夢の中では中二病で
そっと、そーっと箱に触った、その瞬間。
箱が白く光り出した。
「うわっ」
眩しくて思わず目をつぶって手を離したけど、閉じたまぶたの上からも明るく感じるぐらい。
ゆっくりと目を開けてみる。不思議と、目は痛くない。こんな強い光なのに。
「これは……」
アロマさんも驚いてるみたい。こんなこと、初めてなのかな。
『汝、我を求める者か』
うわっ。光の中から声がしたっ。おじいちゃんみたいな感じの、なんて言うのかな。威風堂々? おごそかな? とにかく渋くて落ち着いててかっこいい声だ。
汝、って、わたしのことだよね? ってことは、この箱の中に入ってる何かが、話しかけてきてるって考えていいのかな。
思わず、アロマさんを仰ぎ見た。
アロマさんは、にっこり笑って、うんうんとうなずいてる。
ってことは、はいって言っていいんだよね。
「そうだよ。わたしは狩人になるの」
そしてお母さんを探すんだ。
『汝の名は?』
一呼吸ほど置いて、声が聞こえる。っていうか耳からじゃなくて、頭の中に響く感じ。
名前か。ここはしっかりはっきりきっぱりと、名乗ろう。
「愛良、牧野愛良だよ」
ふんっ、とおなかに力を込めて声を出す。
『愛良か。よいだろう。これより我は汝の
光が、箱に吸い込まれてく。あれだけ眩しかった光がすぅっと溶けるようになくなって、箱のふたがゆっくりと開いた。
そこには一本の剣がある。西洋風の両刃の、一メートルぐらいの剣だ。
全体的に、すっごい年代物っぽい雰囲気だ。つばは元々綺麗な金色だっただったのかもしれないけど、輝きが失われて薄黒くなってる。柄は細い円柱型で赤黒くて、端っこに綺麗な深い赤の珠がついてる。この珠だけが剣の中で鮮やかな色をしている。
でもでも、それよりも、古いけど古ぼけた感じがしないのは、何と言っても、その刃のきらめきだ。
刀身に吸い込まれそうな名刀なんて表現を見たことがあるけれど、それってどんな? って思ってた。
今判る。これがまさにそんな感じだ。
武器のことなんてわたしはよく判らないけれど、これっていい剣なんだなぁって思った。
本物の武器だって思ったら、ちょっと興奮するし、ちょっと怖い気もする。けれど気が付いたらわたしの手が剣の柄を握ってた。
持ち上げてみる。ずっしり来るけど、重すぎるほどじゃない。これなら、振れそう。
わたしはこの名剣といっしょに、これから戦うんだ。
って人知れず心奮わせてたら。
『久しぶりにワシに惹かれる者がおると思うたら、なんだ、こわっぱか。ふむ、素質はありそうだがまだ固いつぼみと言ったところか』
頭の中にあの声が聞こえてきた。さっきよりもかっこよさが抜けて軽い感じになってる。それになによ、いかにも残念そうに、こわっぱって。
『かっこよさが抜けて悪かったな。残念なこわっぱだから残念と思うたまでよ。こわっぱが気に入らぬなら、小娘でどうだ』
げっ? 何? 口に出してないのにっ。ってかいかにも譲歩したって感じで言わないでよ。
『お主、まだ魔器についての詳しい説明を受けとらんのか。そこの若いの、教えてやれ』
「まさかこのような魔力の高い武器を手に取るとは思いませんでしたから、そのあたりの説明は省いていましたが、そうですね、愛良ちゃんがあなたを選んだのなら、お話ししておかなければなりませんね」
若いのってアロマさんのことか。目もないくせにどうやって見えてんだろ。
「狩人が引退する時に魔器を夢見の集会所に寄贈するって話は、さっきしたよね」
「あっ、はい」
アロマさんが話し始めたから、わたしはそっちに集中することにした。
「たくさん経験を積んで強くなった狩人は、魔器を手放す時に、それまで培ってきた魔力を魔器に移して強化することができるんだ。ある一定量の魔力が魔器に注がれると、この剣のように人格を持って念話、つまりテレパシーで会話できることができるようになったりするんだよ」
「じゃあ、この剣はすっごく強い人が使ってたってことですか?」
『そうだ、お主のようなかけだし、いや、かけだしてもおらぬこわっぱが持つにはもったいないほどだ』
剣が、剣のくせに横やりを入れた。むっ、悪かったわねかけだしてもなくて。
でもここで疑問がわいてくる。
「何人もの人が魔力を注いで人格ができるんなら、その人格は誰のものなんですか?」
「その魔器ごとにパターンはいろいろとあるみたいだよ。一番強い魔力を注いだ人だとか、一番初めに魔力を注いだ人だとか、いろいろな人の性格が混じり合ってたりとか」
ふぅん。この剣はどのパターンだろう。相当の偏屈じぃさんには違いないけど。
『誰が偏屈だこの小娘が』
魔器のツッコミにアロマさんがくすくすっと笑った。
ま、まさか魔器を通してわたしの考えてることが周りの人にバレバレなんてことは……。
『それはない。ワシが通訳してやってもよいがな』
「お断りです」
わたしと剣のやりとりにアロマさんが首をかしげた。よかった。本当に聞こえてないみたい。
「じゃあ、愛良ちゃんの魔器はその剣、でいいのかな?」
アロマさんが尋ねてくる。
「うん、なんか惹かれちゃったし」
まさか剣がしゃべるなんて思ってなかったけど。しかも偉そうで口やかましそうなじぃさんとは。
『やかましいのはお主が上だ。それと、ワシの名はサロメだ。いつまでも剣だの魔器だのじぃさんだの呼ばれとぅない』
サロメか。なんか古臭い感じがしてこの剣にぴったりかも。
『何が古臭いだ。全世界のサロメという名の者に謝れぃ』
うっ、そうか。サロメって名前は今でも使われてるのか。
『ともかく、ワシがお主の剣となるのだから、しっかり精進せいよ、愛良』
「うん、頑張る」
サロメの柄をぎゅっと握ってうなずいた。
すると、サロメが薄くて白い光をぼんやりと出した。
サロメを入れてあった箱が、形を替えて行く。
見る見るうちに細くなって、鞘になった。
『普段はその鞘にワシを入れておけ。……丁重に扱えよ』
うなずいて、鞘を拾って、もう一度サロメの刀身を見る。綺麗だなって見とれてるわたしの目のあたりが反射してる。
これから、狩人になってたくさん夢魔をやっつけて、お母さんを探しだす。
刀身に映ったわたしの目を見つめ返しながら、決意とともにうなずいた。
こうして、わたしは魔器を、魔剣サロメを手に入れた。
サロメを手に、夢見の集会所の魔器保管庫から戻ったわたしとアロマさん。
魔器ゲットの経緯を話したら、みんなが感心したような顔になった。お父さんなんか目じり下げちゃってすっごい嬉しそう。
意志を持ってる魔器を手にしたことって、そんなに栄誉なことなんだ。わたしはただ、ちょっと惹かれただけなんだけどね。
「魔器も手に入ったことだし、来週からは愛良ちゃんの狩人としての訓練を始めるからね」
アロマさんがにっこりと笑って言う。
訓練? って何するんだろう。
「夢の中での動き方や武器の振り方なんかに慣れないとね。愛良は今までそういったことをやったことがないんだから、いきなり実戦に出すわけにはいかないよ」
お父さんが付け足した。
なるほど。ここで今までのイメージトレーニングの出番ってわけね。
よっし、来週からやるぞっ。
わっくわくの一週間を過ごして、週末にまた夢見の集会場にやってきた。
訓練をするということで、服装はショートパンツとトレーナーだ。まぁいつもと変わらないとも言うけど。
今日はダンディさんはいなくて、マダムさんとアロマさんだけだ。またうんちく話で時間を取られるんじゃないかって心配してたから、ちょっとほっとした。
それよりも気になるのは、お父さんはサロメと一緒にどうして木刀を持ってきてるんだろう。
この一週間、サロメはお父さんが管理してくれていた。そりゃ小学生が本物の剣を自分の部屋に置いておくわけにもいかないもんね。その間に、サロメとお父さんの間で何かやりとりがあったのかな。
「いらっしゃい、愛良ちゃん。今日から頑張ってね」
マダムさんが前と同じように上品な笑顔で迎えてくれた。
「それじゃ、僕が訓練をしますね」
アロマさんが先生かぁ。きっと優しく教えてくれるに違いない。うふふ、楽しみ。
お父さんからサロメと木刀を受け取って、またリビングの隣の、何もない部屋にマダムさんとアロマさんとやってきた。
マダムさんは、今日は青いお札を出している。お札の色で行けるところが違うのかな。
前と同じように、マダムさんがしゃがんでお札を床に置いて念じるようなしぐさをする。
よどみない動きってこういうのを言うんだね。
お札の周りがうっすらと白く光りだした。さすがに二度目だから前ほどは怖くないけど、やっぱりどきどきする。
「さ、いってらっしゃい」
白の渦巻きが完成すると、マダムさんが立ち上がって上品スマイルだ。
今日もアロマさんが、先にひょいと渦に飛び込む。
よっし、わたしもいくぞ。
ぐっと拳を握って、えいっと飛び込んだ。
到着したのは、何もない空間だ。暗くもなく明るくもなく、って感じの、あんまり色のない世界だ。これが夢の世界の夢の映像のない姿なのかな。
「それじゃまずは、腹筋と腕立て伏せとスクワットを百回ずつ、やってみようか」
きょろきょろしてると、アロマさんがさらっと、本当にさらっと、とんでもないことを言った。
へっ? とアロマさんを見ると、にこにこしている。
「百回?」
聞き間違いじゃなくて?
「そう、百回」
……聞き違いじゃなかった。
『狩人ならそれぐらい、まさに朝飯前だろう』
腰のベルトにさげてるサロメまでそんなことを言いだした。
「そんなには無理だよぅ。できたとしても筋肉痛になって明日動けないよ」
うー、と涙目になる。
「愛良ちゃん、ここは夢の中だよ。百回もできないとか、そんなことしたら筋肉痛になるとか、そういう現実世界の常識は捨て去ればいい」
捨て去るってそんな簡単に言うけど……。
『お主の大好きな想像力でなんとかするのだ。そうだな。自分の中に眠る絶大なる力を呼び醒ますとかどうだ』
「それじゃまるで中二病じゃない」
「中二病の考え方ぐらいで丁度いいのかもしれないよ」
反論したわたしに、アロマさんがうなずいた。
中二病でいいんだ。まだ中学進学直前の小六だけど。
じゃあ、やってみよう。
まずは腹筋を。
仰向けで寝っ転がって、ふんっと起き上がる。
「いーち、にー、さぁーん」
掛け声にあわせて、できる、できる、わたしはできる、って思いながら。
でも三十回を超えたあたりで、おなかがちょっと苦しくなってきた。
『しようのないヤツだな。よし、ワシが魔力を分けてやろう。これで楽になるだろう』
サロメが、ほんわりと白く光った。魔力を分けてくれたんだ?
……おぉ? 苦しくないっ。いけるっ。
どんどん数をこなしてって、そんなに時間をかけずに全部百回ずつできた。すごいよサロメの魔力。
『ふん、思った通り単純だな。ワシはなにもしておらん。ちょっとした暗示だ』
えっ、ということは、自力でできたの?
『その通りだ。その思い込みこそが夢の中での力になる。お主のような前向きかつバカがつくほど単純な者が、より狩人の力を引き出せるというわけだな』
「ふえぇ、そう言われても今一つ実感わかないよ、っていうかそれ褒めてなくない?」
つっこみをいれたけどサロメはフフンと笑うだけだ。根性悪いぞじぃさん。
「それじゃ、もうちょっと実感できる訓練にしようか」
アロマさんが言うと、わたしの立ってるところが少しずつ高くなっていく。
えぇぇ? アロマさんが一メートルぐらい下に見える。
「そこから飛び降りてみて」
これぐらいなら、何とかなるかな。
えいっとジャンプして、なんとかこけずに着地した。
「上手上手。じゃあ、次はこれね」
またわたしだけぐんぐん高く昇ってく。……って、ちょっと、高すぎるよ。五メートルぐらい高くなったよっ。
「はい、ジャンプ」
そんな、天使みたいな笑顔で、犬に命令するみたいに言わないでぇ。怖いよこれ、こんな高さからジャンプなんて骨折れちゃう。下手したら死んじゃうよ。
『常識にとらわれるなと言うておろう。それとも狩人になるのをあきらめるか?』
人が必死に恐怖と闘ってる時にうるさいよこの偏屈じぃさん。
『ふん、そんな悪態つく余裕があるなら、ほれ、跳べ』
いかにもバカにした感じで言われた。くうぅ、腹立つぅ。
いいよ、跳んでやろうじゃないか。
サロメのイヤミに負けたくないから、ぐっと足に力を入れて、ジャンプした。
イメージ通りに動ける世界なら、痛くないように、ふわっと羽根のように、降りるんだ!
痛いのは嫌だ。だからそう強く願った。
……あ。浮いてる。わたし、浮いてる。
本当に羽根みたいに、ゆるゆるふんわりと、わたしはアロマさんのところに舞い降りて行った。
「すごいね愛良ちゃん。上手だよ。この調子なら狩人デビューも早いんじゃないかな」
アロマさんに褒めてもらっちゃった。
「今日は初日だし、このぐらいにしておこうか。ゆっくり休んで、また来週ね」
そう言われて、なんだか急にどっと疲れを感じた。精神力を使うからなのかな。
とにかく早く夢の世界での動きに慣れないと。
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