もっと強くなる

夢の中にもそんなものがあるなんて

 十月に入った。


 学校では相変わらず葛城さんが張り合ってくる。わたしが無視してると、最近はちょっとした妨害なんかも始めてきた。

 こんなこと言っちゃなんだけど、幼稚な嫌がらせだ。

 運悪く今、同じ班で、わたしにだけプリント配らなかったり、先生からの連絡を隠したり。

 友達のいない子にならすごく効く手だろう。


 全然ダメージがないと判ると、陰湿化してきた。

 靴隠されたり、机の上に花瓶置かれたり。


「だれー? こんな幼稚なことしてるの?」

「アホなことしてないで名乗り出なよー」

「これ以上続けるなら本気で犯人探すからね」


 現場を見たわけじゃないから犯人と断定できないけど、わたしにそんなことするの、葛城さんぐらいしか思いつかない。みんな葛城さんの方を見て言ってる。

 彼女は睨み返してくるけど、こっちは数人で鉄壁ガードしてくれる。


 友達がいるって心強い。

 それよりさっこちゃんの怒りが爆発しないかの方が心配だ。


 冴羽くんは……、おろおろして悲しそうにしているだけで、葛城さんに注意したりとか、そういうのは、ない。


「冴羽、完全に葛城の尻に敷かれてるよな」

「幼馴染の暴走も止められないなんて、ほんとヘタレね」


 もうクラス全体があの二人には近づかない方がいい、みたいな雰囲気になってる。

 葛城さんはわたしをハブにしようとしているみたいだけど、クラスで浮いてるのはむしろあの二人だ。


 そうそう、淳くんと付き合ってるってウワサは、あれからすぐに消えてくれた。というかさっこちゃんが消して回ってくれたおかげで、変に先輩達に絡まれることがなかった。

 多分あのウワサ、葛城さんが流したんじゃないかって、さっこちゃんは言う。


 そういうこと含めて、そのうち真正面から向き合わないといけないんだろうけど、そんな気分にもなれない。


 だから今は狩人の活動の方に心の重点を置いてる。


 もう狩人になって半年経った。

 お母さんの行方は相変わらず判らないままだけど、それとは別にちょっとした変化があったみたい。


「暁の夢、ですか。最近活動を控えていたのにまた動き出したとは」


 お父さんが電話で誰かと話してる。

 何だろう?

 電話が終わるのを待って、尋ねてみる。


「何か困りごと?」

「うん、ちょっと厄介な組織が動き出したみたいだ」

「組織?」

「夢見の集会所は夢魔から贄を守る団体だけど、夢魔と手を組んでいる組織もあるんだよ」

「えっ? 何それっ!?」


 夢魔と手を組むってことは夢魔の味方をするってことだよね。それってつまり人を苦しめて最後には殺してしまうのもかまわないってこと。


 ちょっとそれひどすぎる。信じられない。

 驚いて、でも言葉が出ないでいるわたしの顔を見ながらお父さんはうなずいた。


「世の中に悪い人はたくさんいる。夢の中にもいるということだね」


 悪い人がいるのは判ってる。けれど夢の中ぐらい、そういうのはあってほしくなかった。

 相手の命を奪うことを目的にしてる夢魔なんてのがいるんだから、人同士は夢魔に立ち向かうために結束しているのが当たり前だと思ってた。

 なんか、悲しいけどそれ以上にすごくムカつく。


「さっきちょっと聞こえた『暁の夢』ってのが、その組織?」

「そう。知恵のある夢魔と組んで、襲う相手を選んでるんだ」


 夢魔は「暁の夢」から依頼された相手の生命エネルギーを奪い取る。邪魔をしに来る狩人は「暁の夢」が抑えるという協力関係が成り立っているんだって。


「その組織はそんなことをして何か得があるの?」

「例えば暗殺を請け負うことで依頼料がもらえたりする。なにせ夢魔に侵食されて死んでしまうと原因不明の多臓器不全だからね。証拠が残らない」


 そうか。夢魔の侵食を受けると、これという病名が付かないんだっけ。ただただ体が弱って死んでしまうから心不全とか多臓器不全とかでしか説明がつかない。それを利用して証拠なく暗殺もできてしまうんだ。


 夢魔も怖いし憎いけど、悪意ある人間もえげつない。

 ぐっとこぶしを握った。


「組織の幹部あたりを捕まえることができたら夢魔のことも少しは判るかもしれないけれど、表に出てくるのは末端ばかりだからね。夢見の集会所も難儀しているよ」

「暁の夢はどこを拠点にしているとか全然判ってないの?」

「うん。夢の中に本拠地を置いているんじゃないかって憶測もある。もしそうだと居所をつかむのは難しいね。夢の形はいろいろで、一定じゃないから」


 それを聞いて、どきっとした。

 ひょっとして可能性なくない?

 お母さんはもしかして――。


「お父さん、お母さんが暁の夢に捕まってるってこと、ない?」

「暁の夢は敵対した狩人は捕まえずに殺してしまっているみたいだから可能性は低いかもしれないけれど、もしかしたら何らかの理由があって捕まえたということも、あるかもしれないね」


 お母さんが、見つかるかもしれない!

 俄然やる気が出るってものだ。

 けど。


「愛良、おまえにはまだそういった組織が絡む夢魔との戦いは任せられないよ。強い狩人に組織のことは頼んであるから、無茶をしちゃいけないよ」


 釘刺されちゃった。


 うん、って返事はしたけれど。……やっぱり自分でで探したいのが本音だ。

 強くなったらそういうお仕事も回ってくるってことだよね。

 だったら、強くなってやろうじゃない。




 週末、わたしはこっそり夢見の集会所へ行った。道さえ覚えてしまえば頑張れば自転車でも行ける距離だ。

 なんでこっそりかっていうと、お父さんが余計な心配をしないため。


 夢乃と表札がかかっている集会所のベルを鳴らす。


「あら愛良ちゃん。どうしたの? 一人?」


 マダムさんが出てきた。直接会うのは久しぶりだ。


「はい、お願いしたいことがあって」


 部屋に入れてもらうと、冴羽くんがいた。


「あ……、牧野さん、こんにちは」

「こんにちは。夢見の訓練?」

「うん。終わったところ」


 マダムさんよりも頻繁に、それこそ平日に毎日同じ教室にいるのに、すごく久しぶりに話した気がする。

 学校じゃいつも葛城さんがべったり張り付いてて誰も、特にわたしには近づけさせない、みたいな感じになってるし。


「はい、よかったら飲んでね。それでお願いって?」


 マダムさんがオレンジジュースを出してくれた。ありがたくいただきつつ、話を切り出す。


「わたし、もっともっと強くなりたいんです。できれば訓練してほしいんですけど」

「あら、熱心なのね。いいことだわ」


 マダムさんがにっこり笑う。


「けれど刈谷かりやさんは最近お忙しいみたいだし、そんなに頻繁にはこちらに来れないようよ」


 刈谷さん? と小首をかしげて記憶の海から名前を探してみる。


「懐かしいわねぇ。愛良ちゃんが訓練に毎週通っていた時のことを思い出すわ」


 マダムさんがおっとりと言う。今あの頃の話が出てくるってことは。

 ……あ、アロマさんのことか。


「それじゃ刈谷さんでなくても――」


 そこで浮かんだのは。


「ハルトさん、えっと、高峰さんは、忙しいですか?」

「あら、ハルトくんと親しくなったのね」

「親しくってほど、親しくはないんですけど」


 他に思い浮かぶ強い狩人さんがいないだけで。


「それでもまぁ、うってつけなのかもしれないわねぇ。お願いしてみましょうか。大学の進学先も決まってるって話だから試験期間以外ならお付き合いしてくれるかもしれないわね」

「ハルトさん、高校三年だったんだ」


 もう少し上でもおかしくない落ち着きぶりだよね。


「えぇ。狩人としては二年目よ。彼もかなり熱心に働いてくれてるのよ」


 二年前から。

 お父さんに会いに来たのも二年前だっけ。その時はもう狩人だったのかな、それともなる前かな。

 何をきっかけに狩人になったんだろう。熱心に夢魔を狩る理由は?


 でも尋ねても答えてくれそうにないよね。

 別に、知らなくてもいいんだけど。


 そんなふうにぐるぐると考えてる間に、マダムさんがハルトさんに電話をかけていた。


「あら、そう? ならお願いしようかしら。えぇ、よろしくお願いね」


 マダムさんの声に、思わず横顔を注目してしまう。


「ハルトくん、引き受けてくれるそうよ。今からこちらに来るんですって」

「今から?」


 ハルトさんヒマなの? とはシツレイなので言えない。


「よかったわねぇ、ハルトくんは強いし、安心して任せられるわ」

「あの……」


 冴羽くんが何か話しにくそうにしている。帰るタイミングを逃しちゃったのかな。

「あらごめんなさい。剣志郎くんはもう帰ってもいいわよ。また来週ね」

「え、……はい」


 口ごもりながら冴羽くんがちらっとわたしを見た。けれど何も話しかけてこないで、帰っちゃった。

 少し寂しい気もするし、ほっとしているのも正直なところだ。


 冴羽くんを見てるとどうしても葛城さんの影がちらつく。冴羽くんにというより、葛城さんには関わりたくない。疲れるから。

 それが彼女の作戦で、うまく乗せられているなら、それはそれで悔しいけれど。


 あー、なんか判らないけどモヤモヤする。

 今は気持ちを切り替えて、狩人として強くなることを考えなきゃ。


 いただいたジュースを飲み干してしばらくしたら、ハルトさんが来た。


「いらっしゃいハルトくん」

「ごめんなさい、わがままに付き合ってもらって」


 こっちの都合で呼び出してもらったんだから、頭を下げる。


「いや。強くなりたいって思うのはいいことだと思う」


 ハルトさんはそう言って、笑みを浮かべた。

 優しい微笑に、胸がじぃんとあったかくなる。


「それじゃ、始めようか」


 ハルトさんとお隣の部屋に行く。マダムさんが開いてくれた夢の部屋に飛び込んだ。

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