恋ってどんな気持ち?

幼馴染兄妹がすごすぎる

大親友の兄は伝説の人

 終わった!

 一学期の期末テストが今をもって終わりを迎えたのだ!


 小学生の頃は、単元ごとのテストで点を取っていればそれなりにいい成績でいられたけど、中学生になったら、そうはいかない。

 なにせ、普段どれだけ真面目に授業を受けてても、一学期の間に二回だけのテストで結果を出さないと満足できる成績は取れない。


 狩人になるための条件でやってたお勉強タイムのおかげで小六の三学期は五段階評価で四が多かった。それを維持しなければならないんだよ。全然気が抜けない。


 中学で四とれる点数を定期テストでとるのって、つまり八十点あたりが当たり前になる。そんなのわたし知らなかったよ!

 でもきっとお父さんは知ってたに違いない。策士どころか腹黒だった!


 学校で部活動がテスト前の一週間、停止になるのと同じように、うちではテスト期間は狩人停止だ。


 一学期の中間テストは五教科のどれも八十点前後でいい感じだったけど、期末テストは難易度がぐっと上がって難しい。

 それでも何とか目標の点数に手が届きそうなのは、大親友、青井咲子ちゃん――さっこちゃんのおかげ。テスト期間にみっちり勉強教えてもらったよ。さすが才女は教えるのもうまい。


「いやぁ、やっと終わったねー」


 やりきった感で額の汗をぐいっとぬぐって言うと、さっこちゃんも嬉しそうにうなずいた。


「だねー。どうだった?」

「さっこちゃんのおかげで苦手なとこもなんとか乗り切れたよ」

「そりゃ愛良ちゃんが頑張ったからだよ」

「これでお小遣い差し押さえは免れそう」

「教育パパ、続いてるんだね。愛良ちゃんこれからも大変だ」


 まったくだ、と笑った。


 さっこちゃんには狩人うんぬんのことは言えないから、お母さんがいない間に愛良の成績を落とすわけにはいかない、とお父さんが張り切っちゃってることになってる。成績が下がったら差し押さえられるのは小遣いじゃなくて狩人の活動だ。

 ごめんねお父さん、憎まれ役を圧しつけちゃって。


「咲子ちゃん、部活いこ」

「愛良ー、一緒にかえろー」


 下校時間になると友達がわらわらーっと集まってくる。


 さっこちゃんは人気者だ。キリっとした美人さん、成績優秀、運動神経抜群、姐御肌なとこもあるけど優しい、とくれば人気がないはずはない。


 同じ学年だけじゃなくて、上級生ウケもいいみたい。礼儀正しいし陸上部で頑張ってるもんね。


 本当はわたしも一緒に陸上部入りたかったんだけど、勉強とか、狩人の仕事のことを考えて部活は今のところやらないことにした。

 もうちょっと余裕ができたら、ね。


 わたしのまわりにもそれなりに友達いるけど、まぁ、おこぼれみたいなもんだと思う。


 女子の輪の外で、男の子達がこっちをちらちら見てるのが見える。

 もちろん、さっこちゃん狙いだ。


 さっこちゃんは表だって男の子にちやほやされるタイプじゃなくて、遠くからあこがれの存在として見られてる感じ。なんて言うんだっけ。高の花? 高貴なバラみたいな? あ、でもトゲトゲしくないんだけどね。時々ズバっと出ちゃうツッコミはもう大阪人の共通スキルだからカウント外ということで。


 一部の女子で、さっこちゃんのこと妬んでる子もいるんだけど、ちょっとしたイヤミぐらいならスルーという特技を持ってる。こっちがむかーってしてても、「あ、愛良ちゃん怒ってる? 語彙力は低いけど、あおり点は八十点」ってぼそっと言ってのけちゃうし。


 こんなすごくて頼もしくて面白い子と一番の仲良しって、ちょっと鼻が高いかも。もちろんそんな打算でお友達してんじゃないけどね。やっぱ友達が人気者っていうのは、嬉しいじゃない?


「じゃーねー、愛良ちゃん。また明日」

「さっこちゃん部活頑張ってねー」

 わたし達は手を振りあって教室を出た。




 夜、さっこちゃんからスマフォにメッセージが届いた。


『明日部活ないんだって。新作見に来ない?』

『いくー♪』


 即レス入れた。


 明日は土曜日。いつもならさっこちゃんは午前か午後のどっちか、下手すりゃ一日中部活なんだけど、珍しいね。


 そして次の日、お昼ご飯をさくっと食べたら、さっこちゃんの家に遊びに行く。


 今日は宿題ないし、夢魔退治もないはず。夜ご飯作る時間までに帰ればいいから、ちょっと気が楽だ。


 さっこちゃんは、うちから歩いて十分もかからない。だから青井家の人達も体調くずしたら牧野医院うちにやってくる。御幣あるけど上得意様だね。


 おうちは、ちょっと大きめの一軒家だ。

 一般家庭で、さっこちゃんも、三つ上のお兄さんも特別に進学塾とか行ってるわけじゃないし、お母さんが教育熱心ってわけでもないのに二人とも成績いいなんて、やっぱ元から頭いいんだろうな。そりゃもちろん人知れず家ですっごく勉強してるのかもしれないけど、ガリ勉って雰囲気は全然ない。


「愛良ちゃん、いらっしゃい」


 さっこちゃんのお母さんがニコニコ顔で迎えてくれた。うちのお母さんに負けず劣らず元気な人だ。だから二人は気があって、わたし達が産まれる前から仲良かったんだって。


「それじゃ、ゆっくりしてってね」


 さっこちゃんのお部屋にお菓子とジュースを持ってきてくれたお母さんは、やっぱりニコニコ顔で部屋を出てった。

 ……いいなぁ。お母さんがいつもいるって。


「ん? どしたん?」


 ぼーっとしちゃってたのかな。さっこちゃんが聞いてきたから、ごまかした。


「いやぁ、さっこちゃんって結構かわいいもの好きだけど、部屋は殺風景というか、あんまりそういうもの置いてないなぁ、って」

「ほっといて。ってか愛良ちゃんだってそれは一緒でしょ」


 それもそっか。


 笑って言いながら、さっこちゃんは大目的のDVDをプレイヤーにセットした。

 最近レンタル開始になった有名なアクション映画だ。


 さっこちゃんはアクションシーンで目を輝かせてる。

 わたしもアクションシーンでじぃっと見るのはおんなじなんだけど。


 あ、この動き、夢魔との戦いに使えそう、とか、あれはかっこいいけどちょっと無理があるかなぁ、とか、そんな見方しかできなくなっちゃってる。これって職業病って言うのかもしれない。


 もちろんストーリーとかも楽しんでるけど、やっぱり二人ともアクションシーンを重視してるんだよね。小六から続くアクション同志の会は健在だ。会員はわたし達だけ、だけどね。


 だから観賞会が終わってからの感想大会も、あのシーンは格好よかったとか、あの動きは超人的だとか、むしろ神業だとか、そういう方面がほとんどだ。花も恥じらうティーン女子の会話じゃないよね。

 さっこちゃんの「語り」について来られる男の子だったらきっと、彼氏候補の最大有力者になれるかもしれない。


 ついでにこれも見るー? みたいな流れになってもう一本観賞した。

 はっと気が付いたら外がうす暗くなっちゃってる。やばー。夜ごはん用意しないと。


「もう帰んないと。ばたばたしてごめん」


 わたしが慌てて帰ろうとするところに、さっこちゃんのお母さんがやってきた。


「あれ? 愛良ちゃん帰るの?」

「はい。ご飯作って来なかったから」

「そっか。いつも作ってるんだったね、偉いねー。じゃ、うちのおかず持って帰る? ちょっと多く作っちゃったから持って帰ってもらったら丁度いいし」


 それはラッキー、と心の中でぱぁっと舞い上がった。


「いやー、でも悪いですしぃ」

 一応言っておかないと。


 そしたら、さっこちゃんのお母さんは何がおかしかったのか、ふふふって笑った。


「子供がヘンに遠慮しちゃダメよ。良かったら愛良ちゃんはうちで食べてってね」


 なんて優しいんだ、やっぱうらやましいよ、さっこちゃん。


「それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」


 そうと決まれば早速とばかりに、わたしはおすそわけを頂いて一度家に帰ってからまた来ることになった。


 うちに頂く分の支度ができるまで待つように言われてリビングに移動すると、学校から帰ってきたばっかりのお兄さんと出くわした。青井じゅん先輩だ。部活だったみたいだね。


 鞄を床に放り出してソファによりかかって座ってる先輩は、わたしを見て体を起こした。


「愛良ちゃん、来てたんだ」


 もう声変わりも完成した低めの声で言って笑った。先輩、顔は結構柔和なんだよね。作りは結構平凡っぽいけど笑うと可愛いというか。我が親友の兄にして伝説の人にシツレイな感想だけど。


 何が伝説かって、さっこちゃん以上に、このお兄さんはすごい人。

 テストは常にトップ。成績はオール五。さらに陸上部で、三年の時に国体に出たんだって。

 ファンクラブまであったらしい。今もその名残で、さっこちゃんもわたしも、お兄さんと仲良くしたいって先輩からとりなしを頼まれることがある。


「はい。先輩のお疲れのところお邪魔してすみません」


 ぴょこんと頭を下げると、お兄さんは驚いた顔になった。


「なんで改まってんの? それに先輩って。今まで『淳くん』って名前で呼んでたのに」


 うん。先輩とわたしもいわゆる幼馴染と言っていい関係なんだよね。赤ちゃんの頃からさっこちゃんと仲良かったから、当然お兄さんとも結構遊んだりしてたし。


「んーっと、きちんと距離感表現しておかないとウルサイ人達もいるし、ってとこかな」

「ウルサイ人達?」

「あなた青井先輩の何なの? って聞かれるとか」

「えー、なんだそれ。幼馴染以外に何があるんだろうね」


 おかしそうにケラケラ笑う。その笑顔の罪のないことったら。

 おにーさん、あなた自覚ないですよ。


 伝説の人の幼馴染ってポジションは、結構ビミョーなんだよ。お兄さん狙いの知らないセンパイから絡まれることだって、たまーにあるんだから。


「はい、愛良ちゃんお待たせ」


 お母さんがスーパーのレジ袋にタッパーを入れて持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


 受け取って、それじゃ一旦家に戻ります、と言うと、お兄さんが小首を傾げた。


「一旦?」

「そう、愛良ちゃん今日うちで食べるんだけどね。お父さんの分を持って帰ってもらうんだよ。あ、そうだ、あんた愛良ちゃんと一緒に行ってきて。最近この辺も暗くなってくると物騒だからね」


 へっ? お兄さんと一緒に?


「いやいやいやいや、それはさすがに悪いですよ。それに、わたしを襲ってくるモノ好きなんていませんから」


 首を振ったけど、お兄さんまでお母さんに同意しちゃってる。


「油断してちゃだめだよ。それに、ここで僕がついて行かなくて愛良ちゃんにもしものことがあったら、僕、咲子に殺されるから。僕のことを助けると思って、ね?」


 そんなオーバーな。


「ま、痴漢避けとして頼りになるはずだから、ついてってもらったら? その間にテーブルの支度済ませておくし」


 さっこちゃんまで支援してるし。


 結局、押し切られる形で、お兄さんと一緒に我が家まで行って戻ってくることになった。


 それじゃ行こうか、とお兄さんが立ち上がった。

 わー、ちょっと見ない間にまた身長伸びてる。百七十五は軽く超えてるよね。体格もいわゆる細マッチョっぽいし、確かに痴漢避けとしては申し分ないよ。中一にしてはチビなわたしと並んだらすごい身長差。三十センチぐらいあるかなぁ。


 ……うん、勉強スポーツその他いろんなこともひっくるめて冷静に分析すると、今さらながらお兄さんがモテるのがすっごいよく判った。


 でも、わたしにとってはやっぱ幼馴染のおにーさん、なんだよね。恋愛対象として考えたこともないし、多分これからもない。


 前に、誰かがさっこちゃんに「実はお兄さんのこと、男として好き、とかないよね?」って冗談半分で聞いてたことがあったっけ。

 実の兄貴に恋愛感情なんて抱くわけないじゃないって呆れてたさっこちゃんに、わたしも近いのかもしれない。


 他の人からしたら、すっごいもったいない、って感じなのかな。ライバルが減ってよかったとも思われてるかもしれないけど。


 恋愛かぁ。憧れるけど、とりあえず今はそんなヒマないよね。夢の中でお母さん探さないといけないし。

 わたしの青春は、お母さんが帰ってくるまでお預けだ。

 一応、恋愛願望とか、結婚願望とかはフツーにあるんだし、行き遅れにならないように、お母さん、カムバーック。

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