勝手に張り合われても困るから

 二学期がやってきた。

 久しぶりに会う友達とワイワイやってたら、朝の学活のチャイムが鳴ると同時にクラスメイトの一人が興奮した顔で教室に飛び込んできた。


クラスうちに転校生が来るぞ!」


 その一言で一気に注目を集めた彼が、得意満面で話し始めた。

 転校生は女の子で、すごくかわいいらしい。

 幼稚園ぐらいの頃に、この近所に住んでたらしい。父親の仕事の都合で引っ越したけど、また戻ってきたんだって。


 学校の近くということは、わたしが出た小学校の校区じゃないな。


「名前は?」

「えーっと、確か、葛城かつらぎ――」

「こぉら、チャイム鳴ってるぞ、席につけー」


 教壇の前で注目を集めてた男の子の隣に、いつの間にか先生が。そして先生の隣にウワサの転入生がいた。

 ほんとだ、目がくりっとしてて、かわいい子。おとなしそうに見えるけど……。


 と思ってたら、転校生の子がぱっと目を輝かせた。


「いた! けんちゃん!」


 彼女の視線の先には、冴羽くん。

 生徒も先生もぽかんとしている間に、彼女は冴羽くんに走り寄って、抱きついた。


 なんだかちょっと、どきっとした。その少し後に、なんだろ、もやっとしたものが胸に広がった。


 教室内が一気にどよめいてる。


「えぇっと、葛城さん?」


 先生が転校生の名前を呼んだ。


「あっ、みなさん初めまして。わたし、葛城綺羅璃きらりです。けんちゃんの婚約者です。よろしく!」


 転校生、葛城さんは冴羽くんに絡みつきながら、にっこり笑ってる。

 冴羽くんは、完全に固まっちゃってるよ。


 先生が黒板に葛城さんの名前を書いた。綺羅璃ってすごく画数多いなぁ。名前書くの大変そう。


 教室の中は依然ざわついたまま。

 きらり、って今どきな名前だなとか、冴羽にカノジョがいるなんてとか聞こえてくる。


「カノジョじゃなくて婚約者でーす」


 何言われてても全然平気って顔してる。

 なんか、すごい子だなぁ。


「婚約って本当?」

「うん。幼稚園の頃に。ねっ、けんちゃん」


 あぁ、よくある子供の口約束かぁ。


「あ、あの、葛城さん、そろそろ離れてくれないかな」

 冴羽くんがやっと言葉を発した。


「やだぁ、葛城さんなんて他人行儀だよ。前みたいに「きらちゃん」って呼んでよぉ」

「ええぇっ? それは、ちょっと……」


 冴羽くん口ごもっちゃった。

 大変だなぁ、なんて他人事みたいに思ってたんだけど。


「でも冴羽は牧野が好きなんだよなー」


 男の子が言った一言に、それまでニコニコかわいらしい笑顔だった葛城さんの目が一瞬にして吊り上がった。


「誰よそれ? けんちゃん結婚前から浮気!?」


 ほんとうに、キイィーって感じの頭から出てるような声で葛城さんが叫んだ。

 これちょっとヤバいよって思ってたら。


「あー、はいはい、おまえらそこまでー。葛城さんは冴羽の隣に座りなさい」


 忘れ去られた存在だった担任がのんきに言った。


 冴羽くんのお隣になれたからか、葛城さんはおとなしく先生の言うことをきいた。

 とりあえず一安心。でも次の休み時間が恐ろしい……。




 始業式と学活が終わるまでは、葛城さんの襲来はなかった。ずっと冴羽くんにくっついてたから。

 このまま何事もなく帰宅と思ってたら。


「ねぇ、牧野さんってあなたよね」


 帰り支度をしてたら、ずずいっと葛城さんが迫ってきた。不意打ちすぎた。

 ここで違うって言ってもそのうちバレちゃうし、うなずいた。


「うん。よろしくね葛城さん」


 当たり障りなく挨拶したんだけど。


「なーにがよろしくよっ! けんちゃんは渡さないからねっ!」


 ふんっと鼻息荒く宣言されてしまった。


「あ……、はい」

 なんかもう、そう答えるしかなかった。


 葛城さんが冴羽くんに抱き着いた時、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、もやっとしたけど。

 これってやきもちなのかな。うーん、よく判らない。


「何その余裕って感じの態度、ムカツク」


 葛城さんがまっすぐ睨み下ろしてくる。

 ふと、淳くんになれなれしくするなって窓ドンしてきた先輩達を思い出した。

 似てるけど違う。葛城さんの視線の方が、痛い。


「やめなよ。愛良ちゃんは葛城さんと競う気ないと思うよ」


 ありがたい助け舟、さっこちゃんだ。


「競う気なくたって、あんたジャマなの。わたしのけんちゃんに近づかないでよ」


 きっぱりと言われちゃった。なんかショック。これから一緒のクラスで学校生活を送る子に、ここまで言われたことなんてなかった。


「葛城さん。やめてよ」


 冴羽くんが葛城さんの後ろから声をかけた。


「あ、けんちゃぁあん。そうね、こんなチビ放っておいて一緒に帰りましょう」


 今までのすごみはどこへやら、葛城さんは冴羽くんの腕にしがみついて甘えた声をだしてる。

 葛城さんに引きずられてくみたいに冴羽くんも教室を出ていく。こっちに小さく手を振ってった。

 二人が行ってしまって、ほっと息をついた。


「牧野、なんかごめんな。まさかこんなことになるとは思わなかった」


 謝ってきたのは「冴羽は牧野が好きなんだよな」って茶化した子だ。


「いいよ。誰だってこんなふうになるなんてあの時は思わないよ」


 まったくだ、って空気が教室中に漂った。


 それから、あの二人はそっとしておこうという暗黙のルールみたいなのができた。




 できた、んだけど。

 何かあるごとに葛城さんが絡んでくる、張り合ってくる。

 スポーツ測定も、小テストも、わざわざこっちに来ては結果を比べて……。


「また牧野の勝ちか」

「牧野って、できるもんなぁ」

「勉強も運動もな」

「ちょっとそこ! そこそこそこそこうるさいよっ!」

「だって、めっちゃできるわけでもないし」


 うっ、おっしゃる通り。

 さっこちゃんほどじゃないけど勉強も運動も中の上をキープしてる。でもここから上を狙うってすっごい難しいよ。改めて青井兄妹のすごさを実感した。


 葛城さんも成績とか悪いわけじゃないけど、転校してきてすぐで勉強の進み具合とか違うんだろうな。だから今のところわたしの方が一歩上を行ってる。


 当然、それが気に入らないって絡まれる。

 勝手に張り合ってきて勝手に負けて勝手に絡まないでよー。


「ふん! いくら勉強や運動ができるからって、家庭科はどう? 家庭的なことができないとけんちゃんのお世話できないんだから!」


 ……ごめん、裁縫も料理も、お母さんがいなくなってから自分でやってるから慣れてる。


「牧野、手慣れてるよなぁ」

「元気ばっかりが取り柄だと思ってたけど、結構女の子だな」


 余計な一言もついてるけど、最近なんか点数上がってない?


「きぃぃーっ!! くやしいぃぃ!!」

 葛城さんが地団駄踏んでる。


 これでこっちに絡むのあきらめるか、いっそ無視してくれたらいいのに。

 正直言って、面倒くさい。



 そしてそして、面倒なのは学校生活だけじゃない。


 夢の中で初めて高峰さんに助けてもらってから、何度か夢魔退治に出た。

 あれから、助けてもらうことはなくなったんだけど。


「また来たの?」

「そんなこと俺に言われても」


 なぜか高峰さんは、同じ日に夢魔退治に行くとこっちにも来るようになった。

 高峰さんいわく、自分のところの夢魔退治が終わったら、なぜだかおまえのところに来てしまう、なんだって。


 わたしの方が時間的に早く夢魔退治に出るから、高峰さんが来る頃には大抵終わってるのが救いだ。これでまたピンチなところに来られて「こいつ使えねー」とか思われたらやだし。


 だから高峰さんと会っても、ちょっと話してすぐにさよなら、なんだけどね。

 これが、話の弾む相手なら嬉しいんだけど、ノリが悪いって言うか、口数少ないんだよ。

 珍しくしゃべったと思ったら、戦いのダメだしだったりするし。

 口うるさいサロメと、胸にぐさぐさ刺さる指摘の高峰さん。

 学校も狩人生活も、心休まる時がない。


「また今日も会ったよ。なんとかなんないの?」

 お父さんの部屋に戻って愚痴ってみる。

「うーん、なんとかって言ってもなぁ。狩人が行きたいと意識して他の狩人のところに行く、という話は聞いたことはあるけれど、なぜだか判らないのに行ってしまう、っていうのは初めてだよ」


 そうなんだ。だったらその原因から調べないといけないね。


「そもそも、高峰さんってどんな人なんだろ。お父さん知ってる?」

「知ってるよ。夢見の集会所で会ったこともあるし、うちに来たこともある」

「えぇ? そうなの?」

「おまえもその時会ったぞ」

「うそっ? 覚えてないよそんなの?」


 衝撃の事実ってこういうのを言うんだ。


 お父さんが教えてくれたのは、こんな感じ。

 高峰さんは、悪夢のことをネットで調べてて、うちの内科の記事を見つけて、お父さんに直接相談したんだって。

 その相談の時に、わたしが部屋に入ってきた、って。二年ぐらい前って言うから、小五の頃か。


「ハルトくんと話をしている時に、おまえが部屋に入ってきて、今夜は夢のお仕事あるの? ってな。そこにいたのが夢魔や悪夢のことを聞きたがっていた人だったからよかったけれど、そういうことを全然知らない人だったら、変な子認定されてただろうな」


 苦笑するお父さんを見て、そんなことがあったっけ、って考えてみたら。


「――思い出した!」


 そう言えば、そんなことあったよ。部屋に入っていきなりあれはまずかった、ってあれからしばらく反省してたんだった。

 あの時のお客様が、高峰さんだったんだ。


 ぼんやりとしか覚えてないけど、すごく深刻な顔してたイメージがある。


「高峰さん、なんで夢の事を聞きに来てたの?」

「それは本人の許しもないのに話すわけにはいかないよ」

「そっか」


 じゃあ、今度夢の中で会ったら、聞いてみよう。

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