これが壁ドン、って違う!

 日が落ちた住宅街は結構暗い。最近になって街灯が明るいのに替えられてってるみたいだけど数は増えてないし、明るいとこは明るいけど暗いとこは暗い、みたいな。……当たり前だけど。


 不審者が出るって聞いたら、歩き慣れた道でもちょっと暗いだけで怖い感じがする。淳くんがついてきてくれてよかったかも。


「愛良ちゃん、相変わらず咲と仲良くしてくれてんだ。いい加減飽きてきたかもしれないけどよろしくね」


 淳くんが笑う。


 さっこちゃんのことを「咲」って呼ぶのって淳くんぐらいかな。お母さんも時々呼んでるけど「咲ちゃん」がメインだし。

 ちなみにわたしが「さっこちゃん」って言ってるのは小さいころに「さきこ」がうまく言えなかった名残。


「いやいやそんな、飽きられてるとしたらわたしの方だと思うよ」


 大げさに首を振ってみたら、また淳くんが笑った。昔っからだけど、相変わらず良く笑うよね。

 淳くんの笑顔って見ていてこっちまでほぅっとするって言うか、あったかい気持ちになれる。淳くんのそう言うところは好き。あ、もちろん男の子としてってのじゃなくて。


「咲が愛良ちゃんに飽きるなんてことはないと思うよ。あいつと何か話す時、いっつも愛良ちゃんの話がどこかに出てくるし」

「そうなの?」

「うん。だから僕もなんだか毎日愛良ちゃんと話してるような気分になる」


 さっこちゃんや淳くんと兄弟だったら、楽しいだろうなぁとか考えちゃって、……ごめん、おかあさん、って思っちゃった。


 わたし、どんな顔してたんだろう。こっちを見てた淳くんが「……なーんてね。そんなこと言ったら迷惑かな」とか言いながら、あははと空笑いした。

 な、なんか誤解させちゃった?


「迷惑とかじゃないよ。伝説の人にそんなふうに言ってもらえて嬉しくないわけないし」

「伝説?」


 淳くんがきょとんとしてる。


「うん。淳くんはうちのガッコで伝説の人だよ。成績優秀、文武りょーどー、責任感バッチリってそろってたら当然だよね」

「えー、伝説なんてオーバーだよ。第一、まだ卒業して三か月なのに」

「何いってんのさ。国体まで出た人が」

「あれはたまたま中学生としては速かったってだけで。高校に行ったら、そこらに埋もれてるレベルだよ」

「ふーん。やっぱ高校ってすごいんだ」

「うん。一応陸上部には入ってるけど僕より早い人なんてゴロゴロしてるよ」


 もったいないなぁ。きっと淳くんが本気だしたら高校でもいい成績出せると思うのに。まぁ現実知らない中坊が勝手に思ってるだけだけど。


「それよりさ、咲、学校でどう? うまくやってる?」


 淳くんが、ちょっと心配そうな顔で聞いてきた。


「へっ? もちろん。さっこちゃん大人気で、このままいくとおにーさんに続いて伝説の人コースだよ」

「それならよかった。あいつさ、ちょっとツンツンしてるとこあるだろ? トラブルになってないかな、って思って」


 お兄ちゃんとしてかわいい妹が心配ってとこか。


「淳くん、さっこちゃんのこと、大事なんだねぇ」

「やっ、そりゃぁ、まあ、ねえ。あはは」


 ニヤッ、て笑って言ってやったら、淳くん慌ててる。

 こんなやりとりも久しぶりで、なんだかほっとする。


「ほ、ほら、愛良ちゃんの家だよ。お父さんにご飯渡して来ないと」


 ほんとだ。いつの間にか着いてた。


「はーい。それじゃちょっと行ってきまーす」


 淳くんは家の門の前で待ってもらって、家の中へ。

 お父さんはもう夜の診察に出ちゃってる。いただいたおかずをテーブルの上に置いて、書き置きも用意して、淳くんの待つ門へ戻った。


「お待たせー」

「それじゃ、行こうか」


 青井家への道のりも、また淳くんと楽しく話して、あっという間だった。

 さっこちゃんところでの食事も、美味しくて、とっても楽しかった。まさに幸せの時間だったけど。


 まさかまさか、そのツケが即、二日後に回ってくるなんて思わなかった。




 月曜の朝、学校に着いてからなんか視線を感じてたんだよね。

 気のせいかな? って思ってたけど、全然気のせいじゃなかった。


「牧野さん、呼ばれてるよ」


 学活がはじまるまでの時間に、クラスの女の子が廊下から声をかけてくる。

 誰だろ? と首をかしげつつ廊下に出てみると。


 うわ、三年生のおねぇさま方が四人並んで、とってもにこやかにわたしを見てる。

 でも、目が笑ってなくてすっごくこわいよその顔。


「牧野さん。ちょっといいかなぁ」


 ねっとぉりとからみつくような猫なで声で言われた。いいかなぁ、なんて言ってるけど断るのを許さない雰囲気があたりを包み込んでるんですけど。


「えぇっと、なんでしょうか?」

「お話があるんだけどぉ、ここは騒がしいし。静かなとこで話そっかぁ」


 おねぇさま方が、ニマァって笑った。

 ひいぃ、怖い!

 誰か助け舟出してくれないかなぁ。

 ちょっと周りを見てみたけど、みんな遠巻きにして怖々見守ってるだけ。中には、あからさまにワクワクしてる人もいる。わたしが何をしたって言うのさ。


 さっこちゃんは、職員室に用事があるから、って行っちゃったし、まさに孤立無援、四面楚歌。

 誰でもいいからタスケテー!


 ヘルプ要請の視線をあたりに送ってみたけど、誰も来てくれない。

 はいはい、さ、こっちこっち、とおねぇさまに引っ張られる。


 途中、おんなじ仲良しグループの子達とすれ違った。


「愛良、何かあったん?」


 先輩方に囲まれて歩くわたしに驚いてる。


「わたしにも判んないけど――」

「時間ないし、急ごうかぁ」


 言いかけたけど、先輩達が否応なしに引っ張るから途切れちゃった。

 心配そうな顔の子達を残して、わたしは女子トイレに連れ込まれた。


「あんたさぁ。青井先輩と慣れ慣れしくするんじゃないよ」


 青井先輩と?

 ……あぁぁ、土曜日に淳くんと一緒に歩いてたの、誰かに見られてたんだ。

 そう言えばおねぇさんのうちの一人がマスクしてる、ってことは、この人がうちに診察受けにきた時だったりして。

 うちが内科なのが災いするなんてっ!


 朝から視線を感じてたのって、もうそのウワサが広まっちゃってるから、なのかも。

 ってことは、あの興味シンシンの視線は、……伝説の人に手を出した敵はシメられろってこと!?


 トイレの一番奥の窓際に追いやられて、おねぇさま達が逃がさないって感じに横並び。さっきの笑顔なんかどこかに行ってしまってて、ハンニャみたいな顔してる。これは悪い予感的中っぽい。


「青井先輩の妹さんと仲いいからって、ポジション利用して近づこうったって、そうはいかないからね」

「あんたみたいなチビガキが、青井先輩と釣り合い取れるとでも思ってんの?」


 あぁン? とか言いだしそうな顔つきで、……怖いけど、ちょっとおかしい。

 怖すぎて逆に笑うしかない、ってのもあるかもしれないけど。


 ここで笑ったら絶対リンチコース確定だから、ガマンガマン。


 先輩達の罵詈雑言を聞きながら、なんとかこの場から抜け出す方法を考える。

 あーあ、夢の中ならこんな人達、あっという間にやっつけちゃえるのに。


「何ぼーっとしてんだよ。聞いてンのか、ブスチビ!」


 はっと我に返ったら、先輩の一人に肩を勢いよく押されて窓に背中が当たった。

 そーか、これが今流行りの壁ドンか。いや、窓だから窓ドン、……って、同性に絡まれてるだけなんてうれしくなーい!


「こいつ、青井先輩のこと、淳くんとか呼んでるしっ! 先輩も、こいつのこと名前で呼んでたしっ!」


 マスク先輩が顔を真っ赤にして、涙目になってる。

 その場を見てたって判る言葉。あぁやっぱりこの人なんだ。


「淳くん!?」

「マジうっざ!」

「死ねよおまえ」


 うわうわうわ。おねぇさま達の怒りボルテージが跳ねあがった!

 でも、しょーがないじゃん。実際、赤ちゃんの頃からの幼馴染なんだし、先輩って呼んだら不思議がられるぐらいなんだもん。そりゃ外で警戒心解いちゃったわたしも悪いけどさ。


「あ、あの……。青井センパイとはなんてーか、兄妹みたいなもので。先輩方もほんとのおにーさんとかおとーとさんに、恋愛感情なんてわかないでしょ? それとおんなじで」


 いかれるひとたちよ、鎮まりたまえぇぇ。

 もうそれこそ拝むように、釈明してみる。


「だったらそれらしい態度してればいいだろうが!」

「先輩って呼んどけよ! 名前呼びなんてクソチビのくせに!」


 ボルテージさらにあげちゃった!


「えっと、先輩って呼んだら怒られちゃって……」

「お、お、怒られた……!」

「わたしも青井先輩に怒られたいいぃぃっ」

「やっぱ死ねこいつ!」


 ……もう何言ってもダメだこの人達。

 すぅっと、心がさめてくのが判った。夢魔を前にした時みたいな、興奮してるけど冷静になってく感じ。


 今の状態なら、いけそうな気がする。

 夢の中ほどには体は動かないけど、元々運動は嫌いじゃない。四人が横並びになってるだけのこの状況は、ささっとくぐり抜けられそう。

 ちょっと腰を落として、右足を軽く後ろに引いて、さぁ行くぞ、と思ったら。


「愛良ちゃん? そこにいるん?」


 さっこちゃんの声だ。

 あぁ、トイレの入り口に現れた、救いの女神さま! 先輩達の間からこっちをうかがってるさっこちゃんと目があった。


「あ、さっこちゃーん」


 わたしが女神さまの名前を呼ぶと、先輩達がまずっって感じで、びくっと震えた。判りやすっ。

 その隙に、わたしは先輩達の間をすり抜けて、さっこちゃんのところへと脱出成功。

 さぁ、さっさと教室に戻って――。


「トイレで集まって、何やってるんですか?」


 あれれ。さっこちゃん、顔つき厳しい。

 これはマズい。さっこちゃん、なんかすごく怒ってる。


「なんでもないよー。先輩方がうちの内科に用事があるからって話で」


 あわあわと手を振ってさっこちゃんを抑える。


「でも愛良ちゃん……」

「なんでもないから、ね?」


 わたしを見てちょっと不満そうなさっこちゃんを引っ張って、たじろいじゃってる先輩達をトイレに置き去りにして教室に戻った。


 ふぃぃぃぃ。疲れた。

 思わず椅子に座って机につっぷしちゃったよ。


 でも、さっこちゃんと先輩がトラブルにならなくてよかったよ。いくら伝説の人の妹だからって、先輩とやっちゃったら問題視されちゃうかも、だもんね。


「愛良ー!」

「無事だった? リンチとかされてない?」

「咲子ちゃんも大丈夫だった? ごめんね咲子ちゃんだけに任せちゃって」

「それは、わたしが一人で行くって言ったんだし」


 グループの子が駆け寄ってきた。心配してくれてたんだ。ありがとー! さっこちゃんに伝えてくれたんだね。


「……ごめんね。うちの兄貴がらみで迷惑かけて。痴漢避けにはなっただろうけど余計なの近づけちゃったね」


 さっこちゃんが痴漢避けにいいんじゃないかって言ったから責任感じちゃってるんだ。

 がばっと顔をあげてさっこちゃんを見る。


「えー、迷惑じゃないよ。これからは外ではもうちょっと気をつけるだけのことだし」

「愛良ちゃん、やさしいなぁ。ありがと」


 わたし達が手を取り合ってうんうんうなずいてると、周りの野次馬達は散っていった。

 やれやれ。


 でも、さ。考えてみたら、わたしが淳くんと歩いてたからって下の学年の教室にまで乗り込んでくるほど、あの先輩達、淳くんのこと、好きってことなんだよね。

 それだけ誰かに夢中になれるって、いいなぁって思う。


 わたしもいつか、誰かのことをそこまで好きになったりするのかな。

 いまいちピンとこないんだけどね。


 あの人カッコいいなぁ、とか、優しいなぁ、とか思うことはあっても、男の子として好き? って考えると違うのかなぁって思う。


 男の子として好きってつまり、ヒマな時には連絡とったり、デートしたり、そういうことしたいって思える相手だよね。そう思える男の子はいない。


 お母さん探さないとっていうのがあって恋どころじゃないのもあるけど。


 いつかきっと、素敵な恋に巡り逢えたら、いいな。

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