select.7 日本人留学生と軍事施設1
ロンドン市内にある陸軍の兵舎と飛空戦艦のドックが併設された軍事施設がある。そこに如姫、レイコはアランに連れられ、留学生の見学という
服装は学生服に帯刀といった出で立ちである。帯刀という点についてアランはもちろん指摘したが、二人はやんわりと持っていくという返事を返していた。
銃刀の類は英国内において持ち歩くことは合法ではあるため、帯刀自体に何ら疑問はない。だが、それでも時と場合は考えなければならない。立ち入る場所が皇室や軍事施設ならばなおさらだった。
「本当に持っていくのか?」
アランは再度二人に聞く。表情こそ真顔だが、声色からは少々困惑の色が見える。
「ええ、もちろん。わたくし達のような武士や侍にとって刀とは即ち魂ですから。魂のない肉袋相手の案内なんてツマラナイでしょう?」
「アラン。一応これでも軽装備だ。いつもの日本刀ではなく脇差で留めてあるのでどうか許して欲しい」
「あー、わかったよ。だけど皇室なんか行く時は絶対に外していけよ。中に入れてもらえないからな」
ため息を漏らしながら折れるアランに対し、二人は「かたじけない」と返す。
そういう訳で見学の始まりだが、最初は軍事施設の最高司令官メイスフィールド大佐へ挨拶しに、司令室へ赴く。
三回ノックのあと「アラン=エヴァンスです」とアランが述べると、即座に
「入りたまえ」
と中から若めの声が響く。扉を開け中に入ると、そこには三十大後半の男がいた。窓から外を眺めており、何かを観察しているかのような雰囲気だった。背はそこまで高くないが、軍服をきっちりと着こなし、身だしなみ面において恥ずかしくないものだ。
部屋は簡素で机や椅子、電話や書類をまとめた棚など非常に整った、悪い言い方をするのであれば寂しい部屋だった。しかし掃除は行き届いているのかホコリの一つも見当たらない。
「ようこそ日本人留学生諸君。私はラルフ=メイスフィールド。大佐だ。ここの基地の臨時責任者及び臨時司令官となっている」
黒髪短髪の若い男の顔が振り向く。大佐という階級にいるものだからそれなりに年を経た人物だと思っていた如姫とレイコは内心少しだけ驚く。コネか実力で成り上がったのか、どちらにしろ若くして上の方にいるというのは油断できない。敵地というわけではないので、油断できない、というのもおかしな話ではないのだが。
それよりも二人が気になったのは役職に臨時という言葉がついていたことだった。
臨時――つまりはいつもここにいるトップではない、ということなのだが。そこはアランに聞けばいい話なので、挨拶へと思考をシフトする。
「お初にお目にかかります。メイスフィールド殿。わたくしは日本の女学生キサキ・サキザキです」
「同じくレイコ・ヨシマスです」
「ふむ……ま、先ほどの私の役職を聞いての通り私は臨時でここにいる。普段は田舎の司令部にいるのだが、元はここ出身だったためか呼び出されてな。まったく、恩人ではあるが、恩を感じている人間相手には容赦がない上に人使いが荒い。この前も私の大事に保管していた二十年もののワインを勝手に開けて……クソッ、給料貯めて買ったというのに。っと、無駄話している暇はないのだったのだな」
眉間にシワを寄せ、愚痴る様を見て如姫は目の前の大佐がかなり苦労している人間だと認識する。それと同時に、先ほどの疑問の答えは後者となると、頭の片隅にメモしておく。
「まあ、臨時でしかない私はそこまでこの基地の規律や仕事の系統を弄ったりはしていない。引き継ぎも面倒だからな。つまりはここの本来の司令官のやり方そのものだ。その点は安心して欲しい。ありのままを見て学び、帰ってもらえればと思う。一応模範的であり、典型的なところだ。ここよりも変な基地もあるが、概ね他の基地もこのようなものだと思ってくれ。では、行きたまえ、若者」
「では、失礼します」
三人はそうして司令室を後にする。
「臨時、と言っていたが。どういう意味だ」
司令室から出てしばらく歩いて、如姫が切り出す。
「ああ、元々ここにいるのは中将様なんだが、その人は今内乱の鎮圧に向かっている。だから代わりにあの人がここにいる」
「……わたくしが言うのもなんですが、そんな自国事情を他国の人間に話してしまってよいのですか?」
「問題ないさ。その中将様はやり手でねえ。陸軍管轄のくせして空軍も動かせる。だからもう鎮圧を終了させて帰ってる頃だ。追加情報であの大佐を育てたのも少将だし。それに、俺は君たちを信じている。信頼しているんだ。そういうことをぺちゃくちゃ喋るような人間じゃないってね」
「わかりませんわよ。今まさに内通していてこの国に不利になる情報を流しているかも……それに内通者がこの基地にいて盗み聞きでもしていたら」
「それはない」
そう言い放ったアラン顔は笑っていた。
「君達のことは粗方調べ終わっている。それに内通者探しなんて俺にとっては朝飯前さ。階級こそ少尉だけど、俺だってやり手さ。自他共に認めるってヤツ」
「……あなた、目が笑っていませんわよ」
レイコの指摘に応えるかのようにアランは表情を元の真顔に変える。
「おっと失敬。職業柄拷問もするんだが、目が笑っていない方が相手の恐怖心を煽れるもんでね」
「わたくしは今は、あなたの方が恐ろしいですわ」
「そいつは俺にとっちゃ褒め言葉だ」
「ところで、あの大佐殿はどうなんだ、アラン。どこにいる人だ。どういう人だ。それに何派だ」
レイコがアランに恐怖心と警戒心を持ち始めたのに対し、如姫はどこ吹く風で会話を始める。
「おっと、レイコさんとの会話聞いといてそれ聞くのか」
「情報を口外しない人間だと信頼しているのだろう? ならば話しても問題ないのではないかな。それに派閥がなにかは知っておいて損はないだろう」
「それもそうだな。ま、大佐については中将と同じくやり手とだけ言っておくよ。それに派閥は穏健派さ。中将様もね。かと言って基地の人間全員が穏健派ってわけではないんだけれどね」
「おや、活動停止中の諜報部の人が我が基地に何用ですかなぁ?」
廊下を歩いている最中、三人は後ろから声をかけられる。振り抜けばそこには厳つい顔をした、偉そうな態度の男がいた。男の後ろには取り巻きなのだろうか、五人ほど後ろから男についてきていた。
軍服を着ているので軍部の人間であり、「我が基地」と発言したところからこの基地の人間だということが見て取れる。
(勲章を誇示するかのように胸に付けているな。大佐は二個ほどだが、この男は三つほど。大佐より階級は上か)
「これはこれは、ダリモア代将殿。ご無沙汰しております。なに、友人の留学生が見学をしたいと言うので、模範的なこの基地を案内をしているのですよ」
「ふん。相変わらず癪に障る喋り方だ。あまり見せすぎるとそれは情報漏洩になるのだがなぁ?」
「問題ありません。素性は調べてありますし、彼女達は技術者ではない。技術を盗むというのは到底できないでしょうし、それなりに専門の知識がなければ、情報を伝えることは中々に難しいものですよ。代将殿。それにメイスフィールド大佐には許可を頂いていますので」
「メイスフィールドだと? あの青二才、俺の方が階級が上だというのにこの基地を任されやがって……中将は何考えているんだ」
「憶測ですが、中将は大佐に経験を積んでもらいたいのだと思いますよ。上に立つ人間としての。だって、ほら、若くして大佐に上り詰めていますし、将来有望で――っとお喋りはこの辺で。私にも仕事がありますので」
行こう、とアランは代将に背を向け、如姫とレイコはそれに続く。
「おい、貴様。エヴァンス……」
怒気を孕んだ声が後ろから聞こえようがアランはお構いなしに先へ進む。
「諜報部は忙しいだろう。今は都合よく活動停止中……休めるよう俺が代わってやるよ……案内役をな」
一発の発砲音が鳴り響く。
一発の発砲音――しかし凶弾により倒れる者はいなかった。いや、しっぺ返しを受け、尻餅をついた者はいる。
ダリモア代将は尻餅をついた状態で、痙攣する右手を抑えていた。
目の前には鬼と見間違うほどの鋭い眼光を放つ日本人留学生だった。そして首には日本人留学生の持つ脇差の刃が、薄皮一枚切れるか切れないかの境界線で止まっていた。
先ほどの凶弾はアランの背を狙ったものだった。しかしそれは的に当たることはなく、上へと弾かれた。弾き返したのは長身の日本人留学生――如姫だった。
逆手持ちによる神速の抜刀をもって、上へと弾き、隣にいたレイコがすかさず抜刀――刀身の腹で上から跳弾してくる弾丸を打ち返した。
これだけ見ても、神業めいた芸当をやってのけているのだが、驚くのは次だった。打ち返された弾丸は狙ってか、偶然か、吸い込まれるようにして代将の右手に持った三十二口径リボルバー拳銃の銃口へと入り、拳銃を手から弾いた。そして如姫は、レイコが弾丸を弾いた瞬間に、拳銃を弾かれ、尻餅をついた代将の首へと脇差の刃を当てたという一連の流れがあった。
あまりに一瞬の出来事のため、代将の取り巻きも何もできないどころか、上官の首に刃物を当てられていて、余計動けない。
「キサキ。国際問題になるのでそれ以上は……」
アランの言葉を受け、如姫は鞘へと刃を収める。レイコも同じく鞘に収める。
「言っておくが、わたしは友人のためならば、戦車すら斬るぞ」
それ以上は何も語るまい――口で語るよりも、眼光が、殺気が、雰囲気が、言葉にリアリティを持たせる。なにか言い返そうとしていた代将だったが、如姫の言動に口を紡ぐ。
再び三人は廊下のを歩み始める。
「いやー、さっきはヒヤヒヤしたぜ。二つの意味でな」
「にしては堂々としていましたわね。肝が据わっているのは評価に値しますわ」
「まあ、煽るつもりなかったけど、癖で煽ってしまったからね。昔はあんな短気じゃなかったんだけどな……代将」
「しかし、手鏡とは。用意がいいな、アラン」
「だろ?」
アランは先程手に持っていたペンダント型の鏡を取り出す。形こそペンダントだが、フタを開ければ鏡になっている。如姫とアランは鏡を見て、後ろで何をしようとしていたのかを察知していた。レイコはそれに合わせただけなのだが、それでも人間離れした連携だった。
そもそも鏡を見てから反応すること自体が、おかしいことなのだが。もっと言えば、鏡で後ろの状態を見たところで対処できないのが普通なのである。
「女ってことに未練があると見せかけて実はこういう事態を避けるために持ってるんだよなあ」
「わたしからしたら、それすらカモフラージュで、本当は乙女心がそれを持たせる理由になっている、と見るが」
「……あーもう、そうだよ。悪いかよ。俺だって付き合いでドレス着たりするし。それに生物学上は女なんだ――そりゃ、身だしなみくらい気にするさ」
赤面しながらアランは言う。周りが男ばかりなのでわからないでもないが、と如姫とレイコは生暖かい目で見る。
「まあ、いいや。それじゃ次は空中戦艦のドックに行くんだが。ここで事前知識の講習だ」
アランは人差し指を立て、得意気に話す。
「この国で採掘された特殊な鉱物――ケイバーライト。これは熱エネルギーを加えることによって周囲の重力を遮断することができる。そしてこのケイバーライトを運用するために開発された技術がマギ・ギアだ。正直ケイバーライト自体を使用するのならば蒸気機関で十分だった。だが、より効率的に運用するためにマギ・ギアが開発された次第なんだが……お前達はマギ・ギアがどういう技術だって認識している?」
「未知の技術……としか知りませんわ」
「魔法のような技術……故にわたしの国では魔術と呼ばれているが」
「ま、よくわからんわな。でも、別に英国がマギ・ギアがどういう技術かを秘匿していない」
やがて、三人は『dock』と書かれたプレートのある部屋の前までやってきていた。
「マギ・ギアというのは『超圧縮技術』のことだ。質量を保ったまま小さく圧縮する技術――例えば百Kgの鉄球を質量を保ったままクリケットの球にするみたいなことが可能になる技術だ。本来複数の技術の集合体みたいなものなんだが、主にこれを指す。そしてマギ・ギア、蒸気機関、ケイバーライトを用いて生産されたもの、また、その三つが統合された技術を【ガスライト】と言う――そのガスライトを用い作られ作られた、我が英国の誇るものがこれ――」
アランはドックの扉を開ける。
「――空中戦艦『ペンドラゴン』だ」
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