狩人になる覚悟
次の週からは、だんだん動きを速くして行く訓練を始めた。
夢魔との戦闘はスピード勝負だってアロマさんとサロメは言う。相手の攻撃を見て、ううん、察してからよけるまで一秒かかるかかからないかって感じなんだって。少年漫画顔負けだね。
でも、気の持ちようで相手の攻撃も遅く見えたりもするらしい。
それができるかできないかは……。
「自分と相手との強さの勝負、なんだね」
「そうそう。愛良ちゃんも随分いろいろと判ってきたみたいだね」
アロマさんがまた極上の笑みをうかべてる。えへへ、嬉しいなぁ。
『こやつは褒めてばかりだとつけ上がる性格とみた。あまりのぼせあがらせるでないぞ』
サロメが余計なことを言う。
「できることは褒めなければ。訓練はこれからが本番ですし厳しくなりますからね」
アロマさんが満面の笑みのままで、なんか怖いこと言った。
「この部屋で訓練を始めて一カ月だけど、愛良ちゃんの動きもよくなってきたことだし、そろそろ実戦形式にしたいと思うんだ」
実戦ってことは、実際に剣を振るってこと、だよね。
「でもここには夢魔はいないよ?」
「相手は僕だよ」
えっ、アロマさんと? そう言えば今日はアロマさん、武器みたいなのを腰に下げてる。鞘っぽいから、剣かな?
わたしがじぃっと腰のあたりを見てるから、アロマさんもそっちをちらっと見て、うなずいた。
「僕はこれを使うよ。僕の魔器の日本刀だ」
「やっぱ、本物、だよね」
「もちろん」
言うなり、アロマさんがすっとかがんで右手を腰に下げてある日本刀に伸ばした。
笑顔は消えて、真剣そのものの狩人の顔になる。ぐっと緊張感が高まって、かっこいい。
左手が何かを握ってる。……リンゴ?
アロマさんはそれを前に軽く投げた、と思ったら右手が動く。
ひゅっ、と風を切る音と、前に投げたリンゴに似た物体を切る音が聞こえた。
……ううん、今の音がリンゴっぽい何かを切ったものなんだって判ったのは、それが真っ二つになって落ちたのを見た後だった。
地面、ん? 地面って言っていいのか判らないけど、とにかく下に落ちたものはやっぱりリンゴだった。
速い! 速すぎる。見えなかったよアロマさんの手の動き。
そして、どうしてリンゴなんだろうと素朴な疑問がわいてくる。
アロマさんはその頃にはもう、日本刀をかちんと鞘に納め終わっていて、いつもの笑顔に戻ってる。
『見事な居合だな』
サロメが感心してる。見えたの?
『無論』
う、うわぁ。わたしだけ取り残されてる。
「愛良ちゃんも鍛えればこんな動きも軽くできるようになるよ」
茫然となってるわたしに、また癒しの笑みを浮かべたアロマさんが言うけど、本当かなぁ。
「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ。始めようか」
『できるようになれないなら、ワシはまたワシにふさわしい主が現れるまで眠りにつくぞ』
アロマさんの優しい声と、サロメの厳しい声がわたしの心にドンと響く。
これが狩人の世界なんだ。わたしも、これぐらいできるようにならないといけないんだ。
わたしはサロメの柄に手をかけて、ぐっと力を込めて握って、うなずいた。
『待てぃ。ワシは訓練なぞで働く気はないぞ』
へっ?
『ワシを鞘から抜きたくば、夢魔を相手にできるようになれ』
ちょっとぉ! 人のせっかくのやる気を思いっきり叩き潰すんじゃないよこのくそジジィ!
『ふん、ひよっこが生意気を言うでない』
むっかぁ!
「えぇっと、それじゃ、愛良ちゃんは木刀で、ってことで」
アロマさんが顔をひくひくさせながら、から笑いしてる。
木刀? あ、そっか、サロメのほかに木刀も持ってるんだった。……なるほど、サロメが訓練で動く気がないと知って、お父さんが持たせてくれてたんだな。
『この木刀は、お主の母上のゆかりのものらしいな』
えっ? お母さんの?
『母上の実家は神社だそうだな。そこで清めを受けた由緒正しき一品だと聞いたぞ。母上も昔、それを使っておったとか』
使ってたんだ、お母さんが、この木刀を。
なら、わたしだって。
ぎゅっと力いっぱい木刀を握りしめて、鞘から抜いた。
うん、なるほどちょっと古ぼけてる感じがする。ツヤはなくなっちゃってるし、ところどころ表面がざらついてる。
でもそれが歴戦の勝利の証なら、わたしもこれにふさわしい狩人になるよ。
「それじゃ、始めようか」
アロマさんも、すらりと日本刀を抜いた。何でも斬れそうな刃の輝きだ。
って、ちょっと待って? アロマさんのは本物の日本刀。こっちは木刀。
「……ひとつ聞いてもいいですか? その日本刀が本物なら、打ちあったら、木刀があっけなく叩き斬られちゃったりなんてことは……」
『ありえる』
ちょっ、サロメが超即答。
「無理無理無理無理、絶対無理!」
お母さんの木刀を練習であっさり斬られるなんてっ。
『何を臆しておる愛良。かまわん、若いの、かかれぃ』
なに仕切ってんのよっ! しかも悪代官みたいな台詞で。
「まぁ、元々愛良ちゃんの訓練のためだし」
アロマさんが渇いた笑いを浮かべながら日本刀を構える。
「ひぃっ」
アロマさんが「行くよ」と刀を振り上げたから、思わず逃げた。
『逃げるな。それでは訓練にならん』
「いえ、いいですよ。まずは攻撃を避けるという訓練になりますから」
叱咤するサロメに、狩人の顔になったアロマさんが涼しい声で応えてる。冗談でしょ?
でも冗談じゃないみたいで、アロマさんが一瞬で追い付いてきて、刀を振りかぶった。
斬られる! 逃げないとっ。
そう思ったら横っ跳びでその場を離れてた。
「うん、いい動きだよ」
アロマさんが微笑を浮かべて、続けて刀を構えた。
横薙ぎに払われた刃を、体をかがめてかわして、そのまま横を抜けて――。
「はい、一本」
動こうとしたわたしの喉元に、アロマさんの刀の先端がつきつけられてる。速い。
『あっけなさすぎる』
サロメは不満そうだ。
「けれど、動き自体はいい感じだし、これからはこの調子で頑張って行こうね」
さっきまでの怖いくらいに
うっ、この笑顔を見るとついついうなずいちゃう。反則だっ。
偏屈相棒と鬼師匠に挟まれて、これからの訓練がどんなに厳しいものになるか想像できる。
とにかくお母さんの木刀は守らないと。
『愛良、お主、いい加減に攻撃にも出んか』
サロメがいらいらした声で話しかけてきた。
実戦形式の訓練に移って一カ月ほど経ったんだけど、わたしは相変わらずアロマさんの攻撃を避けてばっかりで、木刀を使って防御しようとか、ましてや打ちかかろうとか、どうしてもできずにいる。
だってお母さんの木刀なんだよ。折れちゃうかもしれないなんてこと、できないよ。
「攻撃をかわすのは、ずいぶんうまくなったけれどね」
アロマさんも、ちょっと困った顔で苦笑いしている。
そりゃ、アロマさん、訓練の時は鬼師匠だから結構容赦ない攻撃飛んでくるもん。うまくならなかったらわたし動けなくなっちゃうよ。
「訓練だからってサロメが鞘から抜けてくれないのが悪いんだよ」
そう、サロメは相変わらず、練習でなんぞ働く気はないって意地になって鞘に閉じこもりっぱなし。力いっぱい引っ張って抜こうとしても抜けないんだ。どんな仕組みよ。
サロメをちゃんと使えれば、わたしだって攻撃する気にもなれるのに。
『ふん。一人前どころか半人前にさえなっとらんお主の訓練に誰が付き合うか』
むぅっ。この偏屈じじぃ。
「愛良ちゃん。君はまだ狩人して実戦に出ていないから実感できないと思うけど、夢魔と戦うのってね、時には自分の大事なものを捨てる覚悟もいるんだよ」
アロマさんが笑顔をひっこめて真剣な顔になった。
「たとえば次の攻撃で魔器が壊れてしまうかも、って思っても、目の前の夢魔を退治することの方が大事なんだ。狩人の戦いってそういうものなんだよ。夢魔に狙われて侵食されていく人達は、狩人が夢魔をやっつけないと死んでしまうんだから」
侵食……。夢魔に生命エネルギーを吸い取られ続けることを言う。
わたしはごくりと唾を呑んだ。
「君は何のために狩人になるの? ただお母さんを探したいだけ? 夢魔に苦しめられている人を助けたいって気持ちはないの?」
そうだった。人の命がかかってるんだ。わたしは、みんなのために戦うお母さんとおんなじように、みんなの助けになりたい。お母さんがいなくなる前から、そう思ってた。
「……判った。やるよ」
わたしは、ぐっと木刀の柄を握り直した。
「大丈夫。君の魔力はこの二カ月近くの訓練で随分高まって来ているんだから。もう狩人として初陣に臨んでもいいレベルなんだよ。僕の攻撃を受け止めても、その木刀は簡単には折れないよ」
アロマさんが、いつも以上の爽やかスマイルを浮かべた。
またまた、うまいんだから。
でも今は、その笑顔と言葉を信じる。
守るもののために戦う狩人に、わたしはなるよっ。
アロマさんが中段に構えた刀を軽く振り上げて打ちかかってくる。
その動きは読めてる。その先の動きも。
わたしは後ろに跳び退って、すかさず前へ出る。
空振りした刀を返して振り上げてくるアロマさんの腕を狙って木刀を突き出す。
あたる。と思ったらアロマさんは宙に跳んでいた。上空で掌をこっちに向けたと思ったら、光の矢が飛んできた!
うそっ。飛び道具なんてっ。
とっさに木刀を振りあげる。
アロマさんの魔力の塊を、木刀で弾き落とした。
「その調子だよ」
宙にとどまったままアロマさんが笑ってる。やっと戦いになったか、って感じの嬉しそうな顔だ。
「行くよ!」
わたしは思いっきりジャンプした。
あっという間にアロマさんと同じ高さに到達。間髪いれずに相手の胸辺りを狙って薙いだ。
今度こそ取った。
と思ったけれど切っ先は何にも触れることなく風を生んだだけだ。
右からすごい気が迫ってくる。
避ける? ううん間にあわない。
ならば、受け切ってみせる。
大切なものを守るために戦うのが狩人なら、この大切な木刀も、斬らせない!
胸に向かって伸びてくる刃に、木刀を叩きつけた。
瞬間、目の前が真っ白になった。
刹那の間、わたしはその白い光の中にいた。すぐに光は薄らいでいって、数秒後にはもう元の景色に戻っていたんだけれど。
「うん、すごいよ愛良ちゃん」
アロマさんが日本刀をしまって拍手している。
『まぁまぁ、及第点だな』
サロメの声は、言葉とは裏腹に満足そうな感じがした。
一体何がどうなったのか、褒められてるけど判らないわたしは、きょとんとするばかりだった。
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