そして始まる狩人ライフ

 お母さんの木刀をアロマさんの日本刀にうちつけた時に周りが真っ白になった。

 その光こそが、夢魔を無に帰すために必要な力、魔力のあらわれなんだって。

 訓練の部屋から夢見の集会所のみんなの所に戻って、教えてもらった。


「おめでとう愛良。これでおまえも本当に狩人の仲間入りだよ」


 お父さんが穏やかに笑ってる。

 きっと嬉しいんだろうけれど、ここまで来ちゃったか、って思いもあるんだろうなぁ。お父さん、わたしが狩人になることには基本的に賛成してないっぽいし。


「初めて集会所に来てから二カ月少しか。まぁまぁだな。私がこの集会所に来るようになってから十余年、君が十二人目の狩人志願者だがその中では――」


 ダンディさんがまた講釈を垂れようとしているのを、みんなが苦笑いしながら見てる。


 あれ? そう言えば今日はいなかったはず。いつの間に来たんだろう。

 まぁいいか。みんなダンディさんの話、聞き流してるし。


「絵梨さんがいなくなって、半年ちょっとね。まだ手掛かりは見つからないけれど、愛良ちゃんなら、見つけられそうな気がするわ。これは夢見としてのわたしの勘に過ぎないのだけれど」


 マダムさんが、ほほほとお上品に笑った。なんて言うか、気品があるなぁ、いつ見ても。


「現実世界と夢の世界では時間の流れ方が違うみたいだから、絵梨さんは自分が行方不明になって半年も経ってしまったなんて思っていないのかもしれないけれどね」


 アロマさんが言う。


 夢の中の時間の流れは変則的というか、よく判ってないみたい。

 狩人が夢の中での夢魔退治を終えて帰ってくるまでの実際の時間と、狩人が体感している時間にギャップがあるんだって。夢見が一時間待ってるのに狩人はほんの数分、戦ってきたぐらいに感じていたり、その逆もあるらしい。


「逆に、もう何十年も夢の中から出てこられないと思っているのかもしれないし。そのあたりのことは判らないけれど、とにかく絵梨が無事に戻ってくれれば、それでいい」


 お父さんが、神に祈ってるかのような顔で、言った。

 うん、わたしもそう思う。お母さんが無事だったら、それでいいよ。


 だからわたしは狩人になって、お母さんを探す。

 もちろん、夢魔に苦しめられているたくさんの人を助けるっていう目的も忘れてないよ。


「――で、あるからして、これから君は狩人としての一歩を踏み出すのだから、精進するように」


 ちょうどダンディさんの演説が終わったみたい。


「はい! 牧野愛良、立派な狩人になるように、頑張ります!」


 決意を込めて、宣誓だ。


 よしよしとうなずくダンディさんと、ちょっと悪戯っぽく笑うお父さんやアロマさん達を見て、わたしも思わずあははって笑っちゃった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 あれから一週間で昨日が初陣。

 わたしの狩人ライフが始まった。


「愛良ちゃん、おはよう」


 声をかけられて、はっとなった。さっこちゃんだ。


 狩人になる前のことを思い出しながら歩いてたら、いつの間にか学校の近くまで来てた。おんなじように学校に歩いてる生徒達の声で急に現実に戻ってきたみたいな気分になる。


 さっこちゃんがこっちに来たから、軽く手を振った。春休みの間はあんまり会わなかったから久しぶりだ。


「おはよー。あったかくていい天気だよね」

「うん、ほら見て校庭の桜、綺麗だよー」


 さっこちゃんが自慢のポニーテールを揺らして校庭の方を指さす。

 今年はちょっと遅めに咲いた桜が綺麗。花のそばに少し葉っぱもまじっちゃってるけど、ふわりと噴く風に花びらがひらひらと泳いでる感じで、ずっと見ていたくなる。


「愛良ちゃん、お花見した?」

「ううん。お買い物の途中で桜並木のところ通った時に見たぐらいかな」


 うちはお母さんいないし、お父さんは個人でやってる内科医だから、あんまりヒマないんだよね。


「そっか」


 さっこちゃんはそれだけ応えて、話を別の方向に替えちゃった。きっとお花見どころじゃないうちの事情に気がついてくれて、気を使ってくれたんだ。


 わたし達は正門をくぐって、早速クラス分けの掲示板を見に行った。

 掲示板の前は、まさに黒山の人だかりだ。みんな背伸びしたり、前の人の間から顔をのぞかせたりして自分のクラスがどこか、クラスメイトが誰なのかを確認してる。友達と一緒になれた人は大喜びで、離れちゃった人はまるでテレビのドラマで見る、引き裂かれちゃった恋人みたいに大げさに別れを惜しんでる。


「すっごい人。ちょっと前行って見てくるよ」


 言い終わらないうちに、人の合間を縫ってさっこちゃんが掲示板を見に行った。相変わらず行動早いね。

 せっかくだから団体様の後ろで待つことにした。


「愛良ちゃーん。おんなじクラスだよー!」


 いつも結構クールなさっこちゃんが、ちょっと興奮した感じで戻ってきた。

 やったぁ、さっこちゃんと一緒。

 わたし達は手を取り合って、ぴょんぴょん跳ねた。大喜びグループの仲間入りだ。


「あっちでクラスごとに並んでるみたい。行こっか」


 さっこちゃんと並んで列に向かう。




 昨日は狩人デビュー。今日は中学校入学式。

 学校生活も、狩人も、はりきってくぞ!

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