだったのに、しつこく聞いちゃって」

「……いや、俺こそ、怒鳴って悪かった」


 ちょっと困った顔になったハルトさん。

 なんだ、結構、優しいんだね。


『――帰るぞ愛良! バァさんの相手をしておると、疲れるわ』

『そりゃこっちの台詞じゃ!』


 あーあ、一対の剣とか言いながら、仲悪いんだね、サロメとサロモばあちゃん。


「はいはい。それじゃ、ハルトさん、またね」

「ああ、またな」


 ハルトさんが帰って行くのを見送ってから、わたしも渦巻トンネルに向かった。

 まだまだ判らないことだらけだけど一つ謎が解明して、ちょっとすっきり。




 ハルトさんとは、あれからも時々夢の中で会う。前よりも来るのが少なくなったのは、どうしてこっちに来るのかが判ったからかな。


 ハルトさんが来るのは、決まってわたしが苦戦してる時で、必要なら手を貸そうとしてくれる。

 全部ことわって、自力で夢魔をやっつけてるけどね。


 ん? 今まで深く考えてなかったけど、つまりハルトさん、わたしが苦戦する時だけ様子を見に来てくれてるってことだよね。

 そう考えたら、なんかドキドキしてきた。

 これって……、守られてるってこと?

 



「ちょっと愛良ちゃん、聞いてる?」


 さっこちゃんの声で、はっと我に返った。

 今いるのは学校で、放課後。さっこちゃんが部活に行く前にわたしに話があるって廊下の隅っこに引っ張ってきたんだった。


「ごめん、ちょっと考え事してた」

「いろいろ考えることはあるだろうけど、とにかく気をつけておいた方がいいよ。できるだけ一人になっちゃだめだよ。それじゃ、わたし部活だから」


 さっこちゃんが早足で廊下を曲がって階段を下りていった。

 大親友の忠告は、学校中、特に先輩方にあるウワサが広がってるってことだった。

 いわく、わたしと淳くんがつきあってるとかなんとか。

 そんなのが浸透しちゃったらまたトイレに連れ込まれちゃう。


 で、なんでその話の途中でハルトさんの事を考えてたかっていうと、さっこちゃんが「今はいないからいいけど、もしこれで愛良ちゃんに他に好きな人がいたりしたら、こじれちゃってサイアクなことにだってなっちゃう」って怒ってたから。

 好きな人、か。好きってか気になる人はいるんだけどね、で、ハルトさんに思考が飛んだ。


 別にハルトさんのことが好きなわけじゃない。最初会った時は嫌いだったし、今もどっちかって言うと苦手な方。だってハルトさんあんまり話さないし、何考えてるのか判りにくいんだもん。


 わりとかっこいいとは、思うよ。背高いし、強いし。

 でももっと楽しくワイワイできる人がいいな。

 なんて考えながら職員室の前を通って昇降口に向かおうとしたら。

 冴羽くんに絡みついてる葛城さんと、ばったり。


「あーら牧野さん、こんなところでぼーっとしてないで、早くカレシのところに行ったらぁ?」


 ふふんって笑って葛城さんが勝ち誇ったみたいに言う。


「彼氏なんていないよ」

「またまたぁ、なんてったっけ? 青井さんのお兄さん。すっごくできる人なんだって? よかったわね相手してもらって、の牧野さん」


 むぅっ。悪意そのものの言葉を受け止めるのは疲れる。かといってさっこちゃんみたいなスルースキルもない。


 冴羽くんはというと、おろおろしちゃって何にも言わない。

 何よ、わたしのこと好きならちょっとは援護してよっ。

 わたしのパートナーになりたいって言ってた、かっこいい冴羽くんはどこ行っちゃったのよ。

 って、これはわたしのわがままだ。

 判ってる。わかってるけどさっ。


「もう、そういうのやめてよ。わたし、冴羽くんのことなんてどうとも思ってない」


 自分でも本人を目の前にひどい言い方だって思った。

 続けて何か言おうと思ったけれど、うまく言葉にならなくて、わたしはそのまま昇降口へ走った。


「まぁ、ひっどぉい。どうとも思ってない、ですって。けんちゃんの魅力が判ってないお子ちゃまね」


 後ろで葛城さんの嫌味な声がする。

 思ったらいいのか、ダメなのか、どっちよ!


 冴羽くんの声は聞こえてこない。

 なんだろ、すごく悲しい気分になった。

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